映画「国宝」、そして柳家喬太郎 風の鞄「同棲したい」

遅ればせながら映画「国宝」を観ました。

吉沢亮演じる立花喜久雄と横浜流星演じる大垣俊介のライバル物語だ。喜久雄は長崎の任侠の一門に生まれるが、父親が抗争の末に亡くなり、交流のあった歌舞伎役者の二代目花井半二郎(渡辺謙)に芸の才覚を見抜かれ部屋子として引き取られ、花井東一郎を名乗る。一方、俊介は半二郎の息子、いわば御曹司として生まれ、将来は三代目半二郎を襲名されることが約束され、花井半弥を名乗っていた。二人は親友として、ライバルとして、共に切磋琢磨していた。

まず僕の心を揺さぶったのは、喜久雄に芸の上で差をつけられたときの俊介の葛藤だ。半二郎が交通事故に遭い、「曾根崎心中」の舞台を休演しなければならなくなったとき、お初の代役を誰にするのか。周囲は当然、息子の俊介を指名すると思ったが、半二郎は喜久雄を抜擢する。血筋ではなく、芸の力で喜久雄が優れていると判断したのだ。果たして、喜久雄は期待以上の実力を発揮して見事な舞台を見せる。俊介はいたたまれなくなり、逃げる。それも喜久雄の幼馴染の春江を連れて。行方不明になって8年が経った。

そして、俊介の父親である半二郎の本当の胸の内が心を打つ。歌舞伎界を離れてしまった俊介に見切りをつけて、半二郎は喜久雄に三代目半二郎を襲名させ、自分は花井白虎を名乗ると決断した。だが、その襲名披露興行の口上で白虎は血を吐いて倒れる。持病の糖尿病により衰弱していたのだった。倒れたときに白虎が口にした言葉は「俊ぼう…」だった。自分の名跡を部屋子に継がせたが、心の奥底では実子である俊介の復帰を願っていたのだ。この親心は胸に迫る。

三代目半二郎という名跡を襲名したものの、後ろ盾を失った喜久雄はマスコミに「極道の出身」「背中に刺青」「舞妓との間に隠し子」とスキャンダルを書きたてられ、端役しか付かない日々が続く。さらに看板役者・吾妻千五郎の娘の彰子と関係をもったことが千五郎の逆鱗に触れ、歌舞伎界から追放されてしまう。その同じタイミングで俊介が歌舞伎に戻って来た。マスコミは「丹波屋復活!」と騒ぎ、二人の立場が逆転してしまった。これも運命というものなのかと考えさせられる。

ドサ廻りを続けていた喜久雄だが、やがて再び歌舞伎界に戻ることが許される。俊介もこれを温かく受け入れ、半二郎と半弥の「半・半コンビ復活」と話題になる。だが、今度は俊介に病魔が襲う。「二人道成寺」を演じていたときに、足を滑らせて転ぶが、そのとき俊介の左足は壊死していたのだ。左足膝下を切断。役者人生も終わりか…と思うが、それでも俊介はめげないところが素晴らしい。「曾根崎心中」のお初を演りたいので、喜久雄に徳兵衛を演ってくれないかと頼むのだ。喜久雄は二つ返事で了承する。片足一本のお初の熱演を支える。この友情の舞台を涙なくして観られようか。

俊介は闘病の末、亡くなる。喜久雄は一層芸に精進して、人間国宝になる。その記念の興行は、亡き俊介に三代目花井白虎追贈と銘打って、「鷺娘」を舞う。人間国宝認定のインタビューで、カメラマンを担った女性が喜久雄に声を掛ける。その女性は喜久雄と舞妓の藤駒の間に生まれた綾乃であった。綾乃も父の慶事を心から喜んでいる様子に胸がキュンとなった。三代目花井半二郎こと立花喜久雄の激動の半生に思いを馳せた。

監督の李相日氏がパンフレットで歌舞伎俳優を起用しなかった理由を語っている言葉に合点がいった。

歌舞伎を見せる以上に“歌舞伎役者の生き様”を撮りたかった。畑違いで当初は踊ることも、歩き方もおぼつかなかった人たちが挑むからこそ、“完成されたものの先”に届くような気がしたんです。(中略)身体表現としての歌舞伎の完成度より、内面的な到達点を優先すべきだと思ったので、そこの迷いは1ミリもなかったですし、喜久雄が生涯を通じて探し求めている“景色”は、歌舞伎という極めて難しい題材に挑む吉沢亮の視線の先にも見えるのではないか―そんな想いを今は抱いていたりもするんですよね。以上、抜粋。

名作である。

「柳家喬太郎 風の鞄~新作のゆくえ~」に行きました。「同棲したい」と「鶏もつ煮込み」の二席。ゲストは立川志の春師匠で「お玉桜」と「絶校長」だった。

「同棲したい」。部長まで登り詰めたゲンザブロウが定年までまだ数年を残し、妻に「青春時代にやり残したこと」をやりたいと告白するが、それが同棲だった…。「漫画アクション」に上村一夫が1972年から73年にかけて連載した劇画「同棲時代」を原作に、由美かおると仲雅美の主演で映画化もされたことは当時小学生だった僕も薄っすらと記憶がある。

ゲンザブロウが“同棲”というものに描くイメージというか、妄想が実に愉しい。神田川沿い、貨物列車でカタカタ揺れるアパートは裸電球。カップラーメンを鍋で調理し、その鍋のまま二人で食べる。待ち合わせは学生街の喫茶店、ということは神保町の「さぼうる」?というのも可笑しいが、そこに現れたゲンザブロウがベルボトムのジーンズにロンドンブーツ、白いギターを背負っているとうのがすごい。

同棲とは周囲の反対を押し切って、世間に背を向けて暮らすこと。そして、怠惰なものだと言って、パンツ一丁でいるお母さんを見て、息子が驚くのが面白い。お父さんはわざわざ会社で有給休暇を取って、コンビニでバイトしているというこだわりが好きだ。爆笑に次ぐ爆笑の新作である。