さん喬・権太楼特選集 柳家さん喬「たちきり」、そして一花繚乱 春風亭一花「三枚起請」

上野鈴本演芸場八月中席三日目夜の部に行きました。今席は「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集」と銘打った恒例のお盆興行だ。今年は食道がんから復帰した権太楼師匠の体調を鑑みて、10日間ともさん喬師匠がネタ出しで主任を勤め、権太楼師匠はネタ出しなしで出演という配慮がなされた。さん喬師匠のネタは①幾代餅②中村仲蔵③たちきり④唐茄子屋政談⑤船徳⑥死神⑦雪の瀬川⑧ちきり伊勢屋⑨牡丹燈記⑩双蝶々。きょうは「たちきり」だった。
「おすそわけ」三遊亭ふう丈/江戸曲独楽 三増紋之助/「夫婦でドライブ」春風亭百栄/「長短」古今亭文菊/三味線漫談 林家あずみ/「侵略指南」柳家喬太郎/「あくび指南」春風亭一之輔/「口入屋」露の新治/中入り/奇術 アサダ二世/「天狗裁き」柳家権太楼/紙切り 林家楽一/「たちきり」柳家さん喬
さん喬師匠の「たちきり」。番頭の罪深さを思う。若旦那が柳橋の芸者・小糸に入れあげ、店の金を使って毎日のように通う。そこで、百日の蔵住まいを若旦那に命じた。店の将来を考えると、ここでお灸を据えておかねばならないという気持ちはよく判る。それは「奉公人の分際で」などとは思わないが、大旦那に代わって店を取り仕切る長として当然のことであろう。
良くないのは、小糸が毎日書いて届けさせた手紙を番頭の一了見で抽斗に仕舞ってしまったことだろう。「柳橋より」という手紙を若旦那に読ませると、また元の木阿弥になるのではないかと考えたのか。百日が終わったところで、番頭は「これが百日続けば、大旦那様にお話しして、二人の仲介をしようと思っていた。だが、八十日目でぱったりと届かなくなった。やっぱり、花柳界はそんなところ。牛を馬に乗り換える」などと言い訳をしているが、このことによって小糸は衰弱し死んでしまったのだ。若旦那に手紙だけ読ませて、返事を書かせて、百日の間は手紙のやりとりだけをさせるという方法もあったのではないか。
若旦那は慌てて柳橋へ駆け付けるが遅かった。小糸!と叫んでも、「いくら呼んでも小糸はいませんよ…小糸はこんな風になっちまいましたよ」と言って、かあさんは俗名小糸と書かれた白木の位牌を差し出すばかりだ。「なぜ、こんなことに?」と問う若旦那に、「なぜかと訊かれれば、若旦那、あなたのせいだと言いたくなるじゃありませんか」。
ここから、かあさんが小糸が弱っていった様子を語るが、とてもつらい。お芝居の約束をしていたのに、若旦那は来ない。「約束、忘れたのかしら…かあさん、お便り書いてもいい?」。毎日毎日書くが、なしのつぶて。「かあさん、私、若旦那に捨てられたのかしら」。布団の上に櫛、簪、鹿の子、帯留め等を小間物屋のように並べ、一つ一つの若旦那との思い出を語る小糸に姿を思い浮かべると胸が締め付けられる。
「かあさん、私、若旦那に捨てられたら、生きていけない」。ご飯も満足に食べられず、瘦せ細っていく。泣きながら滲んだ紙に震える手でお便りを書く小糸。そのうち、布団から起きられなくなった。若旦那が誂えた比翼の紋の入った三味線が届くと、「弾いてみたい」と言って、おたみに抱きかかえられて嬉しそうに一撥弾いて、「いい音がするね」とニッコリ笑った…。そして、「私、もう疲れた…」。
かあさんは若旦那の百日の蔵住まいのことを知って言った。「それじゃあ、若旦那のお手元に届く気遣いなどありませんよね。それが判っていれば、この子…。こんなことにならなかった」。そうなのである。番頭が小糸から毎日手紙が届いていることを蔵の中の若旦那に教え、返事を書くなりのそれなりの配慮があったなら、小糸は死ぬことはなかった。はっきり言おう。小糸を殺したのは、番頭だ。番頭の罪の深さを思う。
「一花繚乱~春風亭一花独演会」に行きました。「花色木綿」「短命」「三枚起請」の三席。ゲストは金原亭馬久さんで「臆病源兵衛」だった。
「三枚起請」。女郎は客を騙すのが商売なのかもしれない。だけど、この人と決めて一枚渡す起請を何人もの客に渡すのはルール違反ではないかといつも思う。野暮は承知の上だが。
新吉原江戸町一丁目、朝日楼、喜瀬川こと本名中山みつ。元は品川にいた。去年、吉原(なか)に住み替えした。歳は二十四。目元に黒子があり、色白でぽちゃぽちゃしている。そんな女にうっかり惚れてしまった、三人の男…棟梁、伊之助、清兵衛。悔しい。意趣返しをしたい。
起請が何枚も存在する、それも身近に。「広告かと思った。何枚書いたら気が済むんだ。手練手管というのはあるが、もっと綺麗な手を使え。汚いぞ」。そう文句を言いたい気持ちは痛いほどわかる。
だけど、惚れた弱味。喜瀬川に「私の体にはお金がかかっているんだ。金を払ってから、煮るなり焼くなりするがいい」と居直られたら、返す言葉もない。吉原で遊んだ経験がないから、何とも言えないが、お金を払って決まった時間だけ疑似恋愛をする場所だったのでしょう。あくまでも疑似。それも決められた時間だけ。その道具として、偽の起請文があっても仕方ないのかもしれないとも思う。