談春塾 立川談春「牡丹灯籠」お札はがし~お峰殺し~関口屋の強請り

「談春塾~立川談春勉強会」に行きました。初日は「青菜」と「牡丹灯籠~お札はがし」、二日目は「牡丹灯籠~お峰殺し」と「同~関口屋の強請り」だった。
「お札はがし」は伴蔵とお峰の視点で描くのが良かった。お露が恋い焦がれている萩原新三郎に会うために、お米は伴蔵に「お札を剥がしてください」、「海音如来の仏様を奪ってください」と二つのことを頼む。伴蔵は女房お峰に相談すると、「願いを叶えてほしいなら、百両を用意しろと言えばいい。萩原様がいなくなったら私たち夫婦は野垂れ死にしてしまう」。お峰は強かである。「まさか、幽霊が百両を用意できないだろう」という読みはあったが、万が一百両が手に入れば貧乏な暮らしから脱出できるという計算もあったのだろう。
果たして、お米は百両を用意すると言う。伴蔵・お峰の夫婦は腹を括った。新三郎を行水に誘い出し、海音如来の金無垢が入った守り袋は神棚に置くふりをして、中身を瓦と取り替えてしまった。そして、夜になって梯子をかけて、新三郎の家の引き窓に貼られたお札を剥がす。これでお米とお露は人魂となって、新三郎の家に入ることが出来た。節穴から覗くと、蚊帳の外にお米、蚊帳の中には新三郎とお露が話をしているのがわかった。
夜が明け、伴蔵は新三郎の後見役である白鷗堂勇斎のところに行って、「萩原様が大変だ!」と告げに行く。果たして、新三郎は虚空を掴んで息絶え、その脇には人骨が置かれていた。「こんなことにはならないように、良石和尚から預かった海音如来を持たせ、お札を貼っておいたのに…」。守り袋の中が瓦に変わっていることを確認すると、伴蔵の人相を見せろと言うが、伴蔵は拒む。勇斎は「こいつが怪しい」ことが判ったが、それ以上は追及しなかった。
新幡随院に行くと、良石和尚はすべてが判っていた。「可哀想なことをした。何度生まれ変わっても、お露殿はまとわりつく。仕方ない」。行方不明になった海音如来についても、「土中深くにある。来年8月に陽の目をみるであろう」。勇斎が施主となって、新三郎の弔いを済ませ、お露の墓の横に葬った。これで因縁を断ち切ることができるという和尚の判断だ。
一方、伴蔵夫婦は一刻も早く逃げたい。だが、それで悪事が露見するのを恐れて逃げたと言われるのはまずい。「お露と新三郎の霊はまだ成仏していない。この霊を見たものは高熱を出して死んでしまう」という噂を流し、近所の人間が皆引っ越したのを見計らって、伴蔵の故郷である日光栗橋宿に引っ越した。親戚の馬方、久蔵の紹介で20両で一軒の店を買い、荒物屋の関口屋を開業。そこで一生懸命に働くと、栗橋一の店として繁盛することになるが…。翌日の栗橋宿へと繋げた。
「お峰殺し」で、伴蔵の悪党ぶりが噴き出す。栗橋ばかりか、幸手などを含めた界隈の顔役になるほど、関口屋は繁盛し、伴蔵は出世した。女房お峰は江戸に居た頃の貧乏所帯を忘れずに、贅沢をせずに慎ましく暮らしていたが、亭主の伴蔵の方は派手を好み、酒と女に溺れるという正反対な生き方が悲劇を生んだのだと思う。
笹屋という料理屋が怪しいと思ったお峰が馬方の久蔵に鎌を掛けて聞き出すと、その店の酌婦お国に多額の金を貢いで、妾同様の付き合いをしている様子。また、お国には元侍の宮野辺源次郎という夫がある身であることもわかる。お峰が悋気を起こすのは当然だが、それ以上に順風満帆な関口屋の暖簾どころか屋台骨が崩れる危険性を察知して、お峰は伴蔵に対して意見したのだと僕には感じた。伴蔵は悪事には通じているが、物事の善悪を含めた判断についてはお峰が上をいき、だからこそ関口屋は大店になったのだ。
夜遅く帰って来た伴蔵がお峰に寝酒を要求すると、「笹屋へ行けばいい。お国さんに酌をしてもらえばいい…惚れているなら夫婦になればいい。私はここを出ていく」と嫌味を言う。久蔵が喋ったなと伴蔵は勘付いて、「魔が差した。つまみ食いだ。もう二度と会わない」と謝るが、お峰は引き下がらない。すると、今度は一転して伴蔵が居直る。「栗橋一の関口屋伴蔵が妾の一人や二人持ってなにが悪い」。
だが、お峰の次の反撃で伴蔵は二の句も告げない。「いい気になっちゃいけない。江戸にいたときのことを忘れたのかい。幽霊から100両貰って、海音如来の金無垢を奪って、この栗橋で何とかなったのは誰のお陰だい?」。伴蔵は「悪かった。俺が出ていく。自分に愛想が尽きた。もう誰も相手にしてくれなくて、野垂れ死にだ」と平身低頭だ。
その上で最後の懇願をする。「お前とは8年、一緒に苦労してきた。邪険にされてつらかったろう。このままじゃいけないと思っていた。越後新潟に行って一緒に苦労してくれないか」。お峰は伴蔵が改心してくれたと思い、これを許す。夫婦は仲直りをした。だが、それは悪党伴蔵の作戦だった…。
翌日、夫婦で幸手に出掛け、呉服屋で着物を見立ててやり、料理屋でたらふく美味しいご馳走を食べさせる。お峰は幸せが戻ってきたと思ったろう。だが、それも策略だった。幸手の土手に「実は海音如来をここに埋め直した」と嘘をつき、人が来ないかお峰に見張りをさせるふりをして、背後から脇差で斬る。息が止まるまでメッタ刺しで殺害。関口屋に戻り、「お峰が追い剥ぎに襲われた」と言って、奉公人たちを幸手の現場でお峰の無惨な最期を見届けさせた。誰にも伴蔵の仕業とは思わせないで、懇ろに弔いを済ませた。悪党である。
「関口屋の強請り」では、さらに伴蔵の悪党ぶりが冴えわたる。お峰の怨霊が関口屋の奉公人に次々と乗り移り、高熱にうなされて、伴蔵の悪事を暴くうわ言を言う。これを偶々日光に逗留していた江戸の「名医」山本志丈が診て、奉公人全員を親許に帰し、伴蔵と志丈の二人きりになった。
100両を貰って根津清水谷の萩原新三郎を殺して、海音如来を花壇に埋めた。伴蔵さんは酷い人です。他に女が出来て、私が邪魔になって殺した。貝殻骨から乳の下かけて斬られたときは痛かった。このうわ言を聞いて、志丈はピンときて、「この話は私も一枚嚙んでいる。お露さんと新三郎さんを引き合わせたのは、この私」と伴蔵に言って、「新三郎の変死が解せない。これは人の仕業に違いない。伴蔵さん、腹を割って話してくれないか」。
伴蔵はここまでやってきた悪事を志丈に打ち明ける。そして、二人は「お互い、腹を括ろう。そして、太く短く面白おかしく生きようじゃないか」ということで意見が合致する。このとき、口止め料として、25両が伴蔵から志丈に渡された。そして、積もる話をしようと笹屋へ。
ここで酌婦をしているお国は実は飯島平左衛門の元妾。お露と敵対関係にあった人物だ。お国は飯島を裏切り、男女の関係だった宮野辺源次郎と組んで飯島を殺害。源次郎がそのときに負傷した足を引きずりながら、逃亡を続けているが、飯島の家来の孝助が仇討をしようと追っている。
この笹屋で志丈とお国がばったり会ってしまった。お国は伴蔵に「志丈ほど悪い奴はいない」と言い残して、去る。伴蔵は志丈からお国の氏素性を聞き、これは笹屋にいない方がいいと判断、女郎屋の大野屋で一晩過ごし、関口屋に戻る。
翌朝、案の定、源次郎が関口屋を訪ねてくる。お国と二人で越後路へ向かうので路銀を用立ててほしいという申し出。伴蔵が二両二分を渡すと、「もう少々ご拝借願いたい」と源次郎が言う。「いくらほしいのか」と訊くと、「一本」との答え。百両である。伴蔵が「そんな筋も義理もない」と突っぱねると、源次郎は「家内の国が特別なご厚情に預かって、御礼申し上げる」。
つまりは、間男したのだから百両よこせという要求だ。ここで伴蔵の悪党としての本領発揮だ。「不義をしたことがどうした?悪いことなら、俺の方が一枚上手だ。お国は飯島平左衛門の妾。それをお前が盗んだんだろう。そして、飯島様を殺した。忠義の家来、孝助がお前さんたちを探しているらしいな。こんなところで脅しかけていると、追いつかれるぞ!」。源次郎は怯え、引き下がり、伴蔵から25両だけを有難くもらって去った。
伴蔵は栗橋の関口屋をバッタに売って、志丈とともに江戸へ戻る。根津清水谷、海音如来の金無垢が埋めてある花壇を掘り起こす。鈍く光って重みのある金無垢を手にすると、一緒にいた山本志丈を刺し殺した。
だが、そのとき、捕手たちが伴蔵を取り囲んでいた。「御用だ!」。「お天道様はお見通しか」と、伴蔵は呟き、召し捕られた…。
「お札はがし」から「お峰殺し」、そして「関口屋の強請り」。三遊亭円朝作「牡丹灯籠」を悪党伴蔵を主人公に据えた通し口演。聴き応えがあった。