まんきつの森へ 三遊亭萬橘「木乃伊取り」、そして林家つる子独演会「子別れ」

「まんきつの森へ~三遊亭萬橘独演会」に行きました。「道灌」「提灯屋」「木乃伊取り」の三席。
「木乃伊取り」の清蔵の造型が素晴らしい。番頭の佐兵衛が行っても、鳶頭の金太郎が行っても、角海老に居続けする若旦那を連れ戻すことはできなかった。そればかりか、若旦那と一緒になって遊び、いつまで経っても帰って来ない。どうしたものかと思案している旦那と女将さんのところへ志願したのが飯炊きの清蔵だ。
「お前は飯を炊いているだけでいいんだ」と言う旦那に対して、清蔵は「もし、この店に泥棒が入り、旦那の命が危なくなったときに、飯炊きは飯を炊くだけでいいのか。そこで身を呈するのが人の道ではないか」と正論を吐く。尤もだ。清蔵が店を出るとき、女将さんは巾着を渡し、「足りなかったら、これで勘定を済ましておくれ」と母親としての愛情を示す。清蔵はそれに感じ入った。
だから、角海老に行ってからも、「若旦那を帰りたい心持ちにする」と言って、その巾着を見せる。だが、親不孝の若旦那には効き目がなかった。なおも、「おふくろさんが気の毒でならない。日を追うごとに食が細くなっている」と言って、「首の骨を叩き折ってでも若旦那を連れ戻す」と鼻息を荒くする。「おらは村相撲で大関を張った男だ」。
これでとうとう若旦那は音を上げた。皆で最後の一杯を飲んで、帰ろうということになるのだが…。清蔵が一息に酒を飲んでしまうので、二杯目、三杯目と飲ませると、清蔵はすっかり良い心持ちになってしまう。その上、お前の女房代わりだと言われ、“かしく”に酌をされると、清蔵はそんな経験をしたことがないから舞い上がってしまうというのもよくわかる。純情なのだ。
「ここにいる人たちは浮気者ばかり。いつか堅いお客に巡り会いたいと信心していたんです。初回惚れしてしまいました」。かしくは清蔵の毛深くて毛ガニみたいな手を見て、「その手であちきの手をギュッと握ってほしい」。清蔵はすっかりデレデレになり、「握るぞ…いやあ、やっぱりよすべ…くすぐるな!」。挙句には「帰れというおらの方が間違っていたかもしれない」。まさに木乃伊取りが木乃伊になった。愉しい高座だった。
林家つる子独演会に行きました。「スライダー課長」「反対俥」「子別れ」の三席。開口一番は林家ぽん平さんで「狸札」だった。
「子別れ」。元女房のお徳を主人公にして、母子家庭の悲哀を描き、いかに熊五郎が罪なことをしてしまったか、胸が詰まる思いになる高座だ。
冒頭、亀吉が遊郭ごっこと呼んで花魁道中をして遊んで来たと聞いたお徳は「二度とするんじゃない」と烈火の如く怒った。亀吉は母親が元父親が吉原の女と一緒になったことへの配慮がなかったことを詫び、「おっかさんの方がよっぽどいい女だぜ」とフォローするところ、息子の気持ちもよくわかる。
「お父っつぁんは悪い人だ。おっかさんを泣かしてばかりいた。会いたいと思わない」と言うと、お徳は「お父っつぁんはいい人だ。ただお酒がよくなかった。人が変わっちまう。そして、気が大きくなって、吉原に行ってしまう」と庇う。元亭主が憎いが、自分なりにそう解釈しないとやっていられない部分もあったのだと思う。
眉間の傷の件。お徳は「誰にやられたのか?文句を言ってやる。子ども同士の話で親が口出しするのは当たり前だ」と母親の愛情を出すが、それが「小林さんのお坊ちゃんだ」と判ると、「痛いだろうが、我慢しておくれ」。さぞ、悔しかったろう。小林さんからは内職の仕事を沢山もらっているし、亀吉もお遣いをしてお小遣いを貰っている恩義がある。こんなことで母子が路頭に迷ってはいけないという思い…現代では考えられないかもしれないが、戦前くらいまではそういう価値観もあったのだろう。
亀吉が元父親の熊五郎に再会して貰った50銭の件。亀吉は頑なに父との約束を守り、「知らないおじちゃんに貰った。御礼なんて言わなくていいおじちゃんに貰った」の一点張りを貫くが、お徳は息子が変な了見を起こして盗んだのではないかという不安がよぎる。玄翁を持ち出し、「これがおっかさんが打つんじゃない。お父っつぁんが打つんだ」という母の心配は尤もだ。
50銭は元父親の熊五郎から貰ったと亀吉が白状したときの安堵。「どうせ酒に匂いをぷんぷんさせて、汚いナリでふらふらしていたんだろう」と訊くと、亀吉は誇らしげに答える。お酒はやめたんだって。今は一生懸命に働いているって。綺麗な半纏を何枚も着ていたよ。吉原の女もとっくの昔に追い出したって。カッコ良かったぜ。お徳も少し元亭主を見直したのかもしれない。
だが、お徳は迷いがあった。このまま鰻屋の二階に上がって、熊五郎と再会をして、やり直すことができるだろうか。お徳の中ではまだ、熊五郎を許してはいないからだ。その背中を押したのが近所の魚屋のおばあちゃんだった。
いいんじゃない?許さなくて。夫婦だもの。あるわよ、許せないことの一つや二つ。だけど、一緒にいる。そんなものよ、夫婦って。お前さんは独りでもやっていけるかもしれない。周りの皆が支えてくれるから。だけど、ちょっとでも会いたいなら、行った方がいい。
この後の魚屋の一言がすごい。「前から言いたかったんだけど、あんたはもしかして駄目な男の面倒を見るのが好きなんじゃない?」。これで、お徳は鰻屋の二階に上がる決心がついた。
亀吉が言う。「三人でご飯、食べよう!川の字になって寝よう!」。これを受けて、熊五郎が頭を下げる。「今更、俺の口から言えた義理じゃないが、三人で前のように暮らして貰えないだろうか。勝手なことを言っているのは承知だ。でも、俺なりに一生懸命にやってきた。許されないだろうが…」。
ここまで熊五郎が言うと、お徳が遮って叫ぶ。「許さない!許すわけないだろう、あんなことされて」。だが、次の言葉で優しい気持ちになる。「本当に変わったね。あのときの目じゃない。大工の熊さんの目に戻っている」。「この通りだ」と、さらに頭を下げる熊五郎に、お徳は「随分と遅かったじゃないか。待ちくたびれちゃったよ」。これを聞いて、熊五郎は号泣する。そして、亀吉が「おいらがついているから大丈夫だよ」。
親子三人の復縁成立だ。熊五郎、お徳、亀吉、三者三様に思いは複雑に違っていても、一緒に暮らすことが幸せなんだというところで共通した。めでたい。素敵な高座だった。