柳枝のごぜんさま 春風亭柳枝「千両みかん」、そして平凡パンチライン Wife is miracle~世界で一番アツい嫁~

「柳枝のごぜんさま~春風亭柳枝勉強会」に行きました。「金明竹」「反魂香」「千両みかん」の三席。
「千両みかん」の番頭の粗忽というか、うっかりというか。この噺を聴く度に思うが、真夏の暑い盛りに「みかんを食べたい」という若旦那に「部屋いっぱい、みかんをご用意します」と安請け合いすることなどあるだろうか。少し考えればみかんなど売っていないことは判るはずで、これも寝込んでいる若旦那の胸に思い焦がれていることを叶えてあげようという一心ゆえかと理解するしかない。簡単に「落語だから」と割り切れば良い話ではあるけれども。
この噺は番頭が主殺しで磔になるとか、そういうところに眼目があるのではなくて、商人としての「誇り」「プライド」がテーマだろう。万惣が幾つもの蔵を探して、腐ったみかんの山の中から、やっとの思いでまともなみかんをたった一つ見つけることができた。このとき、万惣主人は先方の事情を聞いていたから、「冥利に尽きます。代金はいらない。どうぞこのままお持ちになってください」と優しさを見せる。だが、番頭は「こちらも少しは名の知れた商家。商人として代金は払わせてください」とプライドを出す。
すると、万惣主人は一変して態度を変え、商人としてのプライドを見せる。では、千両頂戴します。江戸でたった一軒、蜜柑問屋として店を構えている。その暖簾を大切にしたい。たった一人の客でもみかんを求めに来たら、「ございません」とは言えない。暖簾に傷がつく。そのために夏の間も腐らせるのを承知で、蔵の中にみかんを用意しているのだ。千両でも安いかと思う。同じ商人なら、お判りいただけるかと思います。
蜜柑問屋として、いついかなるときでも「みかんはありません」とは言えないという意地とも言えるプライドを大切にする。ビジネスの根幹にかかわる大事なことだと思う。現代社会において、こうしたプライドを大切にしている企業がどれだけあるだろうか。そんなことを考えた。
平凡パンチライン「Wife is miracle~世界で一番アツい嫁~」を観ました。
平凡パンチラインというのは、大人計画の女優5人(池津祥子、伊勢志摩、猫背椿、宍戸美和公、中井千聖)によるユニットで、今回第1回公演として脚本を宮藤官九郎氏、演出を木野花氏にお願いして製作された芝居だ。出演はこの5人に客演としてシソンヌじろう氏を迎えた。
津軽を舞台に、母親・十戸(とのへ)みつの三回忌に集まった四人兄弟とその嫁が繰り広げる人間模様で、四人兄弟を全てじろうが演じるのが味噌だ。長男の陽介の嫁はさくら(池津)、東京出身のキャリアコンサルタントでマッチングアプリで再婚。次男の秋夫の嫁ははるな(宍戸)、地元に根付いて十戸家を継いでいる。三男の春樹は弁護士で、嫁の麗子(伊勢志摩)と1年ぶりの帰省。四男の雪也の嫁はちとせ(猫背)で、イラストレーター兼エッセイ漫画家という設定。
津軽のいかにも保守的な家庭に四兄弟夫婦が集まり、郷土料理など地元の風習を守ることを前提としながらも、次男以外は東京で暮しているから、いかにも現代的な感覚をそれぞれに持っていて、そのミスマッチみたいなものが宮藤官九郎の真骨頂と思わせる面白さを描き出し、その脚本を木野花が丁寧に読み解いて演出している。
特筆すべきは舞台には登場しない十戸はじめ、八十一歳の存在。四兄弟の父で、亡くなったみつの夫だ。はじめが握手会で知り合ったという中井千聖演じるセクシー女優(今はAV女優とは言わないそうだ)の河西あんりが十戸家を訪ねて来て、四兄弟夫婦が混乱に巻き込まれるところが実に可笑しい。
じろうは四兄弟以外に洋介の娘のあけみと近所の中学生の石川耕助も演じていて、この早替わりも見どころの一つになっているのが面白い。「タカミーでもなく、サクライでもない」幸之助に因んで名づけられたという発想が愉快だ。
青森には1回しか行ったことがないという宮藤官九郎氏がYouTubeを駆使して、ガッツリ津軽弁の芝居を書くということ自体、興味深いのだが、四兄弟夫婦のキャラクター形成とハプニング挿入、そしてさりげない社会風刺の効いた洒落で彩られた脚本を木野花氏が真剣に演出しているからこそ、この面白さが増幅するのだと感心した。