熱海五郎一座「黄昏のリストランテ」、そして兜町かるた亭 天中軒すみれ「花一輪」

熱海五郎一座「黄昏のリストランテ~復讐はラストオーダーのあとで~」を観ました。
毎年開催される熱海五郎一座の公演、毎回楽しみにしているのはスペシャルゲストである。今年は羽田美智子さんと剛力彩芽さん。とりわけ羽田さんのボケっぷりが最高であった。もちろん、吉高寿男さんの脚本、三宅裕司さんの演出によるものなのだが、あの美貌と背中合わせに持ち合わせた天然ボケが加味されることによって、お芝居がよりコミカルになり、これぞ東京喜劇というに相応しい舞台だった。
プログラムを開くと、皆さんがそのことを遠回しに表現している。アミューズの荒木専務は「女優としてのキャリアをお持ちでいながら、いつも爽やかでお会いすると皆を和ませる才能」、脚本担当の吉高氏は「正確無比な演技の中に、どこかとぼけた感じのある」と書いている。
また、共演者のラサール石井さんは「顔合わせの挨拶から『早く皆さんと一味になりたいです』『それじゃ悪者だよ』と三宅サンにツッコまれる天然ボケの神」、小倉久寛さんは「とにかく羽田さんの役はボケまくります。そこに羽田さんご本人の人柄が加わりものすごい天然ボケになります」と語っている。
羽田さんによれば、毎年のように熱海五郎一座を楽しみに観に行っていたそうで、この座組が作り出す唯一無二の世界観のファンだったと語っている。だから、声が掛かったときは嬉しいと思いつつも、あんなすてきな舞台の足を引っ張ったらどうしようと考えたという。いやいや、足を引っ張るどころか、逆に爆笑の連続を繰り返し、「コメディエンヌだなあ」と思った次第。
熱海五郎一座の前身は伊東四朗一座だが、羽田さんは2003年から24年までテレビ朝日で「おかしな刑事」というドラマで伊東四朗さんと主演を務めていた。この舞台に出演することが決まったとき、伊東さんに相談したそうだ。そうしたら、「俺は舞台に立つみっちゃんの姿、早く見たかったぞ」とメールをくださったそうだ。「三宅ちゃんは俺が本当に信頼している人だし、一座のみんなももうベテランだから、任せれば安心だよ」って。
座談会の中でその話が出たときに、三宅さんが「心配なのは、羽田さんが楽屋に行かずに客席に座っちゃってるおそれがあること」と発言しているのを読んで、思わず笑ってしまった。
兜町かるた亭に行きました。
「近藤勇のぼんやり女房」東家志乃ぶ・沢村道世/「花一輪」天中軒すみれ・沢村道世/中入り/「本能寺」神田伊織
すみれさんの「花一輪」は土居陽児先生の作。高校3年生の大輔がサチと一緒に夏休みに広島を旅行したとき、岸辺に咲いた白いユリの花を摘もうとして川に落ち、1945年8月6日のヒロシマにタイムスリップするという演出が素敵だ。
大輔は同じようにユリを摘もうとしていたサチコという女性に出会う。聞けば、午前7時30分だという。原爆投下は8時16分。大輔はサチコの手を取り、「落ちてしまうんだ」と言って、太田川の少しでも上流へと急ぐ。サチコは何のことだかわからない。8時を過ぎてしまうと、工兵橋の下に身を隠した。そして、閃光が走り、爆風が吹き、炎があがる。後に原爆ドームと呼ばれる産業奨励館付近に原子爆弾「リトルボーイ」は落ちた。
当時の気温は26.8℃。落下の半径500メートルにいた者は全員死んだ。1キロ圏内でも死者の方が多い。大輔とサチコがいた工兵橋は2キロ離れていたが、火傷をした人々がうめき声をあげながら彷徨っている。サチコは「母と七つの妹がいる」自宅へ行くと言うが、大輔は「市街地は火の海だ。地獄絵図だ」と引き留める。
川には水を求めて沢山の子らが集まっている。「この子たちは何か悪いことでもしたのか?なんでこんな目に遭わなくていけないのか」とサチコは訴える。水柱が火柱に変わり、サチコのもんぺに火が移る。大輔は手を差し伸べて助けようとするが、サチコは「もう、ええよ」。「このことを皆に伝えてくれ、私はそれを待っている。熱い…」と言い残して大輔の前から消えた。摘もうとしていたユリはテッポウユリというそうだ。その白い色が赤い炎に吸い込まれ、焼かれて、赤い花に見える…。
いつの間にか、大輔は現代に戻っていた。サチに言う。「俺は何もわかっていなかった。目の前がピカッと光り、辺りが真っ黒になるんだ。川が燃えて、サチコは落ちていった。俺は見ているだけだった」。
夕方6時。大輔とサチは灯籠流しをした。そこには大輔が見たことを書き記した。きょうと「あの日」をつなぐ花一輪を添えて、それぞれの人々の思いを乗せて。戦後80年。被爆体験を語れる人は少なくなった。それでも私たち日本人はヒロシマ、ナガサキの悲劇を語り継いでいかなくてはならない。