春風亭一之輔独演会「青菜」、そして五月文楽「平家女護島」鬼界が島の段

春風亭一之輔独演会に行きました。「夢の酒」と「青菜」の二席。ゲストは松柳亭鶴枝師匠で「湯屋番」、開口一番は春風亭らいちさんで「桃太郎」だった。

「青菜」。植木屋の庶民感覚というか、上流階級への憧れ含め、とても愛くるしいのが愉しい。柳影を飲むコップを覗き、「旦那が遥か彼方に見える」とか、鯉のあらいに付けて食べる酢味噌だけを舐めて、「酢味噌だけで五合は飲める」「おまんまにかけて食ったら美味いだろう」とか、下に敷かれていた氷をジュルーと口に放り込み、「この氷はよく冷えている」とか。

菜が切れてしまってないことを「鞍馬から牛若丸が出でまして、その名を九郎判官」と隠し言葉で伝えたおかみさんに対し、「ご懲役が長かった?番号で呼ばれたり、箪笥を作ったり…ああ、ご教育でしたね」。さらに、うちのカカアだったら「こないだ買った菜がいつまであると思っているんだい。世の中そんなの甘くない。早くイワシ、食っちゃえ。冷めちゃうよ」と比較するのも可笑しい。そして、自分の女房を“タガメの女房”と呼んでいるのが面白い。

屋敷を出てから、あの隠し言葉のやりとりを思い出し、手を叩いて「これよ!奥や!」と真似してみて、「金持ちは大仰だね…♪好きなんだけど~」。西郷輝彦か!そして、「鞍馬から」と隠し言葉を何度も繰り返しいるうちに、「ちゃんちゃらおかしい」とか「笑わせるんじゃない」とか言っていたのが、突然「やってみてえな」に変わる植木屋が可愛い。「無駄を楽しむ」という素晴らしさに目覚めたのだ。

帰宅後に植木屋が“タガメの女房”に屋敷であったことを話すと、「感心バカ」だと一蹴されるところ。鯉のあらいも嫁に来る前はちょいちょい食ってたとか、三つ指ついた奥様を再現すると「赤べこ?」と返したりとか、隠し言葉にいたっては「呪いのまじない?」と馬鹿にしたりとかしていた女房だが…。亭主がこれをやると長屋の連中に「華族様の出じゃないか」と思われるかもしれないと、お屋敷ごっこに付き合わされることになるのが楽しい。「いつもはタガメだが、今回は小町になれ」と言って、襦袢一枚の上に冬の綿入れを三枚重ね着させて、「これで十二単だ!」。髪もざんばらにして、絹張の代わりに渋団扇を持たせて、押し入れの中に閉じ込める。

訪ねて来た建具屋の半次が、そのお屋敷ごっこに付き合わされるのも可笑しい。暑いので昼寝して湯に行ったのに、「ご精が出ますな」と言われ、「汚れても構わぬ。縁側にお座り」と掃除もしていない板の間に座らせられ、「柳影をコップで」と当たり前の酒をシャケの空き缶で飲まされる。それも、熱燗!なのに「あなたは口の中に熱があるから、冷たく感じるのでしょうな」と言われ、「鯉のあらい」というイワシの塩焼きを「脂がのっていて旨い」と言うと、「極、淡泊なものだ」。

最終的に半次の嫌いな菜を「今、取り寄せよう」と言って、植木屋が手を叩くと、押し入れから布団の化け物のような者が現れ、「タガメだあ!」。終始、抱腹絶倒、爆笑の高座だった。

五月文楽公演第三部「平家女護島」を観ました。

鬼界が島の段。一人、島に残る決断をした俊寛の哀愁が一番の眼目だろうが、僕は俊寛らが流されて三年後にやって来た赦免船の使者二人(瀬尾太郎兼康と丹左衛門基康)を近松門左衛門が善と悪の全く違うキャラクターで創作したところを興味深く観た。

赦免船は平清盛の娘である中宮の安産を祈念して行われた大赦によるもの。瀬尾は丹波少将成経と平判官康頼の帰京が赦されるという赦免状を読み上げるが、そこに俊寛の名前がなかった。というのも、俊寛の妻・あづまやに横恋慕する平清盛が俊寛だけは赦さなかったのだ。俊寛は悲嘆に暮れる。だが、もう一人の使者である丹左衛門が別の書状を読み上げ、俊寛の備前までの乗船を許すとした。俊寛に同情する重盛、教経らの特別の計らいだった。

だが、喜びも束の間だ。成経の妻となった島の海女、千鳥の同船を許さない。瀬尾は通行手形の人数が合わなくなると説明する。これに抵抗を示した俊寛に対し、苛立った瀬尾は「俊寛の妻あづまやは清盛の意に背いたために殺された」と伝えるのだ。何と、嫌な奴なのか。と同時に、俊寛は再び悲嘆に暮れる。

同船が叶わないと聞かされた千鳥は自害しようとするが、これを俊寛は止める。そして、自分の代わりに船に乗れと言うのだ。妻のいない都に戻っても、自分には何の喜びもないから、と。すごくいい奴!なのに、瀬尾はそれでも千鳥の同船を許さない。瀬尾という男は徹底して嫌な奴なのだ。

覚悟を決めた俊寛は瀬尾を斬り付け、殺してしまう。俊寛は「使者を殺した罪により、新たな流人として島に残る」という理屈だ。島に残り、生きながら地獄の苦しみを受けることで死後に救われたいという…。ああ、なんという覚悟なんだろう。もう一人の善人の使者、丹左衛門はこれを認め、船は康頼、成経、千鳥を乗せて島を出発する。

現世に未練はないと一旦は思い切ったものの、激しい孤独感に駆られた俊寛は、小高い岩を必死に這い登り、遠ざかっていく赦免船をいつまでも見送る…。俊寛の悲壮に胸が締め付けられる思いがした。