一之輔のこんなニンジョウ噺いかがですか? 春風亭一之輔「文七元結」「団子屋政談」

上野鈴本演芸場五月中席初日に行きました。今席は春風亭一之輔師匠が主任を勤め、「一之輔のこんなニンジョウ噺いかがですか?」と題したネタ出し興行。①文七元結②かんしゃく③刀屋④帯久⑤団子屋政談⑥心眼⑦万両婿⑧たちきり⑨水屋の富⑩唐茄子屋政談。きょうは「文七元結」だった。

「金明竹」春風亭与いち/太神楽曲芸 鏡味仙志郎・仙成/「黄金の大黒」松柳亭鶴枝/「動物園」蝶花楼桃花/紙切り 林家楽一/「スナックヒヤシンス」林家きく麿/「宗論」春風亭一朝/中入り/奇術 如月琉/「ひろっちゃった」三遊亭天どん/粋曲 柳家小菊/「文七元結」春風亭一之輔

一之輔師匠の「文七元結」。博奕に狂い、酒を飲んで女房を打ったり蹴ったりする父親の長兵衛を以前の落雁肌と褒められた腕の良い左官職人として再生してほしいと願う娘お久の決意が素敵である。吉原に自ら身を沈めて、その身代金で借金を返してもらうだけでなく、佐野槌の女将に意見を言ってもらいたいと頭を畳に擦りつけてお願いするお久は素晴らしい。

佐野槌女将の心意気も良い。50両を入れた財布は亡くなった旦那が一番好きで着ていた着物の端切れで作ったもの。「うちの人はお前さんの塗った壁が好きだった。うちの人を思い出してちょうだい。どこかで見ているよ。お前のことをどう思っているか…」。

礼はお久に言えと女将が言う。長兵衛は謝る。「ごめんな。酒も博奕もやめる。誓うよ。辛抱してくれ」。お久が「おっかさんを大事にしてあげて。癪をおこしたら、背中をさすってあげてね。待っているから」。そして、こう付け加える。「綺麗な壁、いっぱい塗ってください。待っています」。素敵だ。

そして、吾妻橋。50両を掏られて身投げしようとしている文七に「死んで花実が咲くものか」と止める長兵衛だが、文七は頑なだ。「訳を話して謝って、生涯かけて帰せば許してくれる」と説得するが、「身寄り頼りのない自分をここまで育ててくれた旦那。大恩を受けておきながら、そんなことは言えない」。

文七が見ず知らずの人には関わりのないことだと言うと長兵衛は反論する。「見ず知らずじゃないでしょう?こうして口をきいちゃったんだから。関わりあいあるでしょう!だから、死んでもらいたくないんだ」。情け深い長兵衛の人柄がよく出ている台詞だ。

「50両あれば死なないのか?…なんで、50両持っているんだろう…ないときに会いたかった」。逡巡する長兵衛だが、「ハイ!これ、あげる!」と50両入った財布を渡そうとする。そして、「話だけさせてくれ」と言って、どうして自分みたいな女の着物を着た男が大金を持っているのか、その事情を話す。これを聞いて、文七は「そんな大切な金、貰えない」と言うと、長兵衛は「俺だって、やりたくないよ!」。

だけど、お前は死ぬんだろう?死んでほしくないんだよ。俺は博奕に狂ったけど、腕はいいんだ。塗って塗って塗りまくる。大丈夫。娘は死なない。だけど、お前は死ぬんだろう?神棚吊って、「お久が悪い病にかからぬよう」お不動様でも金毘羅様でもいいから毎日拝め。いいから受け取れ!死ぬなよ!死んだら、ぶっ殺すからな!バーカ!長兵衛の真っ直ぐな気持ちが良く伝わってくる。

翌日、近江屋の旦那が文七を連れて50両を返しに長兵衛宅を訪ねるときの旦那の台詞も好きだ。お前が死んでいたら、店の者は皆悲しい思いをしていた。身を切られるような思いをした。私はお前の何だい?番頭は?小僧は?身寄り頼りじゃないのか?お前には立派な家族がいるんだ。死のうとか、身投げしようとか、顔向けできないとか思うんじゃない。私はお前の親のつもりだ。二度とこんなことをしたら承知しないからな。

命の大切さ。自分の命は自分だけのものじゃない。簡単に死んだら、悲しむ人がいっぱいいる。そういう「家族」に申し訳ない。だから、人は安易に死ぬなんて思っちゃいけない。素晴らしいメッセージが籠っている高座だった。

上野鈴本演芸場五月中席五日目に行きました。今席は春風亭一之輔師匠が主任を勤め、「一之輔のこんなニンジョウ噺いかがですか?」と題したネタ出し興行。きょうは「団子屋政談」だった。

「元犬」柳亭市助/「湯屋番」春風亭いっ休/太神楽曲芸 鏡味仙志郎・仙成/「壺算」林家木久彦/「すぶや」弁財亭和泉/紙切り 林家八楽/「ツッコミ根問」春風亭百栄/「たがや」春風亭一朝/中入り/奇術 如月琉/「名探偵コテン」三遊亭天どん/粋曲 柳家小菊/「団子屋政談」春風亭一之輔

一之輔師匠の「団子屋政談」。「初天神」の改作だが、本来の「初天神」パートの部分もオリジナリティに溢れていて面白い。果物屋の柿、みかん、りんご、バナナが皆、「毒だ」という父・八五郎に対し、「保健所に捕まっちゃう物を売るのか!」と突っ込む息子・金五郎とのバトル。飴屋では「赤は女の子みたいで嫌だ」と金太郎が言うと、「高崎の達磨はどうなんだ?レーニンは?スターリンは?宮本顕治は?」と八五郎が反撃するのも面白いし、団子屋で「団子一本で家計が傾くのか?お父っつぁんの世代が金を使わないでどうする?経済を廻せ!」と大人顔負けの理屈を言う金太郎が愉しい。

また、「あれ買って、これ買って」と言わない約束だった…「男と男の約束をしたじゃないか」と言う八五郎に、「このジェンダーの時代に通用しない」と言う金太郎は八歳とは思えない。そして、こう言う。「お父っつぁんはさぞかし良く出来たお子さんだったのでしょうね。こんなことでお父っつぁんを嫌いになりたくない。お父っつぁんとの絆を失いたくない」と泣き脅し。でも、「涙が出ていない」と指摘されて、「こんなしみったれのお父っつぁんのところに生まれなければ良かった。竹ちゃんのお父っつぁんの子に生まれれば良かった」。すると、八五郎が「お父っつぁんも竹ちゃんなら買ってやるよ」と返す。このやりとりが後半の改作部分の大きな伏線となる…。

団子屋の蜜の壺にポッチャン!と二度漬け、三度漬けするこの親子を見かねた団子屋主人。「あなたたち親子、毎年来て、毎年ポッチャンしているだろ!いいかげんにしろ!もう、黙っていられない。お奉行様に訴えるよ!」。金太郎は「島流しされたい!訴えて!」と言うので、団子屋はお恐れながらと南町奉行、大岡越前守に願書を出す…。だが、大岡様は「他愛のないこと。以後、気をつけなさい」でお裁きを終了してしまう。金太郎は「島に行くって学校で自慢しちゃった…お奉行様、ちゃんと目で見て判断してください」。そこで、八五郎・金太郎親子と大岡様の三人で明日、天神様に行くことに。

待ち合わせ場所の湯島天神入り口で金太郎が待つ。親父の八五郎は「腹が痛い」と休んでしまい、一人で大岡様を待っているのだが、この噂が江戸中、いや日本中、世界中に広がって、大勢の野次馬がスマホを片手に集まってきており、金太郎は心細くて仕方ない。そこに馬に乗った大岡様が、なぜか「暴れん坊将軍」のテーマで大衆の面前に登場。金太郎は恥ずかしくて仕方ない。二人で疑似親子をしようと大岡様は乗り気なのが可笑しい。

手を繋いでヨイヨイヨートコラセ、大岡様の握力が半端なく強くて痛いし、謡の調子でヨイヨイとやるから恥ずかしい。果物屋は「皆、毒を売っている」と言ったら、「天誅じゃ!」と叫ぶし、飴屋では百両で箱ごと購入して無理やり口に放り込むし、団子屋では五百両を出して店ごと買い取り、蜜の壺を「舐めろ!」と顔にかけちゃうし…世間知らずの大岡様に居たたまれなくなる金太郎が目に浮かぶようだ。

「面白くない!お父っつぁんがいい!なんで来てくれないんだ!」と金太郎が叫ぶと、大岡様は「八五郎、出てまいれ!」。何と白馬の首の被り物を脱いで、八五郎が現れた!喜ぶ金太郎は「お父っつぁんが大好きだ!」。これを見て、「美しい」と大岡様。「よいか。これからはお父っつぁんの子に生まれるんじゃなかった、などと言うのではないぞ。それを聞いて親はどう思うか。二度と申してはならぬ」。

我儘な金太郎に「親の有難み」というお灸を据えるという見事なお裁き。終始笑いが絶えない高座の中に、親子愛の素晴らしさがきらりと光る。一之輔落語の真骨頂を見た高座だった。