浪曲定席木馬亭 東家孝太郎「幡随院長兵衛 長兵衛鈴ヶ森」

木馬亭の日本浪曲協会五月定席五日目に行きました。今から55年前、昭和45年5月1日に木馬亭定席が始まったそうだ。めでたい55周年を飾る企画公演として、5日は「木馬はえぬき会」と称して木馬亭定席で修業して育った生え抜きの若手による奮闘公演がおこなわれた。
「たにしの田三郎」東家一陽・馬越ノリ子/「小猿七之助改心」港家小蝶次・佐藤一貴/「近藤勇のぼんやり女房」東家志乃ぶ・沢村道世/「相馬大作 神宮寺川の渡し」富士実子・旭ちぐさ/中入り/「小栗判官 餓鬼阿弥車」天中軒かおり・沢村道世/「黒雲お辰」田辺凌鶴/「英国密航」国本はる乃・沢村道世/「幡随院長兵衛 長兵衛鈴ヶ森」東家孝太郎・沢村まみ
志乃ぶさんの「近藤勇のぼんやり女房」。近藤勇の女房おつね、ぼんやりどころか、しっかりしている。近藤勇は板橋で討ち首となり、三十五歳で死んだ。勇の兄・音五郎と甥・弥吉ら七人が弔いを出そうと、早桶に亡骸を入れ、喪服だとばれてしまうので股引姿になったおつねを先頭に、百姓を装って裏街道を行く。だが、西郷吉之助の弟・吉二郎が見つけ、「ただの百姓じゃないな。中身は武器か」と問うので、おつねは「私の夫が眠っている」。
「ゆえあって名前は申し上げられないが、昼間、首を討たれて板橋で亡くなった」「島津の敵、徳川の者か?」「仏に島津も徳川もない」。すると、西郷は「敵ながら殺すには惜しい男だった…この言葉が香典代わりだ」。女の勇気はここ一番だけあれば良い。人も煙草も良し悪しは煙にならなければ知れぬもの。さすが、近藤勇の女房!という高座だった。
かおりさんの「小栗判官 餓鬼阿弥車」。常陸国で照手姫の婿になろうと、小栗判官は10人の郎党を引き連れて、横山屋敷に入るが…。照手姫の父・横山某に毒酒を飲まされ、二十一歳にしてあの世の人間になってしまった。だが、閻魔大王は見捨てず、小栗を餓鬼阿弥仏として現世に蘇らせる。
藤沢の上人様が「一引きで千僧供養、二引きで万僧供養」と謳い、餓鬼阿弥車は京、大坂、そして熊野へと入る。熊野権現で四百四十四日、餓鬼阿弥は元の小栗判官に戻った。そして、美濃国へ行き、照手姫と再会を果たすと、常陸国の横山某を討ち取った。幻想的な魅力が光る高座だった。
凌鶴先生の「黒雲お辰」。大和国黒木村から正直を買われて御用金の75両を黒木大和守に届ける使命を担った新兵衛は両国の川開きの雑踏でスリに遭い、その75両を盗まれてしまう。落胆した新兵衛は身投げしようとするが、それを止める女がいた。事情を聞いた女は「金を用意するから、暫く待っていろ」と言い残して去るが…。
やがて女はいくつもの財布を持って来て、中を開けると、合計85両になった。75両を大和守に届けて、10両は路銀にしろと言う。この女、誰あろう“黒雲のお辰”と渾名される両国を縄張りにする盗人の元締めで、新兵衛の75両を盗んだのも自分の手下に違いないと考えたのだった。何と御礼をしていいのか判らない新兵衛に対し、「私もいつかは捕まって、討ち首になるだろう。線香の一本でも立てて、経を読んで供養してくれたら、それでいい」と言い残し、立ち去る。
黒木村に帰った新兵衛はこのことを寺の和尚に話し、「泥棒に効くお経」を教えてくれと頼む。そこで教わったのが観音経で、新兵衛は俗名黒雲お辰と書いた石塔を建て、毎日のように拝んだ。
10年後。お辰がとうとう捕まった。討ち首は免れないと大岡越前守は思っていたが、「身代りになっても構わない」と名乗りを挙げる者が後を絶たない。越前守はお辰に、命を助けるような行いをしたことがあるか?と訊ねると、お辰は10年前の新兵衛身投げの件を話した。越前守は「出家して諸国を行脚しなさい」と沙汰を出す。そうして、お辰改め妙達は大和国黒木村の新兵衛と再会を果たしたという…。素敵な義賊の物語だった。
孝太郎さんの「幡随院長兵衛 長兵衛鈴ヶ森」。桜川五郎蔵は小田原巡業にいたが、母親の容態が良くないという報せが届き、江戸へ戻る。その道のりで親方から貰った路銀を盗まれ、僅か8文の所持金で一膳飯屋に入ると…。主人の重右衛門は「腹いっぱい食べなさい」と親切にしてくれ、奥座敷で事情を聞いた幡随院長兵衛と隠居の伊勢屋清兵衛も5両と1両の都合6両を恵んでくれ、「情け深い侠客だ。生き仏だ」と五郎蔵は感謝の気持ちいっぱいで江戸へ向かう。情けが身にしみて、思わず知らず男泣き。
五郎蔵が去った後、飯屋の主人が「忘れていた!夜になると鈴ヶ森に追い剥ぎが出る!」。これを聞いた長兵衛は早駕籠を頼み、急いで鈴ヶ森へ向かうが…。盗賊たちが焚火をしているのを見つける。「さては五郎蔵、やられたな」。煙草を吸うから火を貸してくれと、長兵衛が盗賊に取り入る。相撲取りが来なかったか?と訊くと、「母親孝行の金だと言っていたが、あっさり身ぐるみ脱いで置いていった」。
長兵衛は自分も煙草入れ、長脇差、帯、浴衣、そして胴巻きにある切り餅25両で三つの都合75両を盗賊に受け渡し、褌一丁になった。だが、そこからが天下の侠客、幡随院長兵衛だ。樫の棒を一本持って、盗賊をバッタバッタと倒し、全員を松の根に縛り付けてしまう。「お前たちも人の子だろう。母は世間に済まぬと浮世の隅で泣いているぞ!」。盗賊たちは男泣き。「6人揃って、坊主になれ」と髪を燃やしてしまう。そして、長兵衛は早駕籠を飛ばし、五郎蔵の後を追って、夜の帳へと消えていくのだった…。
幡随院長兵衛の漢気がほとばしる高座だった。