Bunkamuraプロデュース「おどる夫婦」、そして一之輔のすすめ、レレレ 春風亭一之輔「百川」

Bunkamuraプロデュース「おどる夫婦」を観ました。作・演出:蓬莱竜太。
ある大学の演劇サークルで衣裳を担当していたキヌを長澤まさみ、裏方全般を担当していたヒロヒコを森山未來が演じる。二人には何の恋愛関係もなく、大学卒業後のキヌは舞台衣装のデザイナー、ヒロヒコはライターとして働いていた。自分の仕事に確固たる自信があるわけではなかったが、それでも細々と暮らすことはできていた。
2011年3月11日の東日本大震災。ヒロヒコの父・勝利は漁師をしていたが、石巻の家も船も失った。そればかりでなく、妻の君江の死亡が確認される。故郷に帰れぬまま、東京で日常を繰り返すことに消耗していくヒロヒコ。そこへ事情を聞いたキヌが訪ねてくる。他愛のない話と酒、トランプとお喋りで過ぎていく不思議な共感の一夜。キヌはヒロヒコに突然「結婚」を持ち掛け、ヒロヒコもこれを受け入れ、一組の夫婦が誕生した。
そこからの10年間、なんやかんやと細かいことはあったが、特に激しい揺れ動きもなく、こんなものかなあと夫婦を続けてきた。お互いに自問自答しながら、10年が過ぎた感じだ。
蓬莱竜太さんはパンフレットの「ごあいさつ」でこう書いている。
夫婦、というのは一体なんだろうか。もっと激しい感じなのだろうか。もっと空気みたいな感じなのだろうか。きっとそれぞれ、それぞれ違うのでしょう。不穏な世界を共に近くで生きる、ただ共に生きる。そういう当たり前の営みの中で、それ自体を慈しみ、それ自体の奇跡を感じるような、そんな瞬間を舞台にのせられたら、そんな思いでこの作品に向かっています。以上、抜粋。
不本意でも金になる仕事を受け入れるヒロヒコ、上司に自分のデザインを奪われるキヌ。個人の尊厳を見失いがちな現代を映し出すと同時に、このヒロヒコとキヌの夫婦の有り様についても深く考えさせられた。
終幕近くの場面で僕の隣の席に座っていた若い女性が泣いているのに気づいた。それは「価値は他者によって決められるものではない」と、これまでの踊らされていた人生を棄て、自分が信じる人生を共に歩もうとヒロヒコとキヌの気持ちが一つになって、物理的に二人がまさに踊り出す場面だった。
夫婦に雛形などない。それぞれの夫婦が自分たちが考える“幸せの形”を作っていけばいい。そう強く背中を押してくれるような芝居だった。
「一之輔のすすめ、レレレ~春風亭一之輔独演会」に行きました。「夢の酒」と「百川」の二席。開口一番は春風亭らいちさんで「狸札」、ゲストは三遊亭天どん師匠で「友引寄席」だった。
「百川」。百兵衛さんの訛りのアレンジメントで最高に愉しい一席に仕上がっている。ゴメンクダセイヤシィ!葭町の千束屋から日本橋浮世小路にある料亭、百川に派遣された旨を伝え、名を名乗るが、百川主人には「ヒャクベイチャルノーシャル?」と聞こえ、「東欧の方?」と頓珍漢な受け答えをするのが可笑しい。
二階で手が鳴り、女中頭に用を聞きに行くように言うが、女中全員が髪を散らしてしまった。そのときの主人の物言いが良い。「ざんばら髪で体格がいいから、負けた貴景勝みたいだ。親方として頑張ってくれ」。仕方なく、来たばかりの百兵衛さんに二階に行くように頼むが…。
ウーシィ!シジンケイノカケイニン…ノッシャ!これに兄貴分の初五郎が早呑み込みをして、「四神剣の掛け合い人」だと思い込み、「顔はつぶさないので勘弁してください」と言うと、百兵衛は「こうだらつまらない顔だけれども、顔だけはつぶさないでくだせい」。
酒は下戸という百兵衛に対し、クワイのきんとんを出すと、百兵衛は「これはアンデガス?アンチュウモンカネッチャ?」。初五郎が「そのクワイ(具合)をぐっと呑み込んでいただきたい」と言うと、百兵衛は主人から逆らっちゃいけないと言われた手前、頑張る。目を白黒させながら、「呑み込みやした!」。涙目で去っていく百兵衛が可愛い。
そして、初五郎の独自の解釈を披露。去年の祭りが終わって、一杯やりたいと言っただろう?それで四神剣を質に入れた。それが入れたままだ。隣町から催促に来たんだよ。腰の低い仲裁人をよこして、騒動にならないようにした。あの人は本当は親分とか親方と呼ばれる“ひとかどの人物”だ。それが証拠に、ウッシャ!と言って俺を睨んだ。
クワイを呑み込んだ件も、クワイと具合の謎かけと説明し、あの方は洒落を心得ている。呑み込んだ方も男なら、呑み込んでもらった方も男、男と男の駆け引き。きょうは引き分けだ、とわかった風な兄貴分の初五郎だったが、最終的に「四神剣の掛け合い人」は「主人家の抱え人」と判り、「ことによると奉公人か!」。形無しである。
その江戸っ子連中に「長谷川町三光新道の常磐津の歌女文字師匠」を呼んで来いと頼まれた百兵衛さん。サンコウジンミチに辿り着いて、「チョックラ、ウケゲイマスガノウ?」と「カの付く名高い先生」の家を訊こうとすると、「インバウンドだ!」と騒がれてしまうのも面白い。鴨池玄林先生のところに行ってしまい、「河岸の若い者がケサガケに四五人キラレヤシテ」と言うから、またひと騒動だ。
一之輔師匠は鴨池先生が百川の二階に来たところで終わらせず、本当に隣町から四神剣の掛け合い人として百兵衛さん同様の訛りの強い男がやって来るという…。ハプニングに次ぐハプニングに仕上げて、愉しい高座だった。