通し狂言「仮名手本忠臣蔵」昼の部 足利館松の間刃傷の場、そして扇ヶ谷塩冶判官切腹の場

三月大歌舞伎昼の部に行きました。「仮名手本忠臣蔵」大序、三段目、四段目、道行が上演された。
三段目、足利館松の間刃傷の場。塩冶判官高定を中村勘九郎、高武蔵師直を尾上松緑、桃井若狭之助安近を尾上松也、加古川本蔵を嵐橘三郎。
機嫌の悪い師直が判官に八つ当たりして、鬱憤を晴らそうとする様子を実に憎々しく松緑が演じ、はじめは鷹揚に振る舞っていたが徐々に堪えきれなくなる判官を勘九郎が好演した。
遺恨があった若狭之助に対し、加古川の手回しで金子などの贈り物をされたために不本意ながら鶴ケ丘の非礼を詫びた師直は怒りの対象を判官に向けた。さらに横恋慕している顔世御前からの文が恋文かと思ったら、その逆で師直の思いを拒絶するものだった。このために、さらに判官を口汚く罵る。
そうした経緯を知らない判官は柳に風と受け流していたが、師直は判官のことを「鮒侍」と罵倒した。これで判官の堪忍袋の緒が切れた。思わず刀の柄の手をかけると、師直は益々挑発する。判官は我に返って自制するが、師直はなおも執拗に罵詈雑言を浴びせ続ける。ついに流石の判官も刀を抜いて斬りかかる。
松緑演じる高師直vs勘九郎演じる塩冶判官の心理戦が実に見応えがあった。
四段目、扇ヶ谷塩冶判官切腹の場。大星由良之助を片岡仁左衛門、塩冶判官高定を中村勘九郎、顔世御前を片岡孝太郎、大星力弥を中村莟玉、石堂馬之丞を中村梅玉、薬師寺次郎左衛門を坂東彦三郎、原郷右衛門を中村錦之助。
判官切腹の無念がよく出ていた。最期の座に着く判官の前に、由良之助の嫡男・力弥が九寸五分の腹切り刀を持参。由良之助が到着したかと問う判官に対し、まだ到着していないと答えると、判官は淡々とした様子で切腹に臨む。だが、心の中では由良之助の到着を待っているのがよく伝わってくる。
「存命中に対面が叶わず残念だ」と言って、それを力弥から由良之助に伝えるよう命じ、腹を刀に突き立てたところで、由良之助到着。判官の心中を察して、石堂が最期の対面を許すのも情け深い。苦痛に耐えながら、この腹切り刀が形見だと告げ、無念の思いを無言のうちに伝え、息を引き取るのが感動的だ。
そして、由良之助が今後の対応について評議するときの冷静沈着が良い。血気盛んな家臣たちが、亡君の無念を晴らすために幕府の討手を相手に籠城して討死、あるいは殉死すると口々に言い始めるが、それを諫める由良之助が城代家老の貫禄だ。御用金を頭割りにして城を明け渡し、町人となって子孫繁栄を図ると言う由良之助。だが、それが本心ではない。
斧九太夫のような裏切り者も混じっている中、軽率な発言はできないとの判断だった。九太夫が由良之助に不服を述べて去った後で本心を明かした。恨むのは師直ただ一人、亡き判官の遺言に従い、仇討をするという…。これを聞いた諸士は万事を由良之助に委ねて従うことを誓う。大石内蔵助の人間の大きさを仁左衛門が実によく表現していた。