通し狂言「仮名手本忠臣蔵」夜の部 与市兵衛内勘平腹切の場、そして祇園一力茶屋の場

三月大歌舞伎夜の部に行きました。「仮名手本忠臣蔵」五段目、六段目、七段目、十一段目の上演だった。

六段目、与市兵衛内勘平腹切の場。早野勘平を中村勘九郎、女房おかるを中村七之助、千崎弥五郎を坂東巳之助、不破数右衛門を中村歌六。

勘平が踏んだり蹴ったりだ。一文字屋のお才が与市兵衛へ貸した財布と同じ布で作ったという財布を勘平に見せたことで、山崎街道で撃ち殺したのが、てっきり舅の与市兵衛だった思い込み、気が動転する。仇討ちの一味に加えてほしい一心で、昨晩手に入れた金50両を千崎に届けていた。その金が女房おかるが身売りをして得た半金だったなんて…、しかもその半金を持って帰ろうとしていた与市兵衛を殺して得た金だなんて…。

その上に、千崎と不破が訪ねて来て、「由良之助は不忠の者からの金子を受け取れない」と仇討の一味に加えることはできないと言って、金を返す。さらに、その金が舅を殺して得た金と知って、仲間に入れてくれとはもってのほかだと、勘平の非道な行為をなじり、斬り捨てようとさえした。

勘平は言い訳のしようがなく、刀を腹へ突き立て死ぬ覚悟をする。虫の息の中、主君の大事に居合わすことができなかった自らの不忠を恥じ、このような結末になった我が身の不運を嘆きながら腹を切る。

だが、不破と千崎が与市兵衛の死骸を検めると、これは鉄砲の玉に当たって死んだのではなく、刀によって斬られて死んだものであることが判る。しかも、両名が与市兵衛宅に来る途中に、鉄砲で撃たれた斧定九郎の死骸を見つけていた。つまり、与市兵衛を殺害したのは定九郎で、勘平は気づかぬうちに、舅に仇を討っていたことが知れる。なんというどんでん返しだろう。

疑いが晴れた勘平は仇討連判状に血判が許された。だが、血判を終えた勘平は静かに息を引き取る。悲劇のヒーロー、早野勘平を勘九郎が熱演した。

七段目、祇園一力茶屋の場。大星由良之助を片岡仁左衛門、寺岡平右衛門を尾上松也、遊女おかるを中村七之助、斧九太夫を片岡亀蔵。

見どころが沢山あるが、やっぱり平右衛門とおかるの兄妹の再会のクライマックスだろう。平右衛門が夫のために身売りをしたおかるを褒めると、おかるは両親や夫の勘平が元気でいるかを問う。だが、父の与市兵衛は斧定九郎に斬られて死に、勘平は勘違いから切腹をして死んだなどと言えず、「達者だ」と答えてしまう心情に胸が痛くなる。

おかるが由良之助から身請けの話をされたと話すと、「もはや仇討の心はなくなった」のかと一時思うが、おかるが顔世御前から由良之助に宛てた文を読んだ内容を話すと、一転「おかるを身請けするのは、仇討の秘密を知ったおかるを殺そうと考えたからだ」と推測。実は父と勘平が非業の死を遂げたことを告白し、おかるに納得してもらって死んでほしいと事情を話す平右衛門。

おかるも「恋しい勘平が死んだのなら、もはやこの世に未練はない。自分が死んで役に立つなら兄の手に掛かって死にたい」と申し出る。ああ、なんという兄妹愛なのだろう。

ここに登場したのが由良之助である。仇討の心をカモフラージュするために茶屋遊びに興じていた顔から一転、これぞ城代家老の鑑という一面を見せる。すなわち、平右衛門とおかるの心底を見極め、平右衛門が仇討に加わることを認める。さらに縁の下に潜んでいた斧九太夫をおかるの手を添えて突き刺し、殺す。

これによって、おかるに父・与市兵衛と夫・勘平の仇を討たせたわけだ。思慮深く、情けにも熱い由良之助の一面を仁左衛門が巧みに演じた。