創作マニアの処方箋 春風亭百栄「とんがり夢枕」「最期の寿限無」

上野鈴本演芸場三月上席九日目夜の部に行きました。今席は春風亭百栄師匠が主任を勤め、「創作マニアの処方箋」と題したネタ出し興行だ。①料理の鉄人が出来るまで②休演③絶句④マイクパフォーマンス⑤禁落語外来⑥暗号弁当ファイル⑦アメリカアメリカ⑧落語家の夢⑨とんがり夢枕⑩最期の寿限無。きょうは「とんがり夢枕」だった。
「たらちね」柳亭すわ郎/「牛ほめ」三遊亭萬都/太神楽 翁家勝丸/「真田小僧」三遊亭律歌/「あるあるデイホーム」林家きく麿/漫才 風藤松原/「粗忽の釘」古今亭志ん丸/「鮑のし」春風亭一朝/中入り/奇術 アサダ二世/「締め込み」柳家さん喬/紙切り 林家楽一/「とんがり夢枕」春風亭百栄
百栄師匠の「とんがり夢枕」。青春時代から落語家に憧れていたが、なかなか踏ん切りがつかず、30歳を過ぎてから入門を決断、何度も挫けそうになった百栄師匠を精神的に支えてくれた稲荷町、八代目林家正蔵のちの彦六師匠へのリスペクトをこめた素敵な作品に仕上がっている。
自分は勉強もできないし、スポーツも得意でない、落語を聴いているときだけが一番楽しいと思っている高校生の青木規雄。でも落語家になるなんて、夢のまた夢と思っていた…。寝る前に聴くのは彦六師匠の「伽羅の下駄」。すると、夢の中に彦六師匠が現れ、「ばかやろう!お前はいい噺家になれる。噺家になんなよ」と規雄に言う。
でも、両親を目の前にして「落語家になる」とは言えなかった。予備校に通い、地元の大学進学を目指す。寝る前に聴くのは彦六師匠の「双蝶々」。夢の中の彦六師匠は「ばかやろう!なぜ親にちゃんと言わないんだ。江戸に出なきゃいけねえ。地元にへばりついていては、代議士かカメムシにしかなれねえぞ」と叱る。
規雄は東京へ出て、銀座のラーメン屋でバイトしながら、寄席で古今亭志ん五師匠の与太郎噺を聴いたり、東横落語会に金原亭馬生師匠の名人芸を楽しむ毎日を過ごしている。寝る前に聴くのは彦六師匠の「ぞろぞろ」。夢の中の彦六師匠は「ばかやろう!早く弟子入りしなきゃ駄目だ。フリーターなんぞをして、寄席通いをエンジョイして、お前は落語評論家になるつもりか」とおかんむりだ。
規雄はアメリカのロサンゼルスのリトルトーキョーで寿司屋のバイトをしている。観光のつもりが、ついついアメリカに居ついてしまった。寝る前に聴くのは彦六師匠の「中村仲蔵」。夢の中で彦六師匠が「ばかやろう!どこまで俺を引っ張り出すんだ。お前はいい噺家になれる。早く日本に帰れ」と檄を飛ばす。
規雄は日本に帰り、32歳の誕生日を友人に祝ってもらっている。でも、まだ落語家に入門することができないでフラフラしている。寝る前に聴くのは彦六師匠の「彦六小咄集」。夢の中の彦六師匠は「ばかやろう!お前はいくつになったんだ!俺は十四のときに噺家になった。早く弟子入りしないと、俺が生まれ変わって、輪廻転生、お前の兄弟子になっちゃうぞ」と雷を落とす。
規雄は春風亭栄枝師匠についに入門した。色々な師匠に当たってくれたが、三十過ぎた人間を弟子に取るのは…と断られ、気の毒に思った栄枝師匠が「俺の弟子になってみるか」と言ってくれたのだ。寝る前に聴くのは彦六師匠の「鰍沢」。夢の中の彦六師匠は「ばかやろう!お前は誰の弟子になったんだ!よりによって、俺の弟子だった枝二(栄枝師匠の前名)に入門するとは。あいつは俺が死んだときの形見分けで、他の弟子たちが着物や帯を貰ったのに、コーヒーメーカーを欲しがった男だぞ…まあ、いい。一生懸命に稽古しろ」と言ってくれた。
そして、20年後。規雄は春風亭百栄として寄席の高座で「露出さん」を演じ、「受けた、受けた、気持ちいい」と言っている。そして、寝る前に聴くのは彦六師匠の「紫檀楼古木」。夢の中の彦六師匠が言う。「おい!なんてくだらない噺をしているんだ!」。百栄師匠が「古典を一生懸命やろうとしていたんです…でも、気がついたら…こんなつもりじゃなかった」。彦六師匠は「情けない。閻魔様に申し訳ないから、頭を丸めた」。“とんがり”が丸くなっていたという…。百栄師匠自身の半生を描いた素敵な創作落語である。
上野鈴本演芸場三月上席千秋楽夜の部に行きました。春風亭百栄師匠が主任を勤める「創作マニアの処方箋」と題したネタ出し興行。きょうは「最期の寿限無」だった。
「牛ほめ」桂枝平/「時そば」春風亭だいえい/ジャグリング ストレート松浦/「わんわーん」弁財亭和泉/「姫君羊羹」柳家小せん/漫才 米粒写経/「ロボット長短」林家きく麿/「芝居の喧嘩」春風亭一朝/中入り/奇術 アサダ二世/「替り目」柳家さん喬/紙切り 林家楽一/「最期の寿限無」春風亭百栄
百栄師匠の「最期の寿限無」。先代文楽師匠の最期の高座は落語研究会で「大仏餅」の中の神谷幸右衛門の名前が出てこずに、「勉強し直してまいります」と言って降りたのが伝説になっている。また、圓生師匠が習志野の宴席で「桜鯛」という小咄を演じた後に倒れ、亡くなったこともよく知られている。そういう後世に名を遺す“最期の高座”を勤めたいという願いとは裏腹になってしまう百栄師匠…という図が何とも百栄落語っぽくて素晴らしい。
体調が少し悪いので知り合いの医師に「一応、検査しましょう」と言われたので、検査したのに、その医師は「まだ結果が出ない」と言葉を濁し、「奥さんも検査をしたらどうか」と言う。病院から帰ってきた奥さんは二、三日メソメソと泣いて、その後急に元気になって、「好きなお酒なんだから好きなだけ飲みなよ」と妙に優しく接するようになった。そして、夫の実印のある場所とか、銀行口座の暗証番号を聞く。
可愛がっていた猫がいつも足元に寝ていたのに、急に枕元に寝るようになった。外出すると、黒猫がひっきりなしに自分の前を行ったり来たりする。カラスが頭の上でグルグルと飛び回るようになった。百栄師匠の周りで不吉なことばかり起こるが、「まあ、気のせいだろう」と思っていた。
きょうは鈴本演芸場の主任興行の主任の千秋楽。「寿限無」に入った。金ちゃんが寿限無…に殴られたと言って、泣いてやって来た。対応する母親と父親。寿限無の名前の言い立てのときに、咳き込み、息も絶え絶えになる百栄師匠。ついには高座に倒れ込んでしまう。それでも、「最後まで高座を勤めるのがトリの勤め」とのたうち回る。「なんで、きょうなんだ。あとちょっとで主任の興行が終わるのに…。なんで、最期の高座が寿限無なんだ…もっと他にあったろうに」。
これまでの落語家人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。思い出す前座修行。「皆若いのに、俺だけ年寄りで…思い出したくないよ!」。でも、気を取り直し、「栄枝師匠!あなたの弟子は最期まできっちり勤めます」。そう言うと、客席に向かって「皆さん、僕に力をください!」と呼びかける。観客の手拍子にのって、寿限無の言い立てを言う百栄師匠。
そして、「最期くらいは自分の力で演ります…金坊、瘤なんてどこにもないじゃないか…あんまり名前が長いから瘤が引っ込んじゃった」。やり遂げた。拳を上に突き上げ、雄叫びをあげる百栄師匠。そして、一言。「やっぱり、俺は家で死にたい」。
この百栄師匠の主任興行に4日間通ったが、「主任だからこそ出来る」ネタを並べてくれたのが嬉しかった。落語中毒患者を治療する「禁落語外来」、強引な駄洒落をこれでもか!と並べる「暗号弁当ファイル」、百栄師匠の半生を彦六リスペクトで綴った「とんがり夢枕」、そしてきょうは自分の最期の高座が「寿限無」だったら…という自虐的創作。そういう百栄師匠が大好きだ。