泉岳寺講談会 神田香織「フラガール物語」
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泉岳寺講談会に行きました。
「長短槍試合」神田青之丞/「甲越軍記 和談破れ」神田おりびあ/「大久保彦左衛門と一心太助」神田伊織/「幡随院長兵衛 桜川五郎蔵との出会い」神田阿久鯉/「寺坂吉右衛門」神田桜子/「フラガール物語 女たちの運命の出会い」神田香織
阿久鯉先生の「長兵衛と桜川五郎蔵の出会い」。口入元締の長兵衛が大元締の伊勢屋清兵衛と連れ立って江ノ島に参詣に行く途中、川崎宿の朝日屋音右衛門の店に昼飯を摂るために立ち寄った。音右衛門の倅が雷重五郎で、長兵衛のところに厄介になっている間柄だ。
この朝日屋に若い相撲取り、取的が飯を食べにやって来た。一人前35文だが、途中で銭が足りないことに気づいた取的は正直に音右衛門に告げると、気前の良い音右衛門は馳走してやる。聞けば、駿府の興行に行っていたが、母親の塩梅が悪くなり、親方に許しを得て江戸へ戻る途中だという。貧乏暮らしの母親を助けるために相撲になろうと一年前に入門した。四股名を桜川五郎蔵という。
音右衛門は小遣いに一分を渡し、さらに奥にいる長兵衛親分を紹介する。事情を聞いた長兵衛は5両、清兵衛は1両を渡し、「早く出世して親孝行しろよ」と桜川を励ます。
桜川を見送った後、音右衛門は「しまった!」。この先の鈴ヶ森で夜になると追剥が出ることを忘れていたのだ。そのことを長兵衛に伝えると、長兵衛は鈴ヶ森を目指して駆け出す…。この後、芝居の「鈴ヶ森」のように「お若いの、お待ちなせい」とはならない…と阿久鯉先生は言って読み終わった。この先がとても気になる切れ場だった。
桜子さんの「寺坂吉右衛門」。青山家文学指南番の吉田忠太夫は西光寺という寺の坂に捨て子がみかん箱の中に風車と一緒に置き去られているのに気づき、これを育てる。名前も判らないので、寺坂吉右衛門と名付けた。それから二十六年。忠太夫は亡くなり、息子の忠左衛門に仕えていた寺坂だったが、女中のおよしと不義密通をしていることが知られ、暇を出されてしまう。
吉田の家で身に付けたものは全部脱いでいけと言われ、褌一丁で追い出された。ただし、捨て子のときのみかん箱、風車、産着、おしめは持って行けと言われる。惨めな姿だ。寺坂も「大恩ある人の顔に泥を塗ってしまった」と悔いを残し、去って行く。
魚屋の金五郎に道端で会い、事情を話すと、「二階が空いているから住めばいい」と言ってくれる。そこに、同じく奥方をしくじったおよしが寺坂の居場所を探し出し、訪ねてきた。だが、行く末を案じた若い男女は首吊りを図る。その気配を察した金五郎がすんでのところでこれを救った。拍子に三人は重なるようにみかん箱の上に倒れた。そのとき、何か塊のようなものを見つける。およしの襦袢から25両、寺坂のみかん箱から25両、それぞれ主人から「白髪になるまで添い遂げよ」と書かれた手紙が添えて出てきた。中左衛門も、その奥方も対外的には二人を許さないとしながらも、心の底では許してあげたいという気持ちに溢れていたのだ。情け深い。
この50両を持って、二人は江戸へ出て、八百屋を始め、娘のかよが産まれる。後に吉田忠左衛門、並びに寺坂吉右衛門が播州赤穂の浅野家に仕えることになる…。その経緯については、またの機会にということで読み終わった。これもまた、この続きが聴きたくなる高座だった。
香織先生の「フラガール物語」。福島県の常磐炭鉱は1950年代には朝鮮戦争の特需もあり、全盛を極めた。だが、60年代以降の石炭から石油に取って替わるエネルギー革命によって衰退。そこで、常磐湯本温泉を利用して“常夏のハワイ”を謳ったリゾート施設をこの地に創って復興しようという計画が持ち上がる。転換を図ろうとする炭鉱経営者の熱意と炭鉱で働く地元民たちの苦悩、困惑、そして奮闘を描いた常磐ハワイアンセンター(現在のスパリゾートハワイアンズ)誕生の物語は感動的だ。
ただ、残念だったのは、この講談が2006年に公開されてヒットした映画「フラガール」を基に創作された関係もあるのか、登場人物が紹介されるたびに、配役された俳優の名前を注釈に入れていたことだ。フラダンスを習得しようと懸命になる主人公キミコは蒼井優とか、そのダンスを指導している元SKDの花形ダンサーのマドカは松雪泰子とか、フラダンスに反対するキミコの母親のチヨは富司純子とか、ハワイアンセンター創設に尽力する熱血漢ヨシモトは岸部一徳とか。そこまで頭の中で登場人物の映像が具体化してしまうのは、寧ろマイナスのような気がした。
炭鉱閉山によって2000人が解雇される問題を労使で話し合う集会で、ヨシモトが18億円を投じてリゾート施設を建設し、雇用を創出させると組合員に熱く説得をするところがまず良い。キミコの母チヨは「尻を振って、脚を広げて、裸踊りのような見世物はストリッパー同様だ。ダンサーは東京からプロを呼べばいい」と言うのに対し、ヨシモトは「炭鉱人の炭鉱人による炭鉱人のための町おこしをしたいのだ」と語る台詞になるほどと思う。
ハワイアンダンサー募集の説明会には、キミコ含めたった4人しか集まらなかった。この4人を指導するために東京からやって来たマドカは、目の前に広がる炭鉱住宅(タンジュウ)を見て、田舎を馬鹿にし、とてもここでフラダンスが出来るわけがないと鼻で笑った。これに対し、ヨシモトは福島弁で啖呵を切る。「馬鹿にするんじゃない!このままでは町が駄目になってしまうんだ!彼女たちを一人前のダンサーにしてやってくれ。そして、山を助けてやってくれ」。キミコたちにも「女だって堂々と生きていく時代が来るんだ」と自覚が芽生える。
きょうの講談は「フラガール物語」の序章に過ぎない。この後にキミコたちがマドカの指導の元で、どのように成長していくのか。そして、常磐炭鉱の人たちがハワイアンセンターに対して、どのように意識が変わっていくのか。いつの日か、この続きが聴きたいと思った。