林家つる子・柳家吉緑二人会 林家つる子「絹の糸」

林家つる子・柳家吉緑二人会に行きました。来月に真打昇進する吉緑さんが「柳田格之進」を演じ、その後につる子師匠が格之進の娘・絹を主人公にして描いた「絹の糸」を演じるという趣向の会だ。開口一番は柳亭市遼さんで「狸の鯉」だった。

つる子師匠の「絹の糸」。素晴らしかった。噺は絹が吉原に身を沈めたところから始まる。大見世の半蔵松葉。「町娘とは思えない品の良さがある。上玉だ」と高く評価され、松葉屋のトップである瀬川花魁の振袖新造に抜擢され、「いと」という名前が与えられる。教育係は間もなく道中突き出しが控えている葵姐さんが付いた。「承知致しました」は「わかりんした」等、お里言葉を教わる。しかめっ面をしないで、いつもニコニコしていなさい。武士の娘として育てられた絹の物腰を柔らかくしようというものだ。

瀬川花魁のお座敷に出る。上州から来たお大尽が新入りのいとを見つけ、近くに来いと呼ぶ。「綺麗な肌をしている。絹のようだ」と言いながら、いとの顔に触れると、いとは反射的にお大尽を叩いてしまった。瀬川花魁が「まるで三味線の絹の糸が切れたみたいな音がしたね」と冗談を飛ばし、何とかその場を和ませたが、後で物凄く怒られた。「大事なお客なんだ。もうちょっと身を弁えなさい」。

あるとき、いとは行燈部屋で遊女が折檻を受けている現場を目撃してしまった。好きな男と足抜けしようとするところを見つかってしまったのだ。「助けないと死んでしまう」と訴えるいとに対し、葵は「吉原の掟なんだ。身体で覚えさせるんだよ」。なぜ止めないのか、可哀想だ、好きな男と逃げようとしただけであんんな仕打ちを受けるなんて、ここは地獄だ。

いとがそう言うと、葵は烈火の如く怒る。「なんなんだい、お前は!私たちのことを何だと思っているんだ。地獄に見えても、私たちはここで生きているんだ。外で見物しているような物言いはやめろ。外の世界で地獄を見て、ここへやって来て天国だと思っている女もいっぱいいるんだ。この吉原に喜びを見つけて、誇りを持って生きているんだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」。

すると、いとは「聞いてください」と葵にこの吉原に来た経緯を話す。私の父は武士です。理由があって名は明かせませんが、50両を盗んだというあらぬ嫌疑をかけられ、その潔白を証明するために、私がこの里に預けられました。父は初め、汚名を晴らすために自害しようとしました。だけど、私がそんな形で終わらせたくない、ならば私、絹が死んだと思って吉原に身を沈めればいいと進言し、覚悟をもってこの見世に来たつもりです。失礼があったら、お許しください。

葵は事情を知り、いとと名乗っている絹の言うことを理解した。あんたの父親は金を盗むような人じゃないと思う。あんた、武士だよ。蛙の子は蛙と言うが、武士の子は武士だね。お父っつぁんは盗んでいない。あんたを見て、そう思うよ。

「50両が見つかったら、迎えに来てくれる。その日が来るのを願っている」。いとが思いをぶつけると、葵も「来る!きっと来る!来てほしいね!…あんたが花魁になったら、しぶとそうだもの。絹の糸は強い。引っ張っても、ちぎれない」。絹の芯の強さに心が打たれる。

いとの父、格之進は碁が好きだったと知って、「あんたは碁がわかるの?」と葵が訊くと、いとは嗜むと答える。実は瀬川花魁が碁の名手で、誰でも負かしてしまう腕前だという。そして、あくどい商売をしている近江屋と明日夕刻に対局があるので見に行こうと誘う。

近江屋と瀬川花魁はいい勝負をしていた。だが、やがて瀬川花魁が劣勢に立たされる。「負けを認めろ」と近江屋。「まだ負けたわけではない」と瀬川花魁。盤面を見て、いとは「一つ、抜け道がある」と思い、瀬川花魁に目で合図を送った。「その手があったか!」。立場は逆転し、瀬川花魁が優勢になり、やがて近江屋が「まいりました」と負けを認めた。これをきっかけに、いとに碁の覚えがあること知った瀬川花魁は自分の碁の相手になってくれるよう頼み、仲睦まじくなった。

月日はあっという間に経ち、師走。いよいよ二月には葵の道中突き出しだ。「その後はいと。きっといい花魁になって、二人で松葉屋を背負って立つだろう」と言われるまでになる。いとは父が迎えに来てくれるという期待をしつつ、反対に生涯吉原で暮らすのもいいかもと思うようになっていた。

師走四日。いとを身請けしたいと柳田格之進の家来がやって来た。「お絹様、旦那様から命を受けてきました。お戻りください。50両持参しました」。だが、女将は「振袖新造は少なくとも300両」と値を付けた。「一応、200両は持ってきましたが…後日改めて伺います」。絹が訊く。「父上の嫌疑は晴れたのですか?」「いえ、まだ」「そうであれば、この里を出るわけにはいきません」。

そこに瀬川花魁が現れ、先日近江屋で碁の勝負に勝って貰った100両をいとにやるので使ってくれと進言する。これで300両が揃った。だが、絹は「嫌疑が晴れていない…」と拒んでいると、葵が言う。「絹の糸は強い。きっと大丈夫…嫌疑が晴れたら、私の花魁道中を見に来てよ。行ってきな」。これで、絹も踏ん切りがついた。

絹は父の格之進の許へ戻る。それでも、吉原で何があったかは話さなかった。暫くして、萬屋から50両が見つかり、柳田の嫌疑が晴れる。すると、ようやく絹は父に吉原で見聞きしたことを話し出した。心の雪解けだ。そして、「一緒に行きたいところがある」と言って、見物人でごった返す葵の花魁道中を見に行った。それは気高く、美しい花魁だった。「私ももしかすると、ああやって歩いていたかもしれない」と思った絹は、葵に「おめでとう!」と声を掛けた。

絹は父に「もう一つお願いがある」と言って、瀬川花魁と柳田格之進の碁の対局を実現させる。柳田が「なかなかお強いですな」と言うと、瀬川花魁は「私の碁の師匠はお絹様です」と答えた。柳田は「絹が色々とお世話になりました」と礼を言う。吉原に碁を打つ音がピシリ、ピシリと響いたという。見事な「柳田格之進」スピンオフドラマであった。