真冬の幻想譚 古今亭佑輔「寝子」田辺いちか「踊場の由来」

橘蓮二プロデュース「真冬の幻想譚~NEKOに纏わる三つの世界~」に行きました。

「骨皮」笑福亭ちづ光/「寝子」古今亭佑輔/中入り/「踊場の由来」田辺いちか/「猫定」柳家三三

佑輔さんの「寝子」は自作の新作落語だそう。その創作能力に驚いた。若旦那の孝太郎と遊女の小春、そして若旦那の女房になったお福の三人をめぐる物語に小春が愛玩していた猫が絡むのが面白い。

お店の若旦那、孝太郎は自分が生まれて程なくして母親を亡くなってしまった。大旦那の佐兵衛は気兼ねして後妻を持たずに店を切り盛りしている。孝太郎と小春はともに片親という境遇からか、妙に気が合い、客と遊女という関係を超えた絆で結ばれ、身請けをして夫婦になろうと思っている。

その相談を孝太郎は番頭にすると、実は店が左前になっていると打ち明けられ、そんな余裕はないと言われた。父親は息子に遠慮して言い出せないでいたのだ。さらに経済的援助を地主の弥兵衛にしてもらう条件として、娘のお福を孝太郎の嫁として迎えてほしいという話になっているという。孝太郎はその話を聞いて、吉原通いをピタリとやめた。

半年が経った。父の佐兵衛は孝太郎にお福の縁談を打診してきた。「嫌なら断っても構わない」と遠慮がちな態度に、孝太郎は「それでは店が潰れてしまうのでしょう?」と聞き返す。お父さんは昔から私を褒めることもしなければ、叱ることもしない、私に興味がないのですか?私のせいで母親が死んでしまったことを恨みに思って、嫌っているのですか?

すると、佐兵衛は答える。「嫌いなわけがないだろう。お母さんはお前のせいで死んだわけではない。店を大きくして、お前に何不自由なくすることだけを考えてやってきた。寂しい思いをさせたのだとしたら詫びる。ただ、安心したいのだ」。父の親心を知り、孝太郎は決断する。「わかりました。嫁として貰いましょう」。

婚礼の晩。夜中の二時頃。孝太郎は目を覚ます。横で寝ているお福が泣きながら、「口惜しい」という言葉を何度も繰り返しているのを見てしまう。「もしや、小春かい?」と訊くと、「あなたに会いに来ました。どうして、あなたは来てくれないのですか」。「仕方なかったんだ」「どうして、終わりにしてくれなかったのですか。私、苦しくて、悔しくて、惨めな思いをしました。裏切られ、憎いです。あなただけ、幸せになるなんて許せない」。そう言って、小春は孝太郎の首を絞める。苦しがる孝太郎…それを起こす、お福…夢だったのだ。だが、孝太郎の右手には小春に贈った桜の簪があった。

孝太郎は1年ぶりに吉原に行く。迎えた小春は膝の上に載せた猫を指して、「この子も寂しがっていましたよ」。孝太郎は言わなきゃいけないことがあると言って、お福と夫婦になったことを打ち明ける。「すまなかった」「私、知っていたのよ」。実は小春が孝太郎に宛てて手紙を出したら、番頭さんの名前で事情を書いた返信があったそうだ。「落ち着いたら、迎えに来る。待っていておくれ」「信じていいのね」。以来、孝太郎は吉原に通う。

父親の佐兵衛が亡くなって、孝太郎は店を継いだ。女房のお福は妊娠した。ある日、孝太郎が帰ると、お福が猫を可愛がっている。黒毛で目の大きな猫。小春の猫に似ている。拾ってきたというので、棄ててきなさいと言うと「可哀想」と返すお福。「あなたは家に帰ってこない。これくらいの自由を許してくれてもいいじゃないですか!」。障子に爪を立てる猫を無理やり表に投げ出す。お福は「乱暴はやめてください。私の味方なのです」。隣町に棄てても、またお福が拾って、「名前を付けました。ハルという名前…」。孝太郎は気味悪がって、麻袋に入れて川へ投げ棄てた。

そのうち、お福の様子がおかしくなった。寝間から妙な音が聞こえるので行ってみると、お福が四つん這いになって障子に爪を立て、血が滲んでいる。「ハルはどこにいるの?」。祟りだと思った。

孝太郎が吉原に行く。すると、小春は亡くなった、もう二年になると言われる。孝太郎が「いや、ここに私は来ていた。小春は元気にしていた」と言うと、「若旦那はもう二年以上来ていないはず」と言われてしまう。しかも、小春は簪で首を突いて死んだという。そして、その簪が見当たらないのだと。

孝太郎が帰宅すると、女房のお福が事切れていた。番頭によると、産気づいて、赤子を産み落として亡くなったという。その赤子を見ると、真っ黒な毛並み、大きな目…これは祟りではないか。番頭が小春が遺した遺書を見せる。お前と一緒になるためなら、どんなことになっても構わない。これからはずっと一緒…だって、私は猫ですもの。古今亭佑輔という新たな才能を知った喜びの夜だった。

いちかさんの「踊場の由来」は宝井琴星先生の創作講談に、いちかさんがアレンジを加えたものだ。舞台は相模の戸塚宿の旅籠、伊勢屋。ここで働く十歳の玉之助が主人公だ。

玉之助が主人の言いつけた用事を忘れ、飯を抜きにされたとき、表にいた真っ白で長い尻尾の猫が玉之助の手ぬぐいをくわえて行ったので、それを追いかけていたら、宿外れの林の中に迷い込んだ。見ると、沢山の猫たちが手ぬぐいを首に巻き、月の下で立ち上がって踊っている。それを見て、玉之助は元気が出た。以来、玉之助は叱られる度に林に行って、猫が踊る姿を見るようになった。

ある日、綺麗な顔立ちをした侍が伊勢屋に訪れた。後から宿役人の源次がやって来て「上杉の殿様からお触れが出ている。赤穂の浪人が来たら知らせろ」と言ってきた。侍は玉之助を「妹に似ている」と言って気に入り、会話を楽しんでいた。そこでポロッと「赤穂にいたとき」と口を滑らせてしまうが、「これは内緒だぞ」と玉之助と約束をする。すると、玉之助も「おいらにもとっておきの秘密がある」と言って、戸塚の猫は踊るんだ、手ぬぐいを首に巻いて踊る踊場があるんだと侍に教える。「わしもその踊場を見てみたいな」と侍は笑った。

宿役人の源次が「大井川の川越え人足と諍いを起こした侍がいて、いちゃもんをつけたら、あっさり詫び証文を書いて、5両渡して去った。騒ぎになったら身分を明かさなくちゃいけないと思ったからではないか」と言って、伊勢屋にやって来る。だが、玉之助はあのお侍さんは食事中だから、取り調べは待ってあげてくださいと頼むが、源次は強硬だ。すると、沢山の猫たちが現れ、源次を引っ搔くなどして、行く手を阻んでくれた。そして、何事もなく、赤穂の侍は翌朝に戸塚宿を後にすることができた。

その一年後。毛利様の家臣の鈴木主水という侍が伊勢屋を訪ね、「玉之助はおるか?」と訊いてきた。去年12月14日に吉良邸討ち入りして、仇討本懐を遂げた赤穂浪士の中で、吉田沢右衛門兼貞がこの宿に泊まったと聞いてやって来たのだった。吉田沢右衛門は「戸塚の宿の玉之助という奉公人に救ってもらった。手ぬぐいを首に巻いて踊る猫が観たかった」と言い遺したという。玉之助はあの侍がその後切腹して、今は泉岳寺に眠っていると知って悲しむ。

今も辛いことがあると、月の下で輪になって猫が踊る様子を見て慰めてもらっていた玉之助。あのお侍さんが自分を一人前の男として扱ってくれたことを誇りに思った。そして、もう猫に慰めてもらうのはこれきりにしようと誓う。10年後、玉之助は伊勢屋の跡取りに出世したという…。ユーモラスな設定だけれど、赤穂義士の要素も入って、骨太な読み物として楽しむことができた。いちかさんの演出力の賜物だろう。