浪曲定席木馬亭 玉川太福「寅さん誕生」東家志乃ぶ「信田白狐傳」天中軒すみれ「中山安兵衛婿入り」
木馬亭の日本浪曲協会十二月定席四日目に行きました。
「阿漕ヶ浦」玉川き太・玉川鈴/「名人の花入れ」東家三可子・旭ちぐさ/「発明王 豊田佐吉」天中軒月子・玉川鈴/「会津士魂 白虎隊」澤雪絵・沢村まみ/中入り/「宮崎滔天伝より うしえもん」港家小ゆき・沢村美舟/「本能寺」田辺鶴英/「寅さん誕生」玉川太福・玉川鈴/「英国密航」玉川奈々福・沢村豊子
太福先生の「寅さん誕生」が良かった。今年は「男はつらいよ」55周年ということで、その誕生秘話が興味深い。山田洋次監督と渥美清の出会いは昭和39年の「馬鹿まるだし」、3分ほどの特別出演でアドリブ満載、監督いわく「扱いにくい」という第一印象だったそうだが、渥美清は「今度は“長いので”ご一緒したいですね」。続いて、ブルーリボン賞受賞の「運が良けりゃ」にも特別出演した。
「男はつらいよ」は昭和43年にテレビドラマでスタートする。フジテレビが「大型人情喜劇を」という希望で山田監督が脚本を書いたものだ。渥美清が憧れていたテキ屋など少年時代の思い出を赤坂の旅館で語ったものがベースになったそうだ。山田監督いわく「人間渥美清から絞り出せば良いものが出来る」と思ったそうだ。出来上がった脚本を読んだ渥美清は「鳥肌が立つほど」興奮したという。最初のタイトルは「愚兄賢妹」だったそうだ。
低視聴率だったが、徐々に数字が上昇し、1クール13回の予定だったが、是非続けてほしいというフジテレビの要望で2クール26回の放送となった。さらに3クール目もと言われたが、山田監督はこれを断る。最終回は寅さんが奄美大島でハブに噛まれて死ぬという終わり方だったが、視聴者から苦情の電話が殺到したそうだ。「これほどまでに観ている人の心の中に寅さんが息づくとは!」。山田監督は「あの終わり方は間違いだった」と猛省したという。
そして、スクリーンに寅さんを蘇らせようと山田監督は考え、「男はつらいよ」の映画版を提案するも、松竹は最初のうちは反対したそうだ。だが、山田監督は一歩も退かなかった。「駄目だったら、責任をとって辞める」という覚悟で第一作を製作。試写室では「笑いがおこらなかった」ので不安だったが、公開すると「大入り満員だ」という連絡を受け、新宿の映画館に駆けつけると、お客さんが声を揃えて大笑いしている姿に安堵したという。
好評に応え、第二作を製作。だが、第三作、第四作は山田監督は脚本のみを担当し、監督は他の人に任せたが、どこかに違和感を持ったそうだ。そこで、第五作から監督として復帰すると、大ヒットとなる。まさに渥美清と山田洋次のコラボレーションでなくては「男はつらいよ」はあり得なかったわけだ。おいちゃんを演じていた森川信さんが亡くなり、第八作で終わろうかというムードもあったが…。
渥美清が東京駅で酔っ払いに「寅さんをいつも見ているよ。ところで、渥美清は元気かい?よろしく言ってくれよ」と声を掛けられたという話を聞き、山田監督は「皆に愛されている寅さんを疎かにはできない」と心を動かされたという。
25年間で47作。全50作の総観客数は8000万人に達したそうだ。国民的人気を誇った映画「男はつらいよ」の魅力の一端に触れる素敵な高座だった。
木馬亭の日本浪曲協会十二月定席五日目に行きました。
「たにしの田三郎」東家一陽・馬越ノリ子/「信田白狐傳」東家志乃ぶ・東家美/「中山安兵衛婿入り」天中軒すみれ・伊丹明/「記念の煙草」浜乃一舟・東家美/中入り/「大岡政談 縞の財布」東家孝太郎・伊丹明/「正直俥夫」田辺鶴遊/「坂田三吉」鳳舞衣子・伊丹秀敏/「シートン動物記より オオカミ王ロボ」東家一太郎・東家美
志乃ぶさんとすみれさん、二人の女流の若手の成長ぶりを嬉しく思う。
志乃ぶさんの「信田白狐傳」は「葛の葉」の続きのストーリー。安倍保名は何者かに闇討ちされて命を落とした。父の仇を討ちたいと願う息子の童子丸、後の安倍晴明は蘆屋道満がその敵と知らずに弟子となる。道満は「してやったり」と高笑いしているのが何とも憎い。
そして、帝は晴明と道満の二人に雨乞いの祈祷合戦をさせ、勝った方が宮中の陰陽師に任命するということにした。合戦の前日、晴明の前に白狐が現れる。「童子丸!母じゃ。立派になったのう」。この白狐こそ、晴明の母親、葛の葉だ。「秘伝の巻物「金烏玉兎集」を所持している者こそ、父・保名の敵であり、明日の合戦に勝てば、その敵が知れましょう」。
そして、雨乞い合戦に勝利するために、「私の皮で鼓を作り、天に向かって打ち鳴らせば、雨が降るでしょう」と教える。躊躇う晴明に対し、父の無念を晴らしたくないのか、母の心を無にするのかと強く訴える。果たして、晴明は白狐の皮で出来た“初音の鼓”によって、雷鳴を呼び、雨を降らせ、道満に勝利することができた。
道満は信田の森で狐狩りをおこない、懐妊を望む御台所様に狐の生き血を献上して名誉を回復しようとする。晴明は道満が巻物「金烏玉兎集」を所持していることを見つけ、わが師匠と思っていた道満が実は父・保名の敵であったことを知る。初音の鼓を鳴らすと道満は大蛇に姿を変えた。晴明は「道満、覚悟!」とこれを討ち取り、見事に父の仇討に成功するのだった…。志乃ぶさんの綺麗な声と力強い節回し、聴き惚れた。
すみれさんの「安兵衛婿入り」。中山の家名を捨てて堀部家に婿入りするなど出来ないが、「私たちを生かすも殺すも、あなたの胸ひとつ」と堀部弥兵衛金丸の妻と娘に迫られ、「やがて大酒飲みに呆れて愛想尽かしされるだろう」と婿入りを承知した安兵衛だったが…。
「婿殿からお情けの言葉はあったか?」「お情けどころか、背中の番して風邪ひいた」。七合入りの大杯を二杯飲み干して、横になって高いびきの安兵衛に業を煮やす母だったが、父の金丸は「良い婿じゃ」の一点張りを繰り返して、そのうちに安兵衛が婿らしくなるだろうと期待している。安兵衛の算段では「早くて十日、遅くとも一月で離縁を切り出されるだろう」ということだったが、一向に風向きは変わらない。「飲み足りないのか」とさらに酒量を増やす安兵衛と「良い婿じゃ」と信じて疑わない金丸の我慢比べが続いたが…。
ついに金丸の堪忍袋の緒が切れた。槍を持って、寝ている安兵衛を突こうとすると、安兵衛は槍先を掴んでニッコリ笑う。「もう少し飲ませてから殺してくだされ」と肘を枕に高いびき。金丸は両手をついて頭を下げて涙を流して頼む。「お気に召すまいが、娘に優しい言葉の一言も掛けてくだされ」。
これが人情深い安兵衛の心に刺さったのだろう。「すまなかった。それほどまでに私のことを思ってくださるとは…」。ついには中山の姓を捨て、堀部家に婿入りする決心をするのだった。すみれさんの清らかな節回しと巧みな演じ分けが素晴らしい高座だった。