いろいろある女たち 柳亭こみち「うどん屋と芸者」「銀杏屋」「寝床~おかみさん編」

上野鈴本演芸場十二月上席二日目夜の部に行きました。今席は柳亭こみち師匠が主任を勤め、「いろいろある女たち」と題したネタ出し興行だ。①厩火事~お松とお崎~②うどん屋と芸者③銀杏屋(いちょうや)④寝床~おかみさん編~⑤短命三人姉妹⑥音曲噺 星野屋⑦姫様と海⑧掛取万歳⑨芝浜⑩らくだの女。きょうは「うどん屋と芸者」だった。

「転失気」柳家しろ八/「初天神」柳家小もん/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「強情灸」柳家さん花/「粗忽の釘」柳亭燕路/民謡 立花家あまね/「猫の皿」むかし家今松/「だくだく」桃月庵白酒/中入り/奇術 伊藤夢葉/「紙入れ」古今亭文菊/漫才 米粒写経/「うどん屋と芸者」柳亭こみち

こみち師匠の「うどん屋と芸者」は「うどん屋」の改作だ。鍋焼きうどんを売っているうどん屋は「江戸っ子は男も女も蕎麦が好きで、うどん屋はもてない。綺麗な芸者さんがお客さんに来ないかなあ」と思っているという設定だ。

お勤め帰りの芸者のしのちゃんときぬちゃんがお喋りをしながら歩いていて、うどん屋が声を掛ける。ちょっと温まりませんか?と言われ、火に当たる二人はずっとお喋りを続けていて、うどんを勧める隙がないのが可笑しい。お喋りはお座敷の客の噂で、「ご返杯の山田」とか「自慢の上田」とか「愚痴の吉田」とか渾名をつけて盛り上がっているのが可笑しい。

さらに同僚の話になって、てるちゃんは踊りを三つのときから習っているから上手いし、唄も上手いから売れっ子だよねとか、ちずちゃんは顔も芸もイマイチなのになぜか応援したくなっちゃうよねとか。でも、しのちゃんの鶴亀は日本一だよと褒めると、私はきぬちゃんのズンドコも好きだよ!と返し、うどんを主語にしたズンドコを唄うところも愉しい。で、うどん屋が「うどん、召し上がってください…」と言うと、「太っちゃうから!」と断わり、「蕎麦食べに行こう!」と二人して帰っちゃうという…。

すると、色気のない婦人が「お腹ペコペコ。早くして!熱くして!」とやって来て、うどんを注文して夢中でがっつく。興ざめするほどの品のない食べ方が可笑しい。ようやく、待望の「綺麗で艶っぽい女性」が現れて、うどん屋は「この女性と出会うためにうどん屋になったのかもしれない。とびきり美味くこしらえよう!」と張り切ってうどんを出す。そして、その女性は実に上品にうどんを食べる。前の腹ペコ婦人とは対照的に実に巧みに描いている。

「明日もここに出ていますか?」と問われ、うどん屋は張り切って「はい!」と答えると、「また明日、うちの亭主と来ます」。ションボリするうどん屋が目に浮かんで面白かった。

上野鈴本演芸場十二月上席三日目夜の部に行きました。今席は柳亭こみち師匠が主任の「いろいろある女たち」と題したネタ出し興行。きょうは「銀杏屋」だった。

「牛ほめ」柳家ひろ馬/「浮世根問」柳家小もん/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「時そば」柳家さん花/「ぼやき居酒屋」柳家はん治/民謡 立花家あまね/「はなむけ」むかし家今松/「堀の内」隅田川馬石/中入り/奇術 如月琉/「長短」古今亭文菊/漫才 ニックス/「銀杏屋」柳亭こみち

こみち師匠の「銀杏屋」はご自身の創作だ。神田で江戸から続く老舗の菓子屋、銀杏屋。この店を切り盛りしているのは、二代目女将の雅子だ。髪を銀杏返しという髷に結い、銀杏の簪をして店頭に立って菓子を売っている看板だ。だが、最近は西洋から入ってきた洋菓子の人気に押され、店の売り上げが落ち込み、神経がピリピリして、奉公人への小言も多くなっている。

職人の徳が若女将の千恵子に「もっと前に出た方が良い」と助言する。千恵子はここの一人息子の孝太郎の嫁だ。和菓子にしかない良さを売り出せたら…と思案をして、菓子に遊び心を入れたらいいのではないか、ついては看板商品のうぐいす餅の中に“占い”を入れてみるというのはどうだろうか、と徳に相談した。

そして行き着いたのは、中に栗(黄色)、うずら豆(白)、インゲン豆(緑)、梅(赤)を入れて、それぞれが仕事運、健康運、人間関係、恋愛運がアップするとしたら良いのではないかということ。いずれにしても全てに運気が上がる「占いうぐいす」として売り出そうということになった。

しかし、代々銀杏屋は「男が味を守り、女が店で売る」という考え方だったので、このアイデアは千恵子から出たものではなく、徳から出たということで、女将さんには徳さんから話してもらうことにしてもらった。最初、女将は「占いなんて子供だましだ。もっとお菓子の持つ力を信じた方が良い」と反対したが、実際に試作品を食べてみると、「わくわくする。面白い」と高く評価し、このアイデアは採用された。そして思惑通り、「占いうぐいす」は爆発的に売れ、社会現象にまでなるヒット商品となった。

銀杏屋の売り上げが盛り返すと、徳は女将に打ち明ける。このアイデアは若女将である千恵子の発案であり、「出過ぎた真似」をしたくないという要望で隠していたと。女将は大層喜んで、千恵子に感謝した。「あなたのお陰で銀杏屋は安泰になった」。そして、働き詰めの千恵子を労わり、「たまには遊びに行きなさい。気晴らしをしなさい」と言う。

千恵子は女将の言葉に甘えて、幼なじみで大黒屋の女将になったおきょうと一緒に芝居見物に出かけた。そして、「あなたはどの役者が気に入った?」と訊かれ、「今晩は役者と遊べるところへ行きましょう」と誘う。千恵子は六團次という役者と一緒に酒を飲み、帰るときに雨が降っていたので、相合傘で二人でいたら、それを偶々女将の雅子が目撃した。

千恵子は「悪いところを見られてしまった」と寝込む。雅子がやって来て、「申し訳ございません」と謝ると、「一昨日のあの姿、あの遊び、あっぱれ!」と言われて驚く。雅子は「私があなたくらいの歳のときはもっと遊んでいたわよ。羽目を外しなさい」。芝居見物に行ったとき、千恵子は銀杏返しの髷をやめて、一人の女性として遊んでいた。それが何より嬉しかったのだと女将の雅子は言う。「私が外で遊んでいたことは店の誰も知らない。これであなたとは同志になれた。ホッとしている。私はあなたの味方よ。私の若い頃を見ているようよ」。

女将は新しい時代の店の経営を若女将である千恵子に任せられると確信したのだろう。今までの菓子屋はただ笑って売っていれば良かった。今は戦国時代。わくわくするようなお菓子を売らないと駄目だ。あなたはお菓子を愛してくれている。安心して看板女将の座を譲れる。そう、雅子は言い切った。

「百年目」の旦那と番頭の信頼関係にも通じる、経営者として求められる才覚と意識というと大袈裟だろうか。こみち師匠、素敵な新作落語をありがとうございました。

上野鈴本演芸場十二月上席四日目夜の部に行きました。今席は柳亭こみち師匠が主任の「いろいろある女たち」と題したネタ出し興行。きょうは「寝床~おかみさん編」だった。

「からぬけ」林家うどん/「加賀の千代」柳家小はぜ/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「のめる」古今亭文菊/「妻の旅行」柳家はん治/民謡 立花家あまね/「親子酒」むかし家今松/「粗忽長屋」桃月庵白酒/中入り/奇術 如月琉/「初天神」柳家さん花/ものまね 江戸家猫八/「寝床~おかみさん編」柳亭こみち

こみち師匠の「寝床~おかみさん編」。三河屋の女将さん、節子は義太夫を語るのを唯一の楽しみに日々の大変な業務をこなしている。奉公人に気を配り、お客様に気を配り、出入り業者に気を配り、旦那をはじめとする家族に気を配り、それはそれは素晴らしい内助の功であることは皆が認めるところだ。旦那の言葉、「ありがとうございます。感謝しています。あとは義太夫さえ語らなければ…」が皆を代表する思いである。

女将さんは言う。「わかりました。それでは三河屋の女将である意味はありません。里に帰らせていただきます!」。自分は義太夫を心の支えに毎日の女将さん業をこなしている、それを皆はなぜわかってくれないのか。「節回しの節の子と書いて節子」、女将さんのアイデンティティーなのだ。

旦那が「あれだけ気配り、目配りのできる女なのに、なぜ自分の義太夫のまずさに気づかないのだろう」と言うが、そこはわかってあげないといけない。「私に任せてください」と、立ち上がったのは女中頭の清だ。清は女将さんに言う。「私はこの店に奉公させていただき、本当に幸せです。女将さんはいつも私たち女中の気持ちに寄り添い、健康を気遣い、着物や簪を贈ってくれ、実家の親の病気まで心配してくれる。それがどれほどありがたいことか。どうか、傍にいて奉公できる幸せを奪わないでください」と、里に帰るという女将さんを説得する。

清に続く形でお竹が、お民が、おもとが…「私は聴きたい!女将さんの義太夫を」と言うと、女将さんはコロリと機嫌が直り、「義太夫の会、やりますよ!」。「私たちは女将さんの義太夫を聴くのが定め、辛く苦しい思いをしても、聴かねばならないのです!」と言って、四色の襷掛けをして、町内を廻り、色仕掛けと泣き脅しで義太夫の会出席の答えを引きだしていくのが面白い。

もちろん、女将さんの義太夫は酷い。これを聴いたら、どんな病気の抗体もできる、産み月の妊婦は産気づく、斎藤のおばあちゃんは臨死体験をして天国のおじいちゃんに会える…。それでも、女将さんの生きがいのために義太夫を聴いてあげようじゃないか!という女中たちの心意気が愉しい高座だった。