柳家権太楼独演会「お見立て」、そして琴凌・伯知真打昇進感謝祭 松林伯知「松林伯知伝 歌吉心中」
鈴本三十日会「柳家権太楼独演会」に行きました。
「牛ほめ」柳家ひろ馬/「壺算」柳家福多楼/「お見立て」「ぜんざい公社」柳家権太楼/中入り/「妾馬」柳家甚語楼/「へっつい幽霊」柳家権太楼
「お見立て」。権太楼師匠自身が楽しんで演じているのがよく伝わってくる高座。喜瀬川花魁に徹底的に嫌われている杢兵衛大尽の人物造型が師匠ならではで、信州から出てきて、泥の付いた葱を土産に持って来るという…。喜瀬川が焦がれ死にしたことにして諦めさせる作戦だが、喜瀬川はこの世の別れに「信州の杢兵衛大尽に会いたい…」と言って死んだというべきところ、「信州の野沢菜が食べたい…」と何度も言ってしまう喜助が兎に角、愉快だ。
墓参りしたいという杢兵衛大尽に対し、つい「寺は谷中」と言ってしまった喜助に喜瀬川が「肥後の熊本とか、カムチャツカとか、ウズベキスタンとか言えば良かったのに…どこにあるか知らないけど」という台詞も可笑しい。これが喜瀬川の墓だと喜助に案内されて、その墓の前で泣き叫ぶ声様子が「空襲警報のサイレンみたい」というのも笑える。しかも喜助が大量の花と線香を立てた墓が「陸軍歩兵上等兵 小林盛夫」。先代小さんの本名というのも奮っている。
「へっつい幽霊」。幽霊が出るという噂が広まってしまって弱った道具屋はそのへっついを1円をつけて誰かに貰ってもらおうと夫婦で話している。それを聞いた渡世人の熊さんが若旦那の銀ちゃんと二人で引き取って、50銭ずつ折半するつもりだったが…。運搬途中によろけて、へっついを角にぶつけてしまったときに300円が飛び出してきて思わぬ大儲けしたと喜ぶ二人。だが、熊さんは博奕、銀ちゃんは吉原で一晩ですっからかんになってしまう。
この300円に気が残っていて、へっついの持ち主だった左官の長次は毎晩幽霊として「金を出せ~」と出ていたという長次の言い分になるほどと思う。熊さんは銀ちゃんの実家に行って300円を都合してもらい、「さあ!出て来い!」とへっついの前で胡坐をかいている様子が目に見えるよう。真夜中になって、幽霊の長次が「お待ちどうさま~」と出てきて、「親方だけですよ。ちゃんとあっしの話を聞いてくれるのは」と熊さんの度胸に感心するところ、笑える。300円全額返して貰うつもりだった長次だが、熊さんが「誠意を見せろ!折半だ。嫌なら出るところに出ようじゃねえか!」と凄むのも可笑しい。そして、150両を賭けて、幽霊の長次と熊さんが賽子博奕をする場面が、いかにも落語で面白かった。
宝井琴凌・松林伯知真打昇進襲名披露感謝祭に行きました。
「塚原卜伝生い立ち」宝井小琴/「石川一夢」一龍斎貞寿/「松林伯知伝~歌吉心中」松林伯知/中入り/口上/「あのころの夢」神田茜/「赤垣源蔵 徳利の別れ」宝井琴凌
伯知先生の「歌吉心中」。当代伯知は三代目だが、初代伯知がどんな人だったのかが判って興味深い読み物になっている。京橋の質屋の息子として生まれた正一郎は父親が剣術に長けていて、自分も北辰一刀流の道場に通ったが性に合わず、芝居好きだったために團十郎に入門を志願する。だが、親の承諾以外に5人の保証人が必要と門前払いを食い断念、噺家になろうと知り合いに相談すると、講釈師が良いのではないかと勧められ、二代目松林伯圓に入門。伯痴の名前を貰い、御伽話の浦島太郎を自分の工夫で講釈に仕立てると、師匠はその才能を認め、「伯知」と改める。そして、新聞からネタを拾って読み物にする“キワモノ読み”に力を入れて活動した。
吉田屋の主人、安兵衛が人気芸者の歌吉と道ならぬ恋に堕ちて心中するという事件があり、これを講釈にする。この読み物は当たったが、安兵衛の女房のおたかからクレームが入った。「私を悪役に描いて、心中を綺麗に描きすぎている」という主張で、これを改めないと口演は認めないという。伯知はおたかの言い分や真実を詳しく取材し、台本を書き直して口演するが、おたかは「まだ不満がある」と言って、何度も何度も書き直しを繰り返した。そして、最後には「これで良い」とお墨付きをもらう。
だが、それでも口演には条件があるとおたかは伯知に言う。その条件とは「私と夫婦になってくれ」というものだった…。伯知が真摯におたかの希望を耳を傾け、講釈を作り直していくという作業を通じて、おたかは伯知の人間性に惚れたのだった。とても素敵な「松林伯知伝」だった。
琴凌先生の「徳利の別れ」。兄・塩山伊左衛門と弟・赤垣源蔵の堅い絆に思いを馳せる。兄不在と知らされ、兄の雪で濡れた羽織を乾かすのを前に兄弟で酒を酌み交わす真似事をする源蔵を女中のおたけは笑うが、源蔵は目前に討ち入りを控えて別れを惜しむ気持ちで胸がいっぱいだったことが伝わってくる。
兄の伊左衛門も弟のことを「酒に酔うても武士の心を忘れずに心まで酔わない」とその人間性を高く評価しているのが良い。そして、討ち入りが昨夜あったことを知り、すぐにでも自分が吉良邸前に駆け付け、弟がいるかどうかを確かめたい。だが、万が一その忠義の中に源蔵の姿がなかったときのことを考え、老僕市爺に代りに行かせ、「もし源蔵がおったら、大きな声でおった!と叫んでくれ。いなかったときには、わしの耳元でそっと囁いてくれ」。兄の弟を思う気持ちが手に取るようにわかる。
果たして、源蔵は忠義の中にいた。「日頃の兄上の教訓をよく守り、昨夜吉良邸でよく働きました」と言って、市爺に呼子の笛と義姉のための癪の妙薬、5両の金子を渡す。言伝は「昨日、お目に掛かれなかったのが残念だった」の一言のみというのも、血を分けた兄弟はその言葉だけで気持ちが伝わるということであろう。
市爺が塩山家に戻り、源蔵がいたことを伝えると、兄・伊左衛門は「おったか!会いたかった。会って別れを告げたかった」。呼子の笛を鳴らし、「源蔵の声音に聞こえる」と言うのも、弟を思う兄の気持ちを表わしていて素敵だ。