落語一之輔春秋三夜 第三夜「文七元結」

「落語一之輔春秋三夜 2024秋」第三夜を配信で観ました。「子ほめ」「万両婿」(ネタおろし)「文七元結」の三席。開口一番は春風亭㐂いちさんで「河豚鍋」だった。

「文七元結」、渾身の高座だった。佐野槌の女将が長兵衛に対して昨日にお久が訪ねてきたときのことを語り、博奕に狂ってしまったことを叱るところ。グッとくる。

この娘が私を買ってくださいと言うんだ。お父っつぁんが仕事もしないで、博奕ばかりして、借金が山のようになっている。おっかさんは血が繋がっていないだけにかえって悲しんでいる姿を見ているのがつらい。女将さんから私を買った金を渡して意見してやってください。この廓には皆、嫌々来るんだ。それが自分から頭を下げてお願いして買ってもらおうなんていうのは初めてだ。しっかりしておくれ。

長兵衛も世話になった亡くなった旦那の着物の端切れで作った財布に50両を入れる。この柄に見覚えがあるかい?旦那はね、長兵衛はずぼらでだらしないが、腕だけは確かだと言っていた。うちの人もきっと見ていると思う。良い壁を塗って、うちの人を喜ばせてあげておくれ。でもね、来年の大晦日を一日でも過ぎたら、私は鬼になるよ。この娘を店に出す。それまでは女一通りのことを仕込んであげるから安心しなさい。厳しくも優しい女将である。

お久の手から長兵衛に50両が渡される。「必ず迎えに来るから、辛抱しておくれ」と長兵衛が言うと、お久は「おっかさんに優しくしてね。私もお父っつぁんの塗った壁が大好きだよ」。長兵衛は「おお、塗って、塗って、塗りまくるぞ」。娘のお陰で目が覚めた長兵衛がよく伝わってくる。

そして、吾妻橋。お掛けの50両を掏られたことを苦に思い、身投げしようとする文七を見つけ、長兵衛が止めて、事情を訊く。身寄り頼りのない文七は金を借りる親類縁者がいないと言う。主人に頭を下げてコツコツ返せばいいじゃないかと長兵衛が言うと、身寄り頼りのない自分を拾ってくれて育ててくれた主人に我儘を言うのは申し訳ないのだと聞く耳を持たない。「たった50両で死ぬというのは勿体ない」と命の大切さを訴える長兵衛だが、「死なせてください」と頑固な文七に対し、長兵衛がする決断に胸が熱くなった。

本当に死ぬのか?…お天道様が見ているのかな。何で今、俺は50両を持っているんだ。ろくなことをしなかったからな。所詮、身に付かない金なのか…。いいよ!これに50両入っている。やるよ。偶々、持っているんだ。お前も話をしてくれたから、俺も話をする。そう言って、博奕で身を持ち崩した自分を救おうと娘が吉原に身を売ってくれて拵えた詳細を語る。

「貰いづらいかもしれないけど、いいよ」と財布を渡そうとする長兵衛に対し、文七は「見ず知らずの人から、そんな大金は頂けない。かかわりあいのないあなたに何でそんな大金を頂かなきゃいけないのですか」と言ったときに返す長兵衛の台詞に痺れた。

俺だって、やりたくないよ!かかわりあいがないわけじゃないだろう。今、こうやって目が合って喋っているじゃないか。死ぬのを止めているのは、かかわりあいって言わないんですか?見ず知らずじゃないでしょう。こうやって遭って口を利いているじゃないか。死のうと言う奴にかかわりあいがないなんて俺は言えないや。死んでほしくないから、50両をやると言うんだ。持って行けって、そう言っているんだ!俺だって、やりたくないよ。でも、やらなきゃいけないの!持って行け!死んだら駄目だからな!死んだら、ぶっ殺すぞ!バーカ!

こう言って、50両を投げつけるように文七に渡して、逃げるように去って行く長兵衛の漢気は圧巻だった。

文七が店に帰って、50両は置き忘れたと知らされ、主人の近江屋卯兵衛から身投げしようとしたことを怒られた翌日。卯兵衛は文七を伴って長兵衛の家を訪ねる途中、吾妻橋を通る。そのときに卯兵衛が言う台詞も良い。

お前が死んだら皆が悲しむ。身寄り頼りがない?じゃあ、私は何だ?身寄り頼りじゃないのか?私はお前を実の子のように思っている。その実の子どもが知らないところで身投げをして死んだら、どう思う?親はどう思うんだ?二度とそんな了見をおこすんじゃない。

この「文七元結」という噺は単純に江戸っ子の気前良さを描いているだけではない。長兵衛とお久は勿論、卯兵衛も手代の文七を実の息子だと思っている。そして、長兵衛は文七の“命の親”だ。そうした親子の絆、情愛の大切さを教えてくれているのだと改めて思った。