講談協会定席 一龍斎貞友「豊竹呂昇」宝井琴鶴「葛の葉狐」田辺一邑「姥捨正宗」神田菫花「瞼の母」
上野広小路亭の講談協会定席初日に行きました。
「般若の面」田辺凌天/「鼓ヶ滝」一龍斎貞寿/「豊竹呂昇」一龍斎貞友/中入り/「坂本龍馬 薩長連合」田ノ中星之助/「葛の葉狐」宝井琴鶴
貞友先生の「豊竹呂昇」、良かった。同じ芸人の覚悟として共感できるものがあるのだろう。名古屋大須の七福亭に出ていた女流義太夫の竹本小土佐の弟子の仲路、巾着切りを楽屋の葛籠の中に匿ってあげた縁が芸人として成功するきっかけとなるのだから人生というのは面白い。
仲路と恋仲だった大津屋の若旦那の件で番頭がやって来て、千両の手切れ金を仲路に渡し、「これで若旦那と綺麗に別れてくれ」と頼む。二人の間には国松という息子もいる。だが、「若旦那承知の上」だという。仲路は納得がいかずに大津屋へ直談判しに行くが、けんもほろろ。「芸人風情が!おととい、来やがれ!」と若い衆に追い出される始末だ。情けなくて仕方がなかったろう。
世を儚み、熱田の海岸に行って身投げしようとするところを止めたのが、七福亭で匿ってあげた巾着切りだった。電信小僧の万吉。あなたが死んで、お母さんや息子さんは路頭に迷う、死んで花実が咲くものか、朝の来ない夜はないと説得する。客として見ていたが、あなたはきっと大成する義太夫語りだと励ます。
仲路は目を覚まし、「本物の太夫になる」と決意し、大坂へ。豊竹呂太夫の弟子となり、3年間死んだ気になって修業に励み、真打となって、名を豊竹呂昇と改めた。芸を益々磨き、人気太夫となり、名古屋から母親と息子の国松を呼び寄せた。こうやって一人前の太夫として成功したのも万吉のお陰だろう。
年末、住吉神社の瓢亭で宴会を開いた。このとき、呂昇の前に現れた黒紋付の立派な姿の紳士は誰あろう、万吉だった。「俺の目に狂いはなかった。ずっと応援し続けた」。真打昇進時に無名で後ろ幕と見台を贈ったのも、きっと万吉だろう。呂昇は“あのときの恩返し”をしたいと言うが、万吉は「あっしは巾着切りという罪の報いを受けなくてはならない。天狗は芸の行き止まりと言います。これからも精進してください」。そう言って、万吉は潜伏していた警官に捕まった。そのときの呂昇は「親分さん、呂昇は待っています!」と言うのが精一杯だったのだろう。芸人に限らず、人間誰もが生きている限り精進を続けなければいけない。そんなことを思った。
琴鶴先生の「葛の葉狐」は「蘆屋道満大内鑑」を基にした自身の創作だ。2010年に二ツ目に昇進したばかり、琴柑だった頃に創った読み物だそうだ。その頃に、こんな素晴らしいものが書けるなんて、才能がある人だなあと感心した。
天文博士だった加茂保憲の後継を決める際、小野好古が推挙する安倍保名と橘元方が推挙する蘆屋道満が競った。橘元方が保憲の後妻と共謀して、秘伝書「金烏玉兎集」を盗んだという濡れ衣を保名にかぶせた。保名は自分の潔白を訴えるが聞き入れられず、恋仲にあった保憲の養女、榊の前は保名を信じて自害してしまった。保名は失墜し、摂津の安倍の里へ移り住む。
古びた小さな社を見つけ、これは稲荷明神だと思い、丁寧に飾り付け、「どうぞ榊の前に会わせてください」と毎日手を合わせて拝んでいた。ある日、一本の流れ矢が飛んできた。そして、白い狐がこちらに向かって走ってきた。保名はその狐を穴倉に隠してやる。狐の後を追って狩人たちがやって来て、生き胆を高く売るんだ、行方を教えろと言うが、保名は知らないと答える。そんなはずはないと狩人たちは保名を襲ったが狐を守った。保名は傷を負ってしまった。
保名の意識が戻ると、山小屋の中で寝かされている。美しく若い女が看護をしてくれていた。その女は榊の前に瓜二つだが、自分は葛の葉と名乗る。保名が里へ戻ると、葛の葉が訪ねてきた。お手伝いをしたいと言う。保名に粥を作ってやり、保名の傷はすっかり癒えて、回復した。やがて二人は惹かれ合い、夫婦になる。そして、男の子が生まれ、童子丸と名付けた。保名は田畑を耕し、葛の葉は機を織って生計を立てた。
ある秋の夕暮れ、遊びから帰った童子丸は縁側で居眠りしている母を見て驚き、悲鳴をあげる。それは紛れもない、狐の姿だった。葛の葉は観念する。私は保名に救われた狐、恩に報おうと明神様の命で榊の前の姿となり、尽くした。親子の情、夫婦の情に変わりはない。童子丸に言い聞かせる。「これからは父上の言うことを聞き、学問に精を出しなさい。狐の子じゃものと言われないように」。そして、宝玉を枕元に置き、今生の別れをする。
障子に歌を記す。恋しくば尋ねきてみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉。白狐は真っ暗な闇に消えていった。保名は「狐か…」と思うが、目と目が合ったように思えた。そして消え去っていった。そして、涙で滲んだ筆の跡を読み、全てを悟る。狐を妻にしたと笑う者は笑え。恥ずかしくなんかない。だが、互いに合点して別れたかった…。雪の中、眠る我が子を抱きしめ、妻との別れを惜しんだ。
童子丸は学問の世界で頭角を現し、十五歳で一人前になると都に出て、帝の病を癒し、父・保名の濡れ衣を晴らしたという。童子丸は名を安倍晴明と改め、陰陽師の祖となったのである。素晴らしい高座だった。
上野広小路亭の講談協会定席二日目に行きました。
「名人小団次 紅緒の草履」田辺凌天/「加賀騒動 石川寅次郎 駒形堂闇試合」宝井琴凌/「姥捨正宗」田辺一邑/中入り/「東玉と伯圓」一龍斎貞寿/「瞼の母」神田菫花
一邑先生の「姥捨正宗」。二代将軍秀忠の日本中の名刀を蒐集するという命を受けて、本阿弥光悦が全国各地を廻っていた中のエピソード談として面白い。信州姥捨で一夜の宿を乞うも宿屋は無く、中原村の大尽、和田惣右衛門の家に厄介になる。そこで名刀の話題となり、惣右衛門が正宗を持っていると言うので、是非とも拝見したいと願い出る。
狐狸妖怪が憑りついたときの祈祷など、特別なときにしか表に出さないと言う惣右衛門だが、光悦の熱心さにほだされて、村人たちを集めて蔵の中から取り出したが…。光悦が見ると、これがどこをどう見ても明らかな鈍刀。しかし、惣右衛門が「この刀が村を守り、天下泰平を保っている」と熱く語るので、光悦は「言わぬが花」と偽物であることを伝えなかった。聞けば、先々代が刀屋を泊めた際に「山賊に遭い、一文無しになってしまったので、百両貸してほしい」と言われ、その代わりにこの“正宗”を預けたのだという。しかし、その刀屋は再び訪れることはなかった。つまりは騙されたのだった。
惣右衛門がこの“正宗”に「極めを書いてほしい」と頼む。光悦は困った。嘘も方便だが、かと言って本物である証明をするわけにはいかない。勧められるままに酒を飲んでいたら、気が大きくなり、酔った勢いで「本阿弥光悦、これを極む」と刀の鞘に極書を書いてしまった。翌朝、これを見て「しまった!これでは光悦は金に目がくらんで極めを書いたと言われかねない」と後悔する。そこで、鞘の裏に歌を書いた。信濃には姥捨山もあるものを姪あればとて身をば頼みそ。姪っ子の姪と刀の銘を掛けたのだった。
光悦が江戸に戻ったとき、秀忠に「面白き話はないか」と訊かれ、つい信州中原村でのこの一件を話してしまった。すると、秀忠は「余も見てみたい」。早速、使者が惣右衛門の許に走り、惣右衛門は“正宗”を携えて江戸へ行き、将軍のお目に掛けた。秀忠は大名たちを呼び寄せ、この“正宗”を見せる。何とも酷い鈍刀に一同は吹き出す。だが、秀忠は「この刀を村の守りとしているとは、これぞ天下泰平の証しである」と言って、この刀を「姥捨正宗」と名付け、直筆した。そして、惣右衛門に褒美として白銀七枚を授けた。惣右衛門は大層喜び、葵の紋のついた箱にしまって、中山道を「下にぃー、下にぃー」と運んだという。何ともユーモラスな読み物だと思った。
菫花先生の「瞼の母」。生き別れた母を探しに江戸へ出た忠太郎は柳橋の料理屋、水熊に銭貰いに来て追い払われているお虎婆さんに話しかける。お虎婆さんによれば、この水熊の女将は以前は姉妹同様に付き合ってくれたが、今は冷たい仕打ちをするようになってしまった、ここの女将は江州に息子を置いて出てきたと言っていたから、訪ねてみるといいと教えてくれる。お虎婆さんにも忠太郎と同じ年格好の息子がいたが三十一歳で死んでしまった過去がある。忠太郎の気持ちになって親切にしてくれたのだろう。忠太郎も一両をお虎婆さんに渡し、夜鷹はやめて、これで糊屋でも始めろと言う人情が良い。
忠太郎が水熊を訪ねると、板前が「女将さんはいないよ」とつれない対応をするが、「一目でも会わせてくれ」とすがっていると、女将が出てくる。忠太郎が「あっしぐらいの男の子を持った覚えはありませんか」と訊くと、江州阪田郡の番場宿の旅籠、おきなが屋忠兵衛の女房だった、忠太郎という子を産んだが、その子が5ツのときに私は出て行ったと答える。忠太郎が「おっかさん!」と呼ぶと、迷惑そうに「その子は九ツのときに流行り病で死んだと聞いている」と言って、この店の身代を狙って入り込もうとしているのか、いくら欲しいんだ、草鞋銭なら渡すよと警戒心を露わにする。
忠太郎が「懐に百両ある。おふくろが金に困っていたら渡そうと思っていた。でも、料理屋の女主人におさまっていると聞いて安心した。我が子を信じないとは寂しい」と言うと、女将は「娘のお登勢に婿を取って、ゆっくり余生を過ごそうと思っているんだ。忠太郎が生きている?笑わせないでおくれ。お前さんの魂胆は見えている。さっさとお帰り!」と取り付く島もない。
「自分が産んだ忠太郎はあっしでないと言うのか」「もし万が一生き返ったとしても嬉しくないね」「こうも心に開きが出るのか…子の心が親の心に通じないのか…」「ならば、なぜ堅気になって来ないんだ?」「瞼を閉じれば、いつでも会えたおふくろだったのに…失礼しました。二度と再びこの敷居は跨ぎません。せいぜい、お幸せに…ごめんなすって」。忠太郎は去っていく。
そこに娘のお登勢が帰ってくる。母親は泣いている。「ひょっとして、今のは忠太郎兄さん?なぜ返したの?」「始めは身代を狙った騙りだと思った…それに、お前の行く末に邪魔になると思い返したんだ」。すると、お登勢は烈火の如く怒る。「あなたは人間ですか?尊いのは親兄弟の情でしょう?もう一度、兄さんを呼んであげてください」。
金五郎がやって来て、「あの男をバッサリと斬る算段をしてきました」。母は慌てて、「あの子はたった一人の倅…」。駕籠を二挺誂えて、母と娘は忠太郎を追って、荒川の戸田の堤へと向かう。一方、忠太郎を男が襲う。「この強請り、騙りめ!命は貰った、覚悟しろ。念仏唱えて往生しろ」と斬りかかるが、逆に忠太郎が「人を斬るというのは、こうやるんだ!」と男を斬り捨てる。そこへ「忠太郎!」「兄さん!」の声。
忠太郎がつぶやく。「今頃、来やがった。誰が会ってやるものか。上の瞼と下の瞼を合わせりゃ、会えない昔のおふくろの姿が目に浮かぶ。会いたくなったら、目を瞑るんだ…」。まるで芝居を観ているかのような、素敵な高座だった。