劇団チョコレートケーキ「つきかげ」、そして新作落語せめ達磨 林家きよ彦「画期的な男」
劇団チョコレートケーキ公演「つきかげ」を観ました。
脚本の古川健さんがプログラムの冒頭に書いているように「この物語は歴史的な事実を参考にしたフィクションです。実在の人物をモチーフにしておりますが、全ては創造の産物です」ということを前提に感想文を書きます。
偉大なる歌人である斎藤茂吉は68歳のとき脳出血で倒れたが、幸い大事には至らずに日常生活を過ごせるようになった。だが、以前から頭にモヤがかかったような状態が顕著になったり、悪夢にうなされて寝付かれなかったりという日が多くなる。と同時に、自分が満足できる短歌がなかなか作れず、もどかしかったり、苛立ちを感じたりしている。自分の老いや死とどう向き合うか、残された限りある人生をどう有効に使うか。これは人間誰しもが考える永遠のテーマだろう。これがこの演劇における一番のメッセージだと思う。
また茂吉の暮らしは妻と4人の兄弟姉妹がしっかりと支えている。今の自分の置かれている状況と似ている。僕は91歳の父と87歳の母が存命ではあるが年々老いて衰えている。老いと向き合っている両親を真正面から受け止めるのは辛いことだが、僕をここまで育ててくれたことに感謝の気持ちを持っていれば、乗り切れるだろうと自分に言い聞かせている。そういう意味でも茂吉とそれを取り巻く家族を他人事には思えなかった。
それと茂吉の弟子である山口茂吉(偶然の同名だ)の献身的な姿にも心打たれた。斎藤茂吉全集の編集に門下生3人が全身全霊をかけて取り組む。昭和26年から32年までというから、茂吉没後も含めて全56巻が岩波書店から刊行されたことは素晴らしい。
歌人で演劇評論家の林あまりさんをゲストに迎えたアフタートークも興味深かった。林さんは前田夕暮の短歌に惹かれ、その息子で同じく歌人の前田透先生が教鞭を執る成蹊大学に入学し、前田透主宰の結社「詩歌」にも入った。不幸なことに大学三年生のときに前田教授が交通事故で急逝。落胆していたが、羽鳥徹哉教授の助言で卒論「前田透論」を書いて卒業した。
1986年に第一歌集「MARS☆ANGEL」を発表、翌年に俵万智さんが「サラダ記念日」を刊行し、二人はライトヴァースと呼ばれ、活躍。これに続く形で穂村弘さんが「シンジケート」を発表し、口語短歌の現代短歌における地位を飛躍的に高めた。
林さんが今回の公演を観て、斎藤茂吉の弟子である山口茂吉にシンパシーを物凄く感じたという。短歌の世界における師匠と弟子の関係の描き方が優れていたということであろう。それと、茂吉の短歌は油絵、構図がしっかりしている。それに比べると、今の短歌の主流は水彩画や色鉛筆でスケッチしたような絵という喩えが分かりやすくて良かった。
夜は「新作落語 せめ達磨」に行きました。
「里帰り」古今亭駒治/「試食の女王」弁財亭和泉/中入り/「画期的な男」林家きよ彦/「抜け雀類似品」古今亭志ん五
駒治師匠。タカヒロは妻のサイコを連れて、祖父の十七回忌の法要ために久しぶりに実家の田舎に帰る。あまり頻繁に帰っていないのは、この田舎が好きではないからだ。いわく「元ヤン(キー)」によって成り立っている村社会だからだという。同級生が青年団から商工会議所、市議会議員、県議会議員を経て国会議員になっているが元ヤン。法要に来た坊さんも同級生で神主の息子だったが、寺の娘を妊娠させてしまい、婿入りした元ヤン。火事になった一人暮らしのおばあちゃんを救出した勇敢な警察官も同級生で元ヤン。そして、タカヒロの母親は64歳にして玄孫がいるという…元女総長だった母は結婚が早くて、その娘も、そのまた娘も16歳で出産すれば計算が合う…。サイコが「元ヤンの方が地域に役立っているじゃない!」。なるほど!
和泉師匠。スーパーマーケットのパートリーダーのマツモトさんは、本社から現場に配属になった新人のヤマグチくんにちくわの試食販売の指導をしているが、「大きな声で」「笑顔で」と助言するも「無理」と言われ、とっておきの宣伝フレーズ「こんちくわ!」と挨拶しなさいと教えるが…。マツモトさんは逆に店長に呼び出されて「こんちくわ」を強要するのはハラスメントだ、売り上げナンバーワンになれば社長賞が貰えるという激励もヤマグチくんのプレッシャーになるからやめてくれと注意される。現代における指導は“寄り添う”ことが大事だ、昭和の考え方はアップデートしなさいと叱られる。
だが、ヤマグチくんの勤務態度は一向に改まらず、“寄り添う”を自分に都合良く解釈している様子を見て、マツモトさんは許せず、ついにブチ切れた。あたしがあたしのやり方で寄り添ってやる!ヤマグチくんの前に現れたのは、金髪で黒サングラスで竹刀のようなものを持っているマツモトさん。「売る気あるのか!?何本売る気だ!?早く言え!こんちくわ!」。この迫力に押されたヤマグチくんは指と指の間にちくわを挟んで、「こんちくわ!」と叫ぶ。すると、試食売り場は黒山の人だかり。「帰ってきたのよ!試食の女王が!30年前に主婦を熱狂させたトング・マツモトよ!」。ちくわを縦笛にしてミッキーマウスマーチで店内を練り歩くマツモトさんとヤマグチくん。そして、ちくわは目標の200本を完売した…。店長に「本当に正しいものを見失っていた」と言わせるところが、この噺の肝だろう。
きよ彦さん。ロックバンド、ファイアー・ファクトリーは在来線ゲリラライブを敢行し、全国ツアーを成功させる。ロックな歌詞とサウンドが画期的だと若者を中心に受けている。ボーカルのタカシの家に幼なじみのユキトが遊びに来ると…。実は作詞はタカシの母親が担当、作曲は中学時代の音楽教師のヤマモト先生にお願いし、他のメンバーは全員パソナからの派遣、演奏は後ろでプロのミュージシャンにしてもらっていることが判明…。YouTubeも放送作家に依頼して作成し、父親がマネージャーを勤めてアラブ油田をスポンサーにつけてコンサートの打ち合わせに行くという。すべてが上手くいって幸せと言うタカシに対し、ユキトは「そんなのロックじゃねえ!」と反発し、ファイアー・アングリーというバンドを立ち上げるという…。芸能界の裏側なんて、こんなものかもしれない。