こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」、そして新風満帆の会 鈴々舎美馬「マッチングアプリ」

こまつ座公演「太鼓たたいて笛ふいて」を観ました。

貧乏を題材にして「放浪記」で世に出た林芙美子は、政府の要請で戦地に派遣され、最前線で戦う兵士たちの勇敢な姿を筆に託して美しく描き、「私は兵隊さんが好きだ」と国威高揚の片棒を担いだ。「戦争は儲かる。戦争はわくわくして面白い」という内閣府情報局の言葉を、純粋な芙美子は素直に信じていたのだ。だが、終戦直前に南方から帰って来た芙美子はその間違いに気付く。講演会で「日本はもう負けた方がいい」と発言して、非国民の危険人物として政府から睨まれる…。

そして、迎えた敗戦。芙美子は軍部に操られ、“太鼓をたたき、笛をふいて”国民を躍らせた罪悪感に苛まれる。傷痍軍人、戦争未亡人、戦災孤児…戦争が生んだ悲劇に真っ直ぐに向き合い、亡くなるまでの6年間は持病の心臓疾患を抱えながらも必死に人間の苦しみ、悲しみを描く小説を書き続けた。この演劇の素晴らしさは、芙美子の全身全霊を賭けた半生を井上ひさし先生が著し、大竹しのぶさんが演じた素晴らしさだと思った。

2002年の初演で大竹しのぶさんは読売演芸大賞最優秀女優賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、朝日舞台芸術賞を受賞。2004年、2008年、2014年(僕はこのとき初めて観劇した)と再演を繰り返し、今回は10年ぶり5度目の再演である。

プログラムの中で、大竹しのぶさんへのインタビューが掲載されている。

戦前戦中の芙美子は、お母さんと生きるために必死で、自信もあったし、もっと売れたいと思っていて、だから戦争を美化する「物語」を書いた。でも、戦争によって苦しい思いをした人たちがいて、それを応援した責任は自分で取らなければと、自分の間違いを正すことを、生命を削るようにコツコツと果たしていく。その潔さが実に素敵で、井上さんが書いた芙美子の素晴らしさはそこにあるような気がします。(以上、抜粋)

自分の間違いを正すために命を削った潔さ…なんて素晴らしい作家なんだろうと思う。井上ひさし先生も初演のプログラムの前口上で「凛々しい覚悟」と題して、こう記している。

林芙美子の<転向>もまた、おもしろい思想問題です。日中戦争から太平洋戦争にかけての彼女は軍国主義の宣伝ガールとしてバカに派手な活躍をしました。ところが、戦後の彼女は一転して、いわゆる「反戦小説」をたくさん書きました。そこだけを見ると、なんて調子のいい女だろうということになりますが、しかし、彼女の<転向>には一種の凛々しい覚悟がありました。宣伝ガール時代の自分の責任を徹底的に追求したところが、その他の月並み作家とはちがいます。わたしたちはだれでも過ちを犯しますが、彼女は自分の過ちにははっきりと目を据えながら、戦後はほんとうにいい作品を書きました。その彼女の凛々しい覚悟を尊いものに思い、こまつ座評伝劇シリーズに登場をねがったのです。(以上、抜粋)

林芙美子の素晴らしさを井上ひさし先生が戯曲に著し、大竹しのぶさんが見事に演じたことに感動し、感謝するばかりである。

夜は「新風満帆の会」に行きました。

「金明竹」柳家しろ八/「マッチングアプリ」鈴々舎美馬/「床女坊」立川吉笑/中入り/「山内一豊と千代」田辺いちか/「明烏」三遊亭わん丈

美馬さん。全身真っ赤でコーディネートして“運命を待ちわびている”主人公の声を掛ける男たちの群像がまず面白い。高校球児を応援しているチアガールが涙している姿に涙している男。大根のかつらむきをクラブでやってくれるという女性を楽しみにしている男。そして、イケメンでスリーピースでスーツで「残業で遅刻したお詫びにご馳走する」と完璧なのに「お互いノーパン」という約束をしていた性癖の男。それぞれのキャラクターの演じ分けが巧みだ。

そして、「全身真っ赤な女性が思い詰めた顔をして5時間立っている」という通報を受けてやって来た警察官が、実は主人公の“運命の人”ではないかと思わせる演出…小学校を転校するときに渡されたライオンのぬいぐるみがドラマチック!と思わせておいて…その警察官の抱く理想のカップル像に主人公は…。なかなか良く出来た構成だと思った。

吉笑さん。床屋と女と坊さんの三人を船で川向こうに渡してくれと頼まれた船頭だが、床屋が女と二人きりになると髪を丸刈りにしてしまうのでNG、坊さんが女と二人きりになると口説き始めるのでNGという条件付き。船頭は秘伝の“場合分け”で難題をクリアしたかに見えたが…。坊さんは太っているので、船頭と二人だと重量オーバー、但し一人で船を漕ぐことができる。三人と一緒にオオカミとヤギを連れていて、オオカミとヤギだけにするとオオカミがヤギを食ってしまう、また坊さんをオオカミと一緒にするとオオカミを食ってしまう等の条件が追加され、船頭が必死に“場合分け”を駆使して難問を解こうとする姿が実に愉しい。吉笑さんの理詰めの落語、大好きだ。

いちかさん。羽柴筑前守秀吉の家来、山内一豊は信長公が安土城築城の祝いに行われる流鏑馬に参加したいが、貧乏ゆえに良い馬を買うことができない。その苦悩を察した妻の千代が鏡の裏に渋紙で隠してあった10両をそっと差し出す貞女ぶり。さらに馬喰が8両に負けてくれたために釣りの2両を一豊が「好きなように使え」と千代に返却すると、翌日にはその2両で一豊の黒紋付と馬乗り袴を調達していたという…。なんて素敵な女性なんだろう!その甲斐あって、一豊は天・地・人、三つの的を見事に射抜き、信長から褒美を貰えることになったとき、一豊は「簪を最愛の妻に渡したい」と言う…。これまた素敵な夫であることか。理想の夫婦像をそこに見た。

わん丈師匠。子どもたちと鬼ごっこに興じる時次郎が“町のダニ”を自称する源兵衛と太助に誘われて、「近頃流行るお稲荷様にお籠りに行く」ことに。時次郎がそこは吉原であることが判ったとき、「もっと足が速くなりますように」とお稲荷様にお願いしたかった…と嘆くのは、冒頭の「鬼ごっこ」が効いていて可笑しい。尚且つ、おばさんに浦里花魁の部屋へ連行されるときには「金栗四三という人は…」と叫ぶ。二宮金次郎ではなく、「日本のマラソンの父」を出すところにセンスを感じた。