恋と時空と 林家彦いち「青畳の女」、そしてPARCOステージ8Kフェス「笑の大学」
上野鈴本演芸場十一月中席初日夜の部に行きました。今席は林家彦いち師匠が主任を勤め、「林家彦いち創作噺の世界 恋と時空と」と題したネタ出し興行だ。①青畳の女②恋の山女③さとみ④貸切り⑤貸切り⑥舞番号⑦つばさ⑧記憶椅子⑨休演⑩私と僕。きょうは「青畳の女」だった。
「子ほめ」隅田川わたし/「代行サービス」林家きよ彦/奇術 小梅/「黄金の大黒」柳家㐂三郎/「お血脈」春風亭百栄/太神楽 翁家勝丸/「河豚鍋」古今亭菊之丞/「普段の袴」柳家喬太郎/中入り/ウクレレ漫談 ウクレレえいじ/「長短」古今亭文菊/漫才 ロケット団/「青畳の女」林家彦いち
彦いち師匠の「青畳の女」。女姿三四郎と呼ばれ無敵の実力を持つ女子柔道家の北川ともえはオール一本勝ちを目指して全日本選手権に臨むが、初恋のマサル君が応援に来ていると知って“乙女心”を出してしまったばっかりにあえなく一回戦敗退してしまうという…胸キュンのストーリーだ。
普段は紫のリボンで髪を結ぶのに、急にピンクに変えたともえ。試合に向かう前に鏡を見たら、“鬼の北川”と呼ばれる形相に恥じらいを感じてしまう。「何?この気持ち…」。76キロ超級という体重が嫌になり、マジックで中に黒点を書いて7.6キロにしてしまい、審判に怒られるともえが可愛い。
だが、勝負に勝たなくてはいけない。私は柔道の申し子として、ずっと柔道一筋で歩んできた、勝つためにここに来たんだ、男のことで気持ちが揺らぐわけがない…、そう自分に言い聞かせる。コンビニ強盗を投げ飛ばして表彰され、背負い投げのともえと呼ばれ、一芸入試で亜細亜大学に合格したのだ。
対戦相手を持ち上げ、背負い投げの態勢に持ち込んだとき、マサルの「頑張って!」という声が聞こえた。「anan」の特集で読んだ「男はいつもキラキラした女性に惹かれる」「ちょっと秘密のある妖精みたいな女性になろう」という記事が頭をかすめ、対戦相手に頭突きをして“星がキラキラ”…審判から厳重注意を受けてしまう。対戦相手の頭から血が流れて、“ドクターを要請します”に。そのままタイムアップで敗戦したともえが、審判に「これって、恋ですか?」と詰め寄るのが可笑しい。
ともえは思う。「オリンピックは4年に一度だけど、こんな気持ちになるのは一生に一度かな」。駆け寄ってきたマサルに、私の気持ちを察してよ!と訴えるともえが愛おしい。なのに、マサルは「弱いよ!」と言うと、ともえは「弱い?私は強くなるためだけに生きてきた。私が何で負けたか、わかってないの?」。そしてマサルの胸ぐらを掴んで持ち上げ、「私のおじいちゃんは私を柔道の申し子になるように北川ともえと名付けたのよ。どうしてともえと名付けたか…」と言って、マサルを巴投げで投げ飛ばした…。
実際に彦いち師匠は座布団をマサルに見立て、巴投げよろしく高座の上で一回転。それが馴れ初めでマサルとともえは結婚したという…。愉快な恋物語だった。
PARCOステージ8Kフェス「笑の大学」に行きました。去年(2023年)2月23日の公演を収録した映像を、同じPARCO劇場で上映するという試み。素晴らしかった。
三谷幸喜の作・演出。今回調べたら、1994年のNHK―FMの「FMシアター」でラジオドラマとして放送されたのが最初だと知って、なるほど!と思った。96年に青山円形劇場で舞台化、98年にPARCO劇場で再演された。検閲官・向坂は西村雅彦、喜劇作家・椿は近藤芳正。それが25年ぶりに去年、再々演され、三谷幸喜自らが演出、向坂を内野聖陽、椿を瀬戸康史が演じている。
戦時中の昭和15年、軽演劇などは不謹慎だという風潮の中、検閲官の向坂は上演中止に追い込もうと次々と無理難題をふっかけるが、喜劇作家・椿が激しく抗戦する取調室における密室劇であり、二人芝居である。その鍔迫り合いの中で、検閲がいつしかより面白い喜劇にする「台本直し」に転化しているという皮肉が三谷幸喜の面目躍如たるところだ。
「ロミオとジュリエット」をもじった「ジュリオとロミエット」の設定や登場人物をすべて日本にしろと言われ、寛一とお宮の「金色夜叉」のパロディに書き換える。「お国の為に」というフレーズを3回入れろという要求に応えるが、オチで芸者のお国を出したり、すき焼きを食べると言って「お肉のため」にしたり、いつまでも笑いを盛り込もうと立ち向かう椿に徐々に向坂は惹かれていく。
秀逸なのは、接吻シーンを入れてはいかんと言われ、接吻ギリギリのところで酔っ払いや豆腐屋や犬が邪魔をするというコントにするところ。向坂の上司である警察署長を登場させろという要求を上手に利用して、寛一とお宮の接吻の場面に警官が犯人を追いかけるという設定を加味、椿と向坂が実際に演じながら台本を試行錯誤するドタバタは爆笑喜劇そのものだ。
椿は「これは喜劇作家の戦いなのです」と言って、最後の台本を向坂に見せたとき、椿のところに送られてきた召集令状を一緒に見せるところは感動的だ。
今回、特筆すべきは8K映像の凄さである。PARCO劇場で上演された芝居を、カットで割らずにずっと引きの絵で撮影した映像を、同じPARCO劇場で上映すると、まるで実際に舞台で演じているように立体化して見えるのだ。これには驚いた。テレビ放送は4Kが主流になりつつあるが、その上の8Kの高精細な画像は劇場上映に向いていることを改めて痛感した。