浪曲定席木馬亭 天中軒雲月「瑤泉院 涙の南部坂」、そして立川談笑月例スペシャル「芝浜」

木馬亭の日本浪曲協会11月定席六日目に行きました。主任の天中軒雲月先生が喘息の発作のため、玉川太福先生と出番を入れ替え、太福先生がトリを取った。

「心の故郷」天中軒かおり・沢村博喜/「徳川家康 今川家人質の巻」天中軒すみれ・沢村理緒/「宮様と自転車」港家小そめ・沢村博喜/「一本刀土俵入り」澤雪絵・玉川鈴/中入り/「原惣右衛門 早駕籠第二の使者」東家孝太郎・沢村まみ/「細川の茶碗屋敷」一龍斎貞奈/「瑤泉院 涙の南部坂」天中軒雲月・沢村博喜/「浪花節じいさん」玉川太福・玉川鈴

かおりさんの「心の故郷」は初演。「若き日の小村寿太郎」「琴櫻」に続き三つ目の演題だ。鍋焼きうどんの屋台を曳いている兄弟は両親に先立たれ叔父さんのところで養われているが、その叔父さんが神経痛で寝たきりに。湯治をさせてあげたいと考えた兄の正一はわざと自動車の前に飛び込んで、治療費を貰って叔父さんの湯治費用にしようとするが…。自動車の運転をしていたのは坂井達也という立派な紳士。正一から事情を訊く…。15分という限られた持ち時間ゆえ、ストーリーの発端しか聴けないのは残念だった。

雪絵先生の「一本刀土俵入り」。巡業先で見込みがないと親方から暇を出された駒形茂兵衛が腹を空かして、取手宿のはずれをトボトボ歩いているところを宿屋の二階からお蔦が声を掛ける。親父は家出をして20年会っていない、上州の実家は火事で丸焼け、それを気に病んだ母親は死んでしまった。立派な横綱になって駒形村の母親の墓の前で土俵入りしたいという夢を持つ茂兵衛に同情したお蔦は金の入った巾着、それに櫛と簪を渡して励ます気っ風が良い。

その10年後、お蔦の亭主、船大工の辰三郎がいかさま博奕にはまり、胴元の子分たちに追いかけられてきた。娘のおきみと三人で逃げようとするところ、侠客となった茂兵衛が「事情は聞いた」と現れ、金を渡す。そして、追っ手たちを張り手でやっつける。届かぬ夢だった横綱…「親子仲良く暮らしてくだせい」と言って、しがない姿の土俵入りを見せる。新国劇のような絵が浮かんだ。

雲月先生の「涙の南部坂」、満身創痍の高座に心が揺さぶられた。瑤泉院を訪ねた大石内蔵助は討ち入りの話をしようとしたが、左右に目付きの悪い見慣れぬ顔を見つけ、思いとどまる。万が一、敵の間者がいたら、これまでの苦労も水の泡、仏作って魂入れずになってしまう。奥方様には申し訳ないが、大事は明かせぬと判断し、グッと言葉を飲み込んだ。

そして心にもないことを言う。暇乞いに伺いました。もう江戸には用がない、山科へ立ち返る所存、出家して亡き殿を弔う、息子の主税は天野屋に預け、商人にするという。

戸田局が激しく言う。大石殿はご恩を忘れたのか。御家は断絶、城を枕に討死にと決まったとき、殿のご無念を晴らすべく仇討するのが真の忠義ではないのか。亡き殿に良いご報告ができるまで待ちましょうと奥方様はおっしゃっているというのに。

瑤泉院は戸田局に言葉が過ぎると注意して、こう言う。田村屋敷での最期を思い出します。「遺言を…」と促すと、「申し遺すことはない、ただ余は無念じゃと大石に伝えよ」と。武士には武士の思いがあるであろう。その絆は固いものであろう。女にはわからない。だが、この日まで待っていたわらわの気持ちも斟酌してほしい。もどかしい。女に生まれたことが悔しい。さらばじゃ。こう言って、大石に背を向けて去っていく瑤泉院。大石の目に溢れた涙が一滴、手に落ちた。

大石が瑤泉院の許を去った後、奥方は仏壇に向かって同様に無念の涙をはらはらとこぼす。すると、仏壇の横に見つけた見慣れぬ一巻。それは忠臣一同による固き誓いの連判状だった。やがて、「ご注進!」と言って討ち入り姿の寺坂吉右衛門がやって来る…。渾身の高座だった。

夜は立川談笑月例スペシャルに行きました。「時そば」と「芝浜」の二席。トークゲストは高田文夫先生だった。

高田先生、相変わらず舌好調!「600こちら情報部」第一回放送でキャンディーズ解散コンサート前夜を生中継、今年亡くなった山藤章二先生のプロデュースで続けた紀伊國屋ホールの立川藤志楼独演会、宮藤官九郎との出会い、そして「タイガー&ドラゴン」誕生秘話、勘三郎と二人で企画した平成中村座での談志追悼落語会…等々。すべて、懐かしい!

談笑師匠の「芝浜」。魚勝は芝の浜で42両を拾ったことが「夢であるはずがない」と最初から判っていた。嘘をつくのが下手な女房が必死になって「夢だ、夢だ」を貫き通し、陰で申し訳ないと泣いていたことは知っていた。だからこそ、頑張ろうと思ったのだろう。

女房が留守をしているときに、家中を探して、ようやく縁の下の糠味噌桶の横に財布を見つけた。でも騙されているふりを続けていた。その代わりに、酒は隠れて飲んでいたと明かし、女房の前で一升瓶から湯呑に酒を注ぎ、飲み干す。だが、それは「酢でしょ!」と女房はお見通しで、魚勝は本当に酒を断って一所懸命に働いていたというのは談笑師匠らしい演出だ。

もっと驚いたのは、糠味噌桶の横から見つけた財布の中を見てみると、石ころばかり!実は女房が貧乏をやりくりするために少しずつ使っていたというからくりも現実的で説得力があるかもしれない。