浪曲定席木馬亭 天中軒雲月「若き日の小村寿太郎」、そして落語の仮面祭り第三夜 三遊亭白鳥「時そば危機一髪」
木馬亭の日本浪曲協会11月定席三日目に行きました。
「栃錦少年時代」富士琴哉・水乃金魚/「二世の母」東家三可子・旭ちぐさ/「水戸黄門漫遊記 尼崎の巻」港家小そめ・沢村博喜/「母の幸せ」天中軒月子・旭ちぐさ/中入り/「徂徠豆腐」澤雪絵・沢村博喜/「清水次郎長伝 小政の生い立ち」神田伯山/「甚五郎 京都の巻」港家小柳丸・沢村道世/「若き日の小村寿太郎」天中軒雲月・旭ちぐさ
三可子さんの「二世の母」。夫に先立たれたお雪は息子の富士雄の親権を西原家、つまりは姑に奪われた。近くで再婚するより…と考えてハワイに移民して中里と夫婦になって、繁という息子が生まれた。だが、お雪の中では富士雄も繁も同じ「腹を痛めた」可愛い息子であり、愛情の深さも同じ、二人は兄弟だと思っている。
そして始まった太平洋戦争。富士雄は日本兵として出兵し、繁もアメリカ軍の二世部隊に入隊した。そして、二つの命ともに戦争によって失われてしまった。お雪の悲しみといったらないであろう。それから30年の歳月が経ち、お雪は故郷の熊本の地を踏む。そして、一番にしたかったことは富士雄の墓参りだった。ところが、西原家の姑は墓参りを許さないという…。姑いわく「富士雄は米兵に殺された」。
だが、お雪にとっては富士雄も繁も同じ可愛い息子だ。「不憫だ」と言って、姑に繁が遺した書置きを読み上げるのが感動的だ。「僕が戦死しても泣かないでください。僕の生命保険の1万ドルを使って、家族仲良くやってください。熊本の兄さんに会って、可愛がってください」。これを聞き、姑は心が揺さぶられ、泣き出す。「わしが悪かった。一緒に墓参りしよう」。悲劇しか生まない戦争は二度としてはいけない。
雪絵先生の「徂徠豆腐」。豆腐屋の上総屋七兵衛の風邪が治って、荻生徂徠の家におからを醤油で味付けした“餌”を持って再び訪ねたのが元禄15年12月14日。赤穂浪士の吉良邸討ち入りの日。翌朝、仇討本懐を遂げた四十七士が泉岳寺に引き揚げる様子を七兵衛は見て感動している。
七兵衛が一週間寝込んでいた間に、荻生徂徠は柳沢吉保に800石取りで取り立てられ、赤穂浪士四十七人を切腹処分とする沙汰を出した。七兵衛が再会を果たしたとき、「なぜ助けてやることができなかったのか」と詰め寄る台詞は庶民感情を代表していて良い。この読み物に赤穂事件を絡める型が僕は好きである。
本はこの身の魂、いかに浪人すればとて武士と生まれてきたからは魂だけは売りはせぬ。商売物であれば後々世に出たときに代金を支払うことができるが、飯を恵んでもらうと乞食になるから断る。あの時の銭20文が黄金の山よりもこの身にとっては尊いものだった。これらの言葉に徂徠という人物が、決して不人情な男ではないことが伝わってくるからだ。
雲月先生の「小村寿太郎」。四百四病の病より貧ほどつらいものはない。頑固一徹な性格ゆえに下野した小村は牛込の魚平に日に三度仕出し弁当を配達させ、「上流階級の支払いは年に一度、大晦日だけ」と女中おあきに嘘を言わせていたが、噓も方便とは言いながら、ずっと心苦しい思いだったに違いない。
魚平を奥座敷に招き入れ、惨めな暮らしの有り様を見てもらい、小村は手をついて頭を下げ、涙で畳を濡らしながら必死に謝る。長い間騙してきて、一日一日が地獄にいる気持ちだった。弁当を美味しいと思って食べたことは一度もなかった。訴えられて、縄目の恥じを受けようとも恨みはしない。もし許されるなら、私が再度国家に奉公できるまで待ってくれないだろうか。
魚平も情け深い、漢気のある男だ。瞼に雫を滲ませて、「もったいない、旦那。たかが魚屋風情にそうとまで言ってくれるとは…。頭を上げておくんなさい」。そう言って、「再び旦那が世に出るまで何年かかろうと、今まで通り弁当を運びます」。これを聞いて、小村は頬に涙を流し、病床の妻もワッと泣き喚いた。
2年後。国家の大事件、朝鮮内乱の号外が配られ、その記事に「小村寿太郎」の名前を魚平は見つける。そこへ人力車が乗りつけ、フロックコートに山高帽、大礼服の小村が現れ、「ありがとう」と魚平の手を握りしめる。支度金の5千円は「弁当代の一部」として受け取ってくれと渡そうとする小村に対し、魚平は「私らが一生かかっても見られない大金。受け取れない」と拒む。
小村は「何を言うか。3年間のあなたの情けに比べれば、私はまだまだ恥ずかしい。何も言わずにこの金は笑って納めてください」と言い、自慢の金時計を「これは形見。寸志です」と渡す。身分を超える友情、男同士の真心にグッときた。
上野鈴本演芸場十一月上席三日目夜の部に行きました。今席は三遊亭白鳥師匠が主任で、美内すずえ先生公認「落語の仮面祭り」と題して、「落語の仮面」全10話を連続で掛ける興行だ。きょうは第3話「時そば危機一髪」だった。
「たらちね」三遊亭歌きち/「鉄砲のお熊」田辺いちか/ジャグリング ストレート松浦/「道具や」金原亭馬吉/「都々逸親子」五明楼玉の輔/浮世節 立花家橘之助/「あちたりこちたり」柳家小満ん/「作ろう!建てよう!」柳家花ごめ/中入り/漫才 ロケット団/「粗忽の釘」隅田川馬石/紙切り 林家二楽/「時そば危機一髪」三遊亭白鳥
白鳥師匠の「時そば危機一髪」。三遊亭花が前座として楽屋に入ることが許される。師匠の月影先生は「つまらなくていい。面白い落語をしようとするな。二つ目になったときに備えて、色々な芸人の高座を見て勉強しなさい」と助言する。前座としてとんでもない高座を演らせ、潰してしまおうと考えていた大東芸能の大徳寺社長の目論見は外れ、花はきっちりとした前座修業を勤めあげ、4年で二つ目に昇進する。
二つ目昇進披露の高座では花の才能溢れる新作落語が客席を沸かせ、ファンも増えて、寄席の席亭の評価は高まった。だが、大徳寺が裏から手を回し、寄席からは出演の依頼が来ない。そこで、月影先生は花にNHK新人演芸コンクールに出場するように言う。
花が予選で演じた「時そば」は、B級グルメが食べたい姫が婆やの目を盗んで町娘に変装し、二八そばを食べに行くという設定。冒頭から♬ルンルン~と歩く姫が斬新で、天ぷらそばの汁をゴックンゴックン!と飲んだり、そばをチュルチュルと食べたり、今までにない演出で度肝を抜く。15文しかないので、「蕎麦屋さんの娘さんは幾つ?」「七つです」という手法で1文かすめ、大成功。「心臓がドキドキした!」で、「ドキそば」というサゲ。プロデューサーら制作陣は高く評価し、本選へと進む。
本選に同じく出場した女流の柳家ミミが何とか花に勝ちたいと卑怯な手を使う。「月影先生からの喉の薬」だと偽り、花に渡したものは、実はスーパーちりとてちんという劇薬。それを飲んだ花は喉が潰れ、しわがれ声になってしまった。
だが、そんなことで挫ける花ではなかった。婆やの一人称落語に変えて、「時そば」を演じたのだ。その演出がかえって「婆やの視線の先に姫が見える」「屋台の後ろに江戸の風景が見える」と高い評価を得る。サゲも姫が丼を割ってしまったが、婆やが土を掘ってみたら丼が出てきて、「土器そば!」。
審査は大徳寺が「これは一人芝居だ」と叫んで妨害した影響もあってか、惜しくも優勝を逃すが、終演後の観客の話題は花の高座で持ち切りとなり、三遊亭花という才能が全国に知れ渡ることになった…。
「落語の仮面」は最近では弁財亭和泉師匠が10話をマスターして連続で演じた配信を聴いて以来だったが、和泉師匠がきちんと整理整頓した落語に仕上げていたのに対し、原作者である白鳥師匠はここには書けない強烈なギャグをドンドンぶち込んで客席を沸かしたのが印象的だった。作品の面白さに白鳥師匠ならではの笑いが加わって、ライブならではの醍醐味を感じた。