立川談春独演会「子別れ」、そして三田落語会 春風亭一之輔「意地くらべ」

立川談春独演会に行きました。芸歴40周年記念シリーズ全20回の第19回である。「人情八百屋」と「子別れ」の二席。

「子別れ」。熊五郎は女房子を追い出して独りになって、自分はどれだけの男かを知る。世間は誰も手を差し伸べてはくれない。だが、酒を断ち、仕事に精を出し、了見さえ直れば、信用がつき、金を稼ぐことができる。この至極当たり前のことがようやく理解できたことは大きな進歩である。

自分は元女房にどれだけのことをしてきたのか。男やもめは大変だと感じた。火事一切をきちんとこなすことがいかに大変か。この大変なことを女房はしっかりとやってきた。それなのに、自分はそれが当たり前だと思っていた。でも、それは間違いであることに気づいた。

番頭さんが、それでも熊さんの女房であり続けたのは、熊さんのことを惚れていたからだと言う。今からでも遅くない、探せばいいだろうと言う。熊五郎はあんなによく出来た女を他の男がほっておかないだろうと考えている。おみつさんの素晴らしさを気付かなかったのは、熊さんがドジで間抜けだから、今こうして報いを受けていると番頭は言うが、「もし、お前のことを待っていたらどうするか」と問う。答えは明白だ。

そんなやりとりをしているときに、偶然に息子の亀吉に出会う。3年ぶりの再会。番頭は「いるんだよ、神様が」と言って、先に木場へ行った。残された熊五郎と亀吉の会話は、亀吉が3年間でどれだけの成長を遂げたかを知らしめるものだった。

額の傷の件。斎藤さんの坊ちゃんにベーゴマを投げつけられ、できた傷だ。これを母親に心配かけてはいけないと「転んだ」と亀吉は嘘をついた。すると、母親は「儀式だ」と言って、玄翁を取り出す。熊五郎の道具箱から持ち去ったものだ。「この玄翁はおとっつあんだよ。おとっつあんの前で嘘をつくと怒るよ。おとっつあんが折檻するよ」。亀吉は仕方なく「斎藤さんの坊ちゃんにやられた」ことを告白する。すると、おっかさんは暫く黙った。そして、痛いだろうけど我慢しなさいと言って我が子を思い切り抱きしめて、泣いた。亀吉も一緒になって泣いた。泣き終わるとスッキリして、お茶漬けを食べて寝た。翌日、病院に行ったら、あばら骨2本にヒビが入っていた。辛いことを屈託なく喋る亀吉が頼もしい。

目の前にいる父親は以前と違って、綺麗な半纏を何枚も着て、お酒の匂いもしない。「酒はやめたし、女郎は追い出した」と聞き、亀吉は嬉しかっただろう。「新しいおとっつあんは可愛がってくれるか?」と訊く熊五郎に、「新しい男なんていないよ。みくびらない方がいいよ」と亀吉は答え、続ける。世話する人は沢山いるが、「亭主は先の飲んだくれで懲りている。あの亭主にはホトホト愛想が尽きた。今はスッキリしています」と母親は断っているのだという。針の仕事で一生懸命に稼いでいる女房おみつにすまないという感情以上のものが湧いてきたのだと思う。

熊五郎は亀吉に小遣いとして50銭銀貨を渡す。亀吉は喜んで、これで色鉛筆、とりわけ青の鉛筆を買うと言う。「空を描くんだ。5本だけ買って、後はおっかさんに渡すよ」「そうか!東京中の空を描いちゃえ!」と嬉しくなる熊五郎。そして、明日は半ドンだから、鰻を昼飯にご馳走してやると約束する。だが、おっかさんには「俺と会ったこと、50銭貰ったこと、鰻をご馳走になること」全て内緒にしてくれという。「近々、三人で会ってまた飯を食おう。おっかさんにはきょうのあしたというわけにはいかないんだ」。軽はずみに寄りを戻そうということはできない。熊五郎は自分のしでかした事の重大さを判っているからだ。

亀吉が去った後、熊五郎は泣く。待っていた番頭にどうだったかと訊かれ、「とんでもないガキに育っていました。元々賢い子だとは思っていましたが…」。男と男の約束をしたと聞き、番頭は「それだけ知恵があり、賢かったら、間違いなく喋るよ。熊さんはそれでオタオタしちゃいけないよ。それが償いというものだ」。

亀吉が貰った50銭はすぐに母親にばれてしまう。「ちゃんとした人から貰った」と言い張る亀吉に対し、母親は「さもしい了見でもおこしたら…」と心配する。すると亀吉は玄翁を持ち出してきて、「儀式です」。そして、「話の流れでわかりそうなものだろう!」。亀吉が父親の熊五郎と会って見事に更生したことを報告したとき、元女房のおみつはさぞ嬉しかったろう。そして50銭で青鉛筆を買って絵を描いて、おとっつあんに渡すと言う息子を見て、さらに嬉しくなったと思う。

翌日の鰻屋。亀吉は自分から「お酒は飲まないので、お茶をください。鰻丼に御新香、吸物。それから、筏を三人前、お土産にしてください」。熊五郎は驚いたろう。「鰻巻き、食べるか?玉子焼き美味いぞ」と言う熊五郎に対し、亀吉が「野暮だね。そんなのを食べたら、鰻の味が曇る」と言う。すると、熊五郎は「野暮より恥ずかしいことを教えてやる。粋がる、通ぶる、これほどみっともないことはないんだ…食べたいんだろ?鰻巻」。亀吉は素直に「食べたい!」。可愛い。

亀吉が父親に渡すと描いた絵を忘れていった。母親のおみつが鰻屋の二階へ。すると、亀吉は気遣い、階段を降りて元夫婦二人きりにする。熊五郎が「亀を立派に育ててくれて本当にありがとう。どれだけの苦労があったかと思う。お陰様で酒をやめて、仕事もうまい具合に回っているんだ。おっかさんに言うなと言ったのは合わせる顔がない、いずれ改めてと思ってのことだった」。おみつも「お元気そうで何より。ご出世、おめでとうございます。亀は達者に育ってくれて有難いと思っているんです」。

おみつが亀吉の描いた絵を見せる。「何だ、これ?」「空だそうです。建前のときにお前さんが亀を肩車して職人さんを切り盛りしているのを見て、うちのおとっつあんは偉いと思ったそうです。見上げたら、青い空が広がっていた。おとっつあんは空なんだと。3年の間、片時も忘れずにおとっつあんを描きたかったんだそうです。褒めてやってくださいよ」。

熊五郎が亀吉に謝る。「おとっつあんが悪かった。夫婦でガタガタして、可哀想だった。おとっつあんもおっかさんも謝らなきゃいけない。辛い、ひもじい思いをさせてしまった。これからは生涯大事にする」。そして、今度はおみつに対し、「虫のいい話かもしれないが、これからは亀のために働かなきゃいけない。腹の底から、もう一遍やり直させてくれ」。

すると、おみつも「私とお前さんで亀に謝らなきゃいけないね。それで、もう一回親子に戻ろう…一緒に暮らそう。いいよね、亀」。一度崩壊してしまった家族が、お互いに強い意志をもって再スタートを切る。これほど心強いものはない。素晴らしい「子別れ」であった。

夜は三田落語会に行きました。春風亭一之輔師匠が「意地くらべ」と「子ほめ」、春風亭柳枝師匠が「野ざらし」(通し)と「甲府い」、開口一番は桃月庵ぼんぼりさんで「のめる」だった。

一之輔師匠の「意地くらべ」。一本気、真っ直ぐな気性、強情…登場人物が全員気持ちの良いくらい意地っ張りなのが素敵な噺だ。八五郎の弱った顔を見て、「金だろ?」と言って、ポン!と50円を“ある時払いの催促なし”で貸した隠居。この心意気に感謝し、「必ず一カ月で返す」と自分の心に誓った八五郎。ここがまず素敵だ。

だが、八五郎は一カ月で返す目途が立たなかった。自分に嘘をついているようで、悔しかった。そこで、下駄屋の旦那に50円を無心して隠居に返そうと考えた。その一本気を気に入った旦那は自分は50円の持ち合わせがないが、町内の連中に事情を話せば拵えることができると言って、実際にかき集めて50円を拵えた。この旦那、および町内の連中の一本気も素敵だ。

その50円を持って八五郎は隠居に返しに行く。だが、隠居は「楽なときに返してくれればいい」「遊んでいる金ができたら返せばいい」と言ったのに、「筋の通らない」返済は受付けないと突っぱねる。

泣く泣く旦那のところに八五郎が帰ると、旦那も50円を受付けない。おかみさんが出てきて、「無尽で当たったと言えばいい。嘘も方便。借金も全部支払って、楽な体になったんだと言えばいい。亭主の顔に泥を塗る気か!」と、これまた一本気。

だが、隠居はそんな見え透いた嘘はお見通しだ。八五郎は嘘偽りなく、自分の中で一カ月返済を誓ったこと、それを下駄屋の旦那はじめ町内連中が援護したことを打ち明ける。すると、隠居は「最初から言えよ!」と涙を流して感激する。そして、八五郎を改めて歓待するという…。意地っ張りの美学が愉しい高座だ。

柳枝師匠の「甲府い」。こちらは善人しか出てこない良い噺だ。とりわけ、主人公の善吉の善人ぶりに感心する。身延山に願掛けし、江戸で成功するまでは甲府の伯父叔母のところには帰れないと心に決めているのを、豆腐屋主人が気に入り、売り子として採用する。根拠は「綺麗な目をしている」と「宗旨が同じ法華」という…。

この慈悲に善吉は見事に応え、不器用だが純朴なところが町のおかみさん連中に気に入られて評判が急上昇。これを見た豆腐屋夫婦は娘お花の婿に迎えたいと考えるが、このときに主人が先走ってしまい、「善吉!3年前の恩を忘れたのか!」と怒鳴るところがユーモラスで可笑しい。お花との夫婦仲も良く、身を粉にして働く姿に、「働きすぎだ。たまには息抜きをしないといけない」と義父が心配するくらいなのも良い。柳枝師匠のキャラクターに似合った噺だと思う。