秋の夜長の文菊噺 古今亭文菊「笠碁」
鈴本演芸場十月中席三日目夜の部に行きました。今席は古今亭文菊師匠が主任で、「秋の夜長の文菊噺」と題したネタ出し興行だ。①質屋庫②品川心中③笠碁④不動坊⑤ねずみ⑥寝床⑦宿屋の富⑧野ざらし⑨休演⑩宿屋の仇討。きょうは「笠碁」だったので、ヒザ代りの紙切りの林家楽一さんに「囲碁の対局」という注文をしたら、一瞬戸惑って、「ウドの大木かと思いました」。確かに似ている!(笑)
「寄合酒」林家たたみ/「元犬」古今亭雛菊/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「あくび指南」古今亭菊志ん/「棒鱈」三遊亭歌奴/民謡 立花家あまね/「馬のす」橘家文蔵/「鉄指南」柳家小ゑん/中入り/奇術 アサダ二世/「道灌」蜃気楼龍玉/紙切り 林家楽一/「笠碁」古今亭文菊
文菊師匠の「笠碁」。頑固vs我儘、ヘボvsザル。孫が2、3人もいようかという隠居の身の男二人が碁の一目をめぐって、「待ってくれないか」「待てない」と子供のような喧嘩をするところに可愛らしさがあって好きだ。
何度お願いしても相手が待ってくれないとわかると、「言いたくないことの一つも言わなきゃいけない」。一昨年の暮れの25日、商売用の金として200円が入り用になった、上方から息子が帰る七草に返すから貸してくれないかとお前さんはお願いに来て、私は貸してやった。それが恒例の年始の挨拶も来ず、七草を過ぎた頃にお前さんはションボリした顔をして、息子が帰って来ない、もう少し待ってくれないかと頭を下げに来た。そのときに私は待てないと言ったかい?それに比べれば、この一手くらい何ともないだろう。
逆に言われた方は頑固になる。今の話を聞く前なら待ったかもしれないが、それを聞いたらもう待てない。私は子どもの頃から頑固で通っている。すると、相手はこんなものをやっているからいけないんだと言って盤上の碁石を崩してしまう。我儘ですよ。私は子どもの頃から我儘で通っている!こうなると子どもの喧嘩だ。ヘボ!ザル!大ヘボ!大ザル!金輪際、お前とは碁を打たない!
数日が経ち、雨が降る日が続くと退屈になる。待たなかった男は後悔する。喧嘩なんかするもんじゃない。あの一手くらい待っても良かった。なぜ、あいつは金のことなど言い出したんだ。だから待てなかったんだ。迎えに小僧なぞよこすな!なんて余計なこと言っちゃった。あいつ、何をしているかなあ。退屈しているだろうに。私がこれだけ退屈しているんだから。
そして、口実を作るのが可愛い。あいつは痔持ちだった。この雨で辛いだろう。可哀想に。見舞いに行ってやろうか。喧嘩は喧嘩、見舞いは見舞い…。あいつの店の前を通ってみようか。私に気が付けば、声を掛けてくるはずだ。「どこへ行くんだい?」「ちょっと、そこまで」「帰りにどうだい?」「仕方ないね」…となるよ!店に出ているかな?無駄足になっちゃつまらない。覗き込むのはちょっとなあ。ちょっとは覗こうか。
一方、待ってくれと頼んだ男。奉公人や番頭に小言を言って気を紛らせている。喧嘩の最中に番頭に目配せしたのに無視されたことを怒っている。あの一手くらい、どうってことはなかったんだ。来るがいいじゃないか。そりゃあ、金のことを言ったのは私が悪かった。そんなことを気にすることないのに。あいつは強情、頑固なんだ。何をしているかねえ。あいつは退屈しているよ。私がこれだけ退屈しているんだ。お互いに同じことを言っているのが可笑しい。
そこに店の前に碁敵が来ているのを発見する。来た!碁盤を出して!お茶に羊羹!妙なナリをしているね。首を振るね。声を掛けることはないですよ。向こうから掛けてくるはずだ。あれ?行っちゃったよ。うちに来るんじゃないのかね。碁会所?あいつは私としか打てない碁なんだ。お、戻ってきたよ。見てる!いや、帰っちゃった。そういう男だよ。ここまで来て、なぜ声を掛けないんだ。今後は一切、美濃屋とは付き合うな!…いや、いるいる!郵便ポストの脇にいる。入りにくいんだろう。入りやすくしてやろう。碁盤に碁石を打つ。この音を聞いて我慢できるはずがない。
店の前まで来た男もじりじりとしてくる。巳年生まれは執念深いね。売られた喧嘩はとことん付き合うぞ。碁石の音に反応する男。堪らない!あいつのところは盤が良いから。誰と打っているんだ?相手が出来た?穏やかじゃないぞ。覗いてやれ!
出てきたな!これを見ろ!まだか?ホイ!どうだ!やい、ヘボ!なんだ、ザル!ここに碁盤が出ている。ヘボか、ザルか、一番くるか!これで問題は解決だ。お互いに友達がいない。もう喧嘩はよしましょうということになる。隠居の身として老後を楽しむためには欠かせない碁敵、言い換えれば囲碁友達を失うなんてつまらない。でも、碁に夢中になってしまうと、つい意固地になって、その大切さを忘れてしまう。そんな人間の可愛さが描かれていた高座だった。