黒酒ひとり 桃月庵黒酒「もう半分」、そして春風亭一之輔独演会「笠碁」

「黒酒ひとり~桃月庵黒酒落語会」に行きました。「強情灸」「兵庫船」「もう半分」の三席。開口一番は桂枝平さんで「かんしゃく」だった。

「もう半分」。大師匠である五街道雲助へのリスペクトを感じる高座で、黒酒さんのポテンシャルの高さを感じる高座でもあった。

雨が降り出し、そろそろ看板にしようかという煮売り酒屋に飛び込んできた馴染み客の爺さん。「もう半分だけください」という飲み方を繰り返す癖は、自分でも「意地汚いんでしょうね。この方が沢山飲んだ心持ちになれる」からだという。「この世に極楽があるとすれば、このときばかりだ」とも言う。特別に冬瓜の煮たのを出されると、八百屋として「商売冥利に尽きる」と喜ぶ。

その爺さんが帰った後、汚い包みを忘れていったのを店主は見つける。何と50両ある。早速届けてやれねばと言うと、女房が「届けてやることないよ。お前さんはいつも、ちゃんとした暖簾で、若い衆を何人も使った店を持ちたいと言ってるじゃないか。これじゃあ、生涯そんな店を持つことはできないよ。忘れた方が悪いんだ」と亭主を唆す。亭主もその通りだと合点した。

慌てて戻って来た爺さんに対し、「包み?そんなものは見なかったよ」としらばっくれる。「大事な金なんです。ないならば自身番に届けなくてはならない。そうなると、この店にも迷惑がかかる」と言うと、店主は「こっちがネコババしたみたいじゃないか。さては強請りに来たな。お前みたいな小松菜や亀戸大根を売って歩く商売人がそんな大金を持っているわけがない」と居直る。

爺さんは元は深川で青物問屋を営んでいたが、酒道楽で後引き上戸、身を持ち崩して、裏長屋に引っ込み、棒手振り稼業に身を落とした。その姿を見かねた十九になる娘が吉原に身を売って、再び開店できるように資金を拵えてくれたのだという。娘は「もう、酒はやめておくれよ」と言っていたのに、「少しぐらい良いだろう」と思い、ふらふらとこの煮売り酒屋に入ったのだ。「娘に合わせる顔がない…」と爺さん。店主は「そんな大事な金をなぜ身体から離したんだ?忘れる方が悪い」と冷たく突き放す。爺さんは仕方なく去っていった。

店主は「奉行に訴えられたら、お白州に呼び出され、首が付いちゃいなくなるだろう」と考え、「いっそ、あの爺さんをばらした方がいい」と出刃庖丁を持って、爺さんを追った。「金はあったぜ。お前の言う金とはこれのことだろう」と言って、爺さんの前に出刃庖丁を差し出す。「人殺し!」。ここからは芝居台詞だ。金をくすねたばかりでなく、俺を殺すというのだな。知れたことよ…今降る雨が末期の水、成仏しやがれ!黒酒さん、一番の見せ場を鮮やかに魅せた。

50両をくすねた煮売り酒屋の夫婦は本所相生町に店を一軒持ち、番頭以下若い衆を数人使って、結構な繁盛を見せる。暫くして女房が身籠り、男の子を出産。だが、この赤ん坊が殺した爺さんそっくりで、女房は気絶したまま亡くなってしまった。

亭主は口入屋に乳母を紹介してもらうが、ことごとく一晩で暇乞いしてしまう。それは赤ん坊が夜中になると立ち上がり、行燈の油を飲むという…。亭主の「爺!化けたな!」に「もう半分」。殺した爺さんの祟りをしっかりと描き出す黒酒さんの手腕に感服した。

夜は鈴本余一会「春風亭一之輔独演会」に行きました。「加賀の千代」「麻のれん」「笠碁」の三席。ゲストは桂九ノ一さんが「天災」、月亭太遊さんが「山城ヨチムーランド」だった。

一之輔師匠の「麻のれん」。旦那に今晩は泊まっていきなさいと言われた按摩の杢市さんが冷えた直しを枝豆を肴に美味しそうに飲み、すっかり心を許してリラックスしている雰囲気が良い。

布団を延べた八畳の客間に行くのに、女中のお清が手を引いてあげようとするのを拒み、「音や風でこちらのお宅の間取りは判るのだ」と意地を張る杢市。自力で客間に行ったために、麻のれんを蚊帳と間違えて、一晩中蚊に食われて眠れなかったという…。そんな強情なところ、可愛いとも思う。

「笠碁」。根岸の先生に「待ったばかりしているから碁が上達しない」と言われた六さんは、竹さんに“待ったなしの対戦”を持ち掛けるが…。先に待ったをしたくなったのは六さんの方で、待ってくれないかなあという顔がとても愛らしい。

5年前の暮れの28日に竹さんが金を貸してほしいとお願いに来た。来年正月の20日までに返すという約束だったが、「2月まで待ってくれないか」と竹さんは頭を下げに来た。「そのとき、私は待ってあげたじゃないですか」と主張し、だからこの一目くらい待ってくれてもいいじゃないかと言う六さん。理屈はそうなんだろうけど、竹さんも意地っ張りだ。「その話を聞く前だったら、待ってもいいかなと思った。でも、そのことを引っ張り出してきたからには、意地でも待てない」。

さらに遡る。お互いに八歳のとき。そう、六さんと竹さんは同級生なのだ。学校の帰りに空き地で遊んでいたら、犬がやってきた。竹さんはその犬にちょっかいを出すと、犬は竹さんを追い廻し、どこかへ行ってしまった。一人空き地に取り残された六さんはそれでも竹さんが戻ってくるのを待った。雨が降ってきて、身体が濡れて風邪をひくよと近所のおばさんに言われても、「竹ちゃんを待っている」とその場を動かなかった。結果、六ちゃんは三日寝込んでしまった。それだけ待ってあげたのに、このたった一目が待てないのか!という六さんの理屈だ。それでもお互いに譲らず、結果は「ヘボ!」「間抜け!」と罵り合って喧嘩別れになる。親しい友達だからこそ、というのが伝わってくるエピソードがいい。

両者とも本当はすぐにでも仲直りして碁をやりたいのだ。竹さんが菅笠を被って、案山子みたいな恰好で六さんの店の前を行ったり来たりする。六さんもそれを目で追って、一喜一憂し、碁盤を出させたり、茶菓子を用意させたり。ポストの向こうで考え込んでいる竹さんを見つけて、早くこっちへ来ないかと期待している六さん、どっちもどっちだ。「店の前をウロウロして、目障りなんだよ!」「お前のところに俺の煙草入れがあると、煙草入れまでヘボになる!」「ヘボか、そうじゃないか、一番来るか!」「よし!」。これで円満解決。

喧嘩するほど仲が良い、と子供時代に言われたことがあるが、友情なんてそんなものかもしれない。とってもホッコリできる高座だった。