こまつ座「母と暮せば」、そして集まれ!信楽村 柳亭信楽「脱東京」「お馬さん」

こまつ座公演「母と暮せば」を観ました。僕は2018年の初演を観ている。2021年に「父と暮せば」と連続上演された再演は観ていない。だから、6年ぶりに再々演を観たことになる。

今回も初演のときと同じ富田靖子さんと松下洸平さんの組み合わせの二人芝居だ。富田さんは助産婦だが現在は休業中の福原伸子を演じ、松下さんが伸子の息子で医学生だったが原爆で亡くなった浩二を演じている。ときは長崎に原爆が投下された3年後の1948年8月9日。伸子の住む一軒家に浩二の亡霊が現れる。

この二人が思いをぶつけあうやりとりに、ときに胸をかきむしられ、ときに切ない気持ちでいっぱいとなる。愚直な言い方だが、戦争というのはなんて惨いものなんだろう、原爆なんて二度と落としてはならない…、という思いに駆られる。と同時に、母が息子を愛しむ気持ち、息子が母を思いやる気持ちはいつの世も変わらないと思う。

富田靖子さんもプログラムの中でこう言っている。以下、抜粋。

後に生まれた者が先に、ましてや人間の手で止められるはずの戦争で亡くなっていく。それが日常だったあの時代はやはり悲し過ぎます。決して許せることではないし、理解不能。それなのに当時は息子が戦争で死んでしまって辛くても、それを否定する言葉を言うことすらできなかった。それでもきっと細胞の奥底では怒りを含めて想うことはあっただろうと思うから、観てくださる方が身体のどこか片隅にでもその気持ちを感じていただけたら幸いです。以上、抜粋。

演出の栗山民也さんはプログラムの中でこう言っている。以下、抜粋。

ニュースを見ると目に飛びこんでくる風景は、瓦礫です。ウクライナ、パレスチナ、能登…。原爆投下後の長崎も、目の前は全て瓦礫だったのでしょう。劇中には、伸子がその中を、息子を探しながら歩き回ったという描写があります。これは、今のこの地球の物語なのです。原爆に関しては、東京裁判で裁かれることもなく、アメリカでは日本の暴走を止める手段だったと評価されている。けれども、あのようなものを人間の上に落とすことの異常さは、何なのだろう。この作品は何より、人間と人間が争うこと、そして普遍的で根本的な問題を問うているのです。以上、抜粋。

もう二度と戦争の兵器として原爆が使われる世の中が来ないように。私たちは声を大にして平和の大切さを訴えていかなければならないと思った。

夜は「集まれ!信楽村~柳亭信楽勉強会」に行きました。「脱東京」「心眼」「お馬さん」の三席。

「脱東京」は随分前に創作した噺らしいが、僕は聴くのは初めてだった。20年勤めた広告会社を辞め、10年前に騒がしい東京を離れて郊外の土地に越してきたという店主。青い海、広い空、綺麗な空気…時間がゆっくりと流れているこの土地で丁寧な生き方をしたい、幸せは金では買えない、自分の時間を増やしたい、この土地とともに生きていきたい…そう考えて始めたのが相席居酒屋(!)。この意外性に笑ってしまう面白さがある。

出す料理は揚げ物とパスタでいいだろう、でも父親に助言されてウインナーと枝豆を加えた。それらは全て業務用冷凍食品というのが可笑しい。「この土地とともに生きる」とか言っておきながら、地元食材は何も使っていないという…。この相席居酒屋に東京での生活に疲れた男が死に場所を探して訪ねてきた。会社の共同経営者に裏切られ、妻子には離縁され、借金だけが残った…自分は何を求めているのか、気づいたような気がする、それがこの相席居酒屋だ!この土地で新しい人生を始めよう!わかったような、わからないような理屈をこねくり回す愉しさは信楽落語の真骨頂だと思った。

「心眼」。「大山詣り」とどっちを演るか、悩んだ末の選択。「暗くなるからなあ」という信楽さんの懸念とは裏腹に良い出来栄えの高座だった。目が不自由な按摩が主人公、女房のお竹の容姿がまずいという設定などデリケートな噺ではあるが、それを丁寧に演じているところに僕は好感を持った。

「お馬さん」は今月上旬に渋谷らくごの新作ネタおろしの会「しゃべっちゃいなよ」で披露した新作落語で、僕は配信で観ていて「面白い!」と思ったが、実際に生で聴くとさらに面白くて、新作落語の才に長けているなあと改めて思った。

お父さんが高校3年生の息子トオルの“お馬さん”になっている理由が、筋が通っている。トオルが3歳のとき、ピアノ教室に行くのを渋ったときに、初志貫徹、一度始めたことは投げ出さないこと、続けることの大切さを教えようと、それから15年間、お父さんはトオルのお馬さんになっているわけだ。

だが、担任の小林先生(担当教科は化学)に「このままではトオル君がとんでもない大人になってしまう」と諭され、お父さんは決意する。「そろそろ、お馬さんを止めようと思うんだ」。その代わり、何か成果を出さないといけない…と考えたときに、競馬の天皇賞に出走して優勝するという発想がユニークで好きだ。

そして、お父さん馬は小林先生が調合した“アヤしいクスリ”を飲むことで翼の生えたペガサスに変身、並居る強豪馬たちをごぼう抜きにして天皇賞を獲得するという…。理路整然とした奇想天外とでも言えばいいのだろうか。こういう筋道がしっかりしている荒唐無稽な落語が僕は大好きだ。