さん喬・権太楼特選集 柳家さん喬「猫定」

上野鈴本演芸場八月中席八日目夜の部に行きました。今席の夜の部は吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集だ。きょうは柳家権太楼師匠が「猫の災難」、柳家さん喬師匠が「猫定」をネタ出しだった。

「洒落番頭」柳家花飛/ジャグリング ストレート松浦/「歯シンデレラ」林家きく麿/「あくび指南」春風亭一之輔/漫才 風藤松原/「鮑のし」隅田川馬石/「粗忽の使者」柳亭市馬/「七段目」露の新治/中入り/紙切り 林家二楽/「猫の災難」柳家権太楼/粋曲 柳家小菊/「猫定」柳家さん喬

権太楼師匠の「猫の災難」。酒が好きで堪らない、寧ろ意地汚いと言ってもいいかもしれない熊さんを実に愛くるしく描いている。「あの店は五合買うと、五合きっかりしか入れてくれない。だから、一合買うのに一升瓶を持っていくんだ」という台詞によく顕われている。

兄貴分が仕方なく鯛を買いに出ていくと、「どんな酒、買ってきたのかな」。“一杯だけ”湯呑茶碗に注ぐ。一口飲んで、「いい酒!あいつ、奢ったね。口当たりがいい。すいすい入る」。飲み終わって、落ち着くと、“あともう一杯だけ”。「良い酒を飲むと七十五日生き延びるという…きょうは休んで良かった!幸せ!」。後は待っていればいいのに、「あと半分だけ。あいつはどうせ一合上戸なんだ。あとハンテレツだけ。いただきまーすとちゃんと断ればいい」。だが、勢い余っていっぱい注いじゃう。口の方からお迎えだ。

「肴なんかなくてもいいんだ。塩でもいける。あいつはくちゃくちゃ、肴ばっかり食って、意地汚いんだ」。自分のことを棚にあげて、さらに自分勝手な考えが持ち上がる。「そうだ!あいつの分を取っておけばいい」。一合徳利に酒を注ごうとするが、漏斗がなくて、一升瓶から直接徳利へ注ぐがうまくいくはずがない。結局、畳に溢してしまい、その酒を手に掬って顔に塗る仕草が熊さんらしいといえば熊さんらしい。「こんないい酒、畳に飲ますことない」。さらに徳利の口まで酒が溢れているので吸うと、「みんな、飲んじゃった」。

ここで酒がほとんど残っていないことに気づく熊さん。「あれ?なんで、こんなに少ないの?一合の酒に四合の水を足したら、酒っぽい水にしかならない…実は隣の猫が…やっぱり、これしかないか!」。猫が一升瓶を蹴って、ごろごろ転がり、酒がどくどくこぼれちゃったという無茶な言い訳。「そうと決まったら、これだけ余ってても仕方ない。飲んじゃえ!」。度胸を決めて、手拭いでねじり鉢巻きして、肩脱ぎになり、出刃庖丁持って、猫を追い掛ける稽古をする熊さん…。その光景を思い浮かべるだけでも可笑しい。酒となると意地汚くなっちゃう熊さんだけど、どこか許せちゃう愛くるしさが権太楼師匠の高座にはあった。

さん喬師匠の「猫定」。どこか怪談じみているが、居酒屋で悪さを働いて殺されようとしていた黒猫を博奕打ちの定吉が引き取ってあげた。その恩を忘れない猫の忠義による仇討がこの噺の根底に流れている。

定吉が黒猫をクマと名付けて愛玩すると、クマは丁半博奕を百発百中当てて、鳴き声で主人の定吉に教える不思議な力を持つ。そのことがかえって仇となり、定吉はイカサマ博奕をやっているのでは?と嫌疑をかけられ、お奉行所に目を付けられてしまう。だから、定吉はしばらく江戸を離れることにした。

定吉が留守の間、女房のおたきは定吉の弟分・仙太と深い仲になってしまう。そのことを主人の不在を守っていたクマはしっかりと見ていた。久しぶりに定吉が戻って来て、一緒に博奕に行っても、クマは元気がなく、具合が悪いように見えたのは女房おたきの不義を伝えようとしていたのだろう。

それにしても、おたきは悪い女だ。定吉の留守中に仙太と密通していただけでなく、亭主の定吉が帰ってきても、その存在が邪魔に思えて、殺してしまおうと考える。そして、その思いを仙太に打ち明けると、仙太は当然「俺が殺るよ」と言うのは必定だ。毒を食らわば皿まで、である。

定吉はクマを抱いて、博奕場から自宅に帰る途中で仙太に刺され殺される。だが、それを天が許すわけがない。天に代わって成敗したのはクマだ。仙太の喉に噛みつき、殺す。さらに、自宅に行って、おたきを襲い、同じく喉に噛みつき、殺した。

事情を知らない長屋の衆は、定吉とおたきの棺桶を並べて通夜をおこなった。夜中に定吉の遺体とおたきの遺体が棺桶の蓋を開けて起き上がったというのも、この世の未練だったのだろう。これを上州の侍、新田新三郎が見抜いて、長屋の衆が百万遍を唱えて供養したという。定吉の枕元には、喉笛が二つ、そして血まみれの黒猫。喉笛はおたきと仙太のものだ。クマは定吉の恩を忘れずに、見事に仇討を果たしたのだ。

回向院の猫塚の由来。さん喬師匠が説得力のある高座で唸らせてくれた。