つる子の赤坂の夜は更けて 林家つる子「子別れ お徳編」
「つる子の赤坂の夜は更けて~林家つる子独演会」に行きました。「反対俥」「ギター教室」「子別れ お徳編」の三席だった。
「ギター教室」は、どくさいスイッチ企画こと銀杏亭魚折さんの作品だそう。高崎にある人気のないギター教室に新規で習いたいと、各々やって来た3人の生徒が実は…という噺。面白い!
一人目の平山さんという男性。3カ月後に控えた結婚式で「友人の余興」と偽って新郎である自分がサプライズで、新婦がいつも口ずさんでいるという♬監獄ロックを弾き語りしたいという。ちなみに新婦は父親の影響でエルビス・プレスリーの曲が好きになったそうだ。さらにちなみに平山さんは警察官、よりによって監獄ロックというのも面白い。
二人目は金子さんという女性。3カ月後に結婚して、平山を名乗るという!その結婚式で新婦から父への感謝の気持ちを書いた手紙を読むだけでは物足りないので、サプライズで父の好きなエルビス・プレスリーの♬好きにならずにいられないを弾き語りしたいという!
そして、三人目にやって来たのは金子大二郎さん。一人娘の結婚式でサプライズをしたいという!披露宴の最中はずっとしかめっ面をわざとしておいて、最後に新郎新婦が退場するところで、「ちょっと待った!」と言って、弾き語りをして驚かせたいのだという!
三人ともサプライズにしたいのでお互い極秘裏にレッスンを進めた。さぞかし講師の先生は大変だったろう。そして、結婚式当日。まず新郎の♬監獄ロックに新婦がビックリし、次に新婦の♬好きにならずにいられないに父親がビックリし、そして最後に父親が弾いたのはエディ・コクランの♬カモン・エヴリバディ!「なんだよ、プレスリーじゃないのかよ!」という衝撃は走るも、結婚式会場は大盛り上がりに!
偶々その結婚式の様子を撮影していた友人がYouTubeにアップすると、100万回再生とバズって、閑古鳥の鳴いていた高崎ギター教室は入学希望者が殺到という…。傑作だ!
「子別れ」は熊さんと別れた女房、お徳さんを主人公にしたつる子師匠のオリジナルだ。僕は聴くのが2回目だが、女性の気持ちに寄り添った噺に仕上がっていて実に素晴らしい。
息子の亀吉が遊郭ごっこと称して、花魁道中をして遊んでいると聞いて、母であるお徳は烈火の如く怒る。熊さんと離縁したのも吉原の女が原因だから、なおさらだ。でも、亀吉は「気にしているのか、お父っつぁんのこと。花魁なんかより、おっかさんの方がいい女だよ」と言う。それを聞いて母は「わかっていたんだね。今でもお父っつぁんに会いたいか?」と訊くと、亀吉は「お父っつぁんは悪い人だ。会いたいと思わない」と答える。それに対し、母は「お前のお父っつぁんは悪い人なんかじゃない。お酒が悪かっただけなんだ。本当のお父っつぁんは良いお父っつぁんなんだ」と言い聞かせるところが素敵だ。
亀吉が小林さんの坊ちゃんに眉間に傷をつけられたとき。母は真っ先に「大丈夫じゃない!誰にやられた?子どもの話に親が口出すのは当たり前だ」と息子可愛さに言ったが、亀吉が「小林さんの坊ちゃん」と答えたとき、母はさぞ悔しかったろう。文句を言いに駆け込みたい…だが、小林さんからは沢山仕事を貰って世話になっている、小林さんを敵に回したら母子二人が路頭に迷う。「痛いだろうが、我慢しておくれ」と言って、怒りをグッと肚に収めたお徳さんの気持ちを思うとやるせない。
亀吉が熊さんと再会して貰った50銭が手からこぼれ落ちたとき。母はこの50銭は誰から貰ったのかと問い詰める。父との約束通り「知らないおじちゃんから貰った」の一点張りの亀吉に対し、どこから盗んできたのか?と疑惑を抱く母の心配も良く判る。「父親がいないから、こんな子に育った」と言われないように育ててきたつもりだ。熊さんの道具箱にあった玄翁を持ち、「これはおっかさんがぶつんじゃないよ。お父っつぁんがぶつんだよ」という台詞は、あんな飲んだくれの父親でもいてくれたら…という思いがお徳に垣間見える。
亀吉が「盗んだんじゃない!お父っつぁんから貰ったんだ!」と言うのを聞いて、母は少し安堵したのだろう。さらに亀吉が言う。「お酒、やめたんだって!一生懸命働いているって。綺麗な半纏を何枚も重ねて着てたよ。お父っつぁん、カッコ良かったぜ。吉原の女もとっくの昔に追い出したって」。さらに重ねて「カッコ良かったぜ」。母は「私のことは何か言っていなかったか?」と問うと、「やっぱり夫婦だね。お父っつぁんも根掘り葉掘り、おっかさんのこと聞いていた。そして、すまねえなって謝っていたよ」。亀吉という息子を通してお互いの近況を知る。子は夫婦の鎹だ。
翌日の鰻屋。亀吉が熊さんと会っているところに、自分が乗り込んでいっていいか、店の前を行ったり来たりしながら迷っている。あの人のことを許したわけじゃない。きっとずっと許せないだろう。一緒になってまた同じことを繰り返したらどうしよう。でも、変わったというあの人が見たい。
そのとき、通りすがった魚屋のおかみさんが後押しした。「許せなくていいんじゃない?誰だって、許せないことの一つや二つあるさ。でも、一緒に暮らしている。どこの家もそうよ。ちょっとでも会いたいなら、行った方がいい」。さらに追い打ちをかける台詞が良い。「お徳ちゃんは駄目な男の面倒を見るのが好きじゃない?理屈じゃないのよね。どうしてこんな駄目な男に、こんないい人がと思うときがあるわよ」。この魚屋のおかみさん、「芝浜」の女房という設定にしているのが可笑しい。
そして、鰻屋の二階。亀吉が「また三人でご飯食べようよ!」と泣く。すると、熊さんは「俺の口から言えた義理じゃないが、また三人で暮らすわけにはいかないか?勝手なことを言っているのは百も承知だ。やってしまったことがいかに酷いことか、別れて初めて判った。許してくれとは言わないが…」。
これに対し、お徳が激しい口調で言う。「許さない!許すわけないだろう!だけど、お前さんは本当に変わったね。もう、あのときの顔をしていない。出会った頃の目をしている。本当に変わったんだね」。
亀吉含めた三人の家族はもう一度やり直せる、きっと今度はうまくいくはずだ。そう確信を持てるような図式が目に浮かんだ。