新鋭女流花便り寄席 一龍斎貞寿「東玉と伯圓」、そして談吉百席 立川談吉「試し酒」

上野広小路亭の新鋭女流花便り寄席に行きました。

「大名花屋」神田山兎/「明智三羽烏」神田おりびあ/「伊達直人」田辺いちか/「鍋島の猫騒動 佐賀の夜桜」神田紅佳/漫談 うじいえともみ/「西遊記 芭蕉扇」神田菫花/中入り/「膝枕」東家三可子・玉川鈴/和妻 きょうこ/「東玉と伯圓」一龍斎貞寿

貞寿先生の「東玉と伯圓」。松林亭伯圓の出世譚だ。芸は決して慢心することなく、努力を続けなければならない。そして、名人は一人でなるものではなく、周囲の支えてくれる人あればこそ、であるということを、この読み物は教えてくれる。

初代神田伯龍には三人の弟子がいた。上から、伯鶴、伯海、伯山。中でも二番弟子の伯海は確かな腕を持っていたが、品行に問題があった。少々天狗なところがあって、江戸以外で勝負してやろうと上方へ出た。両国の芸者のお梅が惚れていて、一緒に上方へ。名は知られていなかったが、実力があるので、しばらくすると評判を取り、贔屓客もついた。

だが、同時に悪い癖の遊びの虫が湧いて出た。博奕や遊郭に溺れ、寄席の席を抜くこともしばしば。ある日、帰宅すると、お梅は「一緒に苦労しようと言っていたのに、行く末に見込みがない。江戸へ帰る」と書置きを残して、去ってしまっていた。

これがきっかけで、伯海はすっぱりと遊びをやめて、稽古に精を出す。上方でも多くの客を取る看板になった。そして、5年の月日が経った。思い出すのは江戸のこと。師匠は?兄弟子や弟弟子は?そして、お梅は?どうしているのか。

5年ぶりに江戸へ戻る。師匠の伯龍は亡くなっていた。兄弟子の伯鶴は活動を常陸国に移した。そして、弟弟子の伯山が跡目を取り、一枚看板として一門の束ねをしていた。伯海は「取返しのつかないことをしてしまった」と悔やんだ。とりわけ、柳川という講釈場に看板を出し、大入り満員にしている伯山に先を越されたことが悔しかった。

落ち込んで蕎麦屋に入り、酒をチビリチビリやっていると、「源ちゃんじゃないか!」と店に入ってきた男がいた。当時、日本一と言われた桃林亭東玉である。伯海の愚痴を聞いた東玉は「芸人は芸だ。どこでもやっていける。江戸でやり通せばいい」と励ます。今さら、前座からやり直すことに躊躇いを感じていた伯海に対し、「芸は自信をもってやらないといけない。お前には芸がある。以前、楽屋でお前の高座を聴いたことがあるが、惹きこまれた。目の前に情景が浮かんだ。良い講釈師が出てきたと思った」と太鼓判を押す。さらに、東玉がスケで出て後押しするから、この江戸で旗揚げしてみろと勧めた。「源ちゃん、もう一遍、やってごらん」。

伯海は名前を松林亭伯圓と改め、嘉万金という寄席で興行を打つ。嘉万金の向かい側の寄席が松川で、そこでは当時飛ぶ鳥を落とす勢いがあった伊東燕凌が看板を出していたが、助演した東玉は「魚で喩えたら、燕凌が鯛なら、伯圓は脂の乗ったイキのいい秋刀魚です」と讃えた。東玉は自分の日給は一両を払うように伯圓に求めたが、それには理由があった…。

芸のある人間が死に物狂いになれば、当然良い高座になる。嘉万金の興行も最初のうちは東玉の名前で客が入っていたが、次第に伯圓の看板でお客を呼べるようになった。そして、三か月が経った。東玉が「休ませてくれないか」と切り出し、こう続けた。「よく頑張った。立派に一人でやっていけるようになった」。さらに「所帯を持たないか?お前に惚れているという女がいてね」と訊く。「はい」と答えると、「実は連れて来ているんだ」。

その女性は、お梅であった。「今でも惚れているそうだ。お前が出世するまで、茶断ち、塩断ち…厭わなかったという。大坂から出たのも、この人のためにならないと考えたからだ」。お梅が「どうか、堪忍しておくれ」と言うと、伯圓が答える。「お前のお陰で今の俺がいる。礼を言わなきゃいけないのは、俺の方だ」。

東玉は「所帯を持つ足しに」と持参金百両を渡す。「俺のスケの給金だ。金が溜まると、また遊んじゃうといけないと思ってね。よく頑張った」。何という愛のこもった言葉であろう。大人物である。伯圓は「先生の思いに応えなければ」と、より一層稽古に励んだという。素敵な読み物だった。

「談吉百席~立川談吉落語会」に行きました。「天災」「ゆかり姫」「試し酒」の三席。

「ゆかり姫」は今月17日の「渋谷らくご 談吉イリュージョン」でネタ卸しした新作。初演よりも言葉が整理されて、より一層シュールな面白さが際立つようになっていた。お爺さんが竹藪で発見したかぐや姫のような赤ん坊、名前を「縁(ゆかり)」と付けたが、育てていくうちに人間離れした顔立ちになるが、兎に角可愛い。お婆さんが持っていた「鳥獣戯画」から、この子はコアラであることが判るが、その可愛さから“絶世のコアラ”と評判を呼び、近郷近在のみならず遠方からもその尊顔を拝みたいという人が絶えないという…。

そんな可愛いゆかりとも別れのときが訪れる。「私はオーストラリアに帰って、私たちコアラの絶滅を阻止しなくてはならない使命があるのです」。ゆかりはオーストラリアのコアラにとって“希望の種”“光の結晶”なのだという表現が今回は入って、わかりやすくなった。そして、神輿を担いだコアラの群れがゆかりを乗せてオーストラリアに向かっていく…。そして、ゆかりが裏の繁みに残した糞の処理をすると、それは金銀財宝だったという…。何ともロマンチックでファンタジーな新作落語として光を放っていた。

「試し酒」、ネタ卸し。酒豪の久蔵の飲みっぷりが愉しい。一杯目は息もつかずに夢中で一気に飲み干し、「味も何も判らない」。二杯目からは味わって飲むというが、「これまで飲んだことがない美味い酒だ。旦那、この前の酒は良くなかった。うちの酒もこれに変えるべ」と言っているうちに、スルスルと酒の方から口に飛び込んできて止まらない。いつの間にか飲み干している。

三杯目は久蔵のお喋りが愉しい。「一番好きなのは?」に、「やっぱり金だ…溜めるだけ溜めて、そっくり酒にして飲んでしまう」。「オラの国から酒呑みが出た、丹波の大江山の酒吞童子を知っているか?、オラの親戚だ…嘘だよ!」。都々逸も出る。お酒飲む人、花なら蕾、きょうも咲け咲け、明日も咲け。酒は米の水、水戸様は丸に水、意見する奴は向こう見ず!

四杯目は旦那二人が「勝負はこれからですよ。餅の大食いなんかでも、最後の一個、二個で苦しむもの」と言っているうちに、「あれ、飲んじゃった!?」。

で、五杯目は「お互い気を揉むといけないから、早いところ片付けちゃいましょう」と言って、事もなげに一息で飲み干してしまう。天晴れ、久蔵。談吉さんの軽快な噺運びで愉しく聴かせてくれた。