志の輔noにぎわい 立川志の輔「柳田格之進」

「志の輔noにぎわい~立川志の輔独演会」に行きました。「そば清」と「柳田格之進」の二席。ゲストは漫才のカミナリ先生、開口一番は立川志の彦さんで「元犬」だった。

「柳田格之進」。萬屋の番頭の源兵衛が主人の萬兵衛に、「石川様からのお掛け50両をどうしましょう?」と問うことで、50両を紛失したことが発覚するところから噺が始まるのが“志の輔らくご”の特徴だ。

常日頃から主人が歓待している浪人、柳田格之進を疎ましく思っている番頭は、この50両を「柳田様がご存知では?」と疑うが、萬兵衛は「言って良いことと悪いことがある。柳田様は立派な方だ」と否定し、なおも番頭が「立派な方が浪人しますか?かなりの貧乏暮らしをしています」と食い下がる。すると、萬兵衛は「余計なことを言うんじゃない。二度と口にするな。この50両は私の帳面に付けて、私が使ったことにしなさい」と一喝する。

腹の虫が収まらないのは番頭だ。自分はこの店に30年奉公してきた。それに比べて、柳田様は最近になって懇意になった浪人。どちらを信用するというのだ?男の嫉妬である。そうだ、私が柳田様のところに行って尋ねればいい。番頭は翌日、柳田宅へ出向く。

番頭が「50両がなくなった。色々と探したが、出てこない。ひょっとしたら、柳田様がご存知ではないかと…」。柳田は「わしが盗ったと申すか?」「酔っていらしたので、煙草入れかなにかと間違えて持ってきた…」「黙れ!酔っても、煙草入れと50両を間違える奴がいるか!帰れ!もう萬屋には行かん!」と激怒する。

これに対し、番頭も負けていない。「私は小僧ではありません。萬屋の番頭です。50両という大金、紛失したとあれば届け出ます。役人が調べに入り、柳田様のところにも来るかもしれません。そのことはご承知おきください」。すると、柳田の態度が一変する。「待て!…わかった。その50両、拙者が出そう。断っておくが、全く身に覚えはない。神や仏に誓っても盗ってなどいない。その場に居合わせた身の不幸と思って、出そう。今はない。明日、昼過ぎに来なさい」。

このやりとりを聞いていた娘の絹の聡明が心を打つ。「父上、お腹を召すことだけはおとどまりください。あらぬ疑いを掛けられ、武士の赤き心を示そうとお考えかもしれませんが、それは無駄です。相手は商人です。盗んだことを認め、腹を切ったと思われるのが関の山です」。父である柳田は「お前にだけは嘘はつけないな。思えば武士が寄ってはいけない商人の家に出掛けたのがいけなかった。少々、行き過ぎた。元の殿に申し訳が立たない。よって腹を切るのだ」。

すると、絹は進言する。「ご離縁をお願いしたい。柳田の娘のままでは何もできない。離縁して町娘となれば、吉原に身を沈めて50両を拵えることができましょう」。そして付け加える。「盗らぬものは必ず出ます。そのときには萬屋の首を刎ねればいいのです」。柳田が「絹は言ったことは毛頭変えぬのう。それは亡くなった母の血なのか、はたまたわしの血なのか」と言うと、絹はつかさず「私は柳田の娘でございます」。この言葉で父である柳田は娘の堅い決意を認め、納得したのだろう。

それに比べて番頭の「もし50両が出たなら、こんな汚い首で良かったら差し上げる。それでも足りなかったら主人の首も差し上げる」という台詞の軽率よ。手柄を立てたと思い込み、主人の萬兵衛のところに「50両が出ました!柳田様のところにありました」と報告するが、主人が喜ぶわけがない。「取りに行ったのか?このバカ野郎!誰が頼んだ?いいんだよ。お前は本当に嫌なことをする男だな。あきれ返って、モノが言えない…良き碁の友を失ってしまった」。萬兵衛にとっては、50両なんかより柳田様との絆の方がよっぽど大切だったのだから。番頭の嫉妬は罪である。

そして、暮れの大掃除のときに離れの額の裏から紛失していた50両は見つかった。翌年正月四日。年始廻りをしていた番頭は湯島切通の坂で、見事に帰参が叶い、江戸留守居役150石取りに出世した柳田格之進と出会う。そして、例の50両が見つかったことを報告する。そのときの柳田、「出たか!出たか!出たか!50両が出たか!何ときょうは吉日であることか。よくぞ申した」。番頭を責めることよりも、「必ず出る」と絹が言っていた「50両」が出てきた喜びに浸っている姿が美しい。

翌日、柳田は娘の絹を伴い、萬屋を訪ねる。「御出世おめでとうございます」。そして、主人の萬兵衛が番頭を庇う。「すべては私が行けと命じたことです。番頭は言われた通りにしただけのこと。どうぞ私の首を刎ねてください」。すると、番頭の源兵衛が主人を庇う。「私が勝手に伺って言いたいことを言ったのです。後で主人に鬼のような形相で叱られました。私の情けない焼き餅です。どうか私の首を刎ねてください」。

柳田が言う。「黙れ。今さら抗弁して何になる。あの50両、どうやって拵えたか、判るか。わが娘が二日とはいえ、吉原に身を落として拵えたのだ。娘に相すまん。覚悟いたせ!」。そう言って柳田が振り下ろした刀は萬兵衛の首でも源兵衛の首でもなく、碁盤を真っ二つにした。

「案ずるな、絹。主従の情に心が揺らぎ、少々手元が狂った。改めて覚悟をいたせ」。そう言う柳田を絹が制する。「父上、何をなさいます?今、二人をお斬りになりました。お見事でした。ありがとうございます」。「許すのか…そうか、許してやる。絹は柳田の娘じゃのう。両名の者、詫びは叶ったぞ」。

主人の萬兵衛が「長いことお借りしていた50両です」と柳田に50両を渡すと、柳田は「わしも詫びねばならぬ。碁盤を斬ってしまった」。萬兵衛は「もう二度と碁はやりません。人生最後の白い黒いがつきました」。

「柳田格之進」において悲劇のヒロインである絹が、憤る父親を制して、萬屋の主人と番頭を許す。罰を受けるべき二人は十分に反省していることを覚った上での、絹の判断だったのだろう。「さすが、柳田の娘」という印象だ。この噺が演じられるときにしばしば起きるモヤモヤが志の輔師匠の演出では綺麗に解消されている。素晴らしい高座だった。