追悼 三代目林家正楽「何でも切ります」

「東京かわら版」6月号の「追悼 三代目林家正楽『何でも切ります』」を読みました。

当意即妙という言葉がぴったりの寄席芸人だった。紙切りの林家正楽師匠が1月21日に亡くなった。「職業病です」と言いながら、ゆらゆらと揺れ、飄々とお客さんの注文に応えて形を切り抜く名人芸。僕が寄席で出したお題に対し、そのイメージを遥かに超えた作品を僅かな時間で完成させてくれる高座にいつも感嘆し、敬意を表した。そこには正楽イズムとでも言うべき美学があったように思う。

「追悼 飲み友座談会」で、太神楽の鏡味仙志郎師匠は父親の仙三郎師匠が正楽師匠と懇意にしていたため、“一楽おじちゃん”が可愛がってくれて、色々と切ってくれたと語る。

ちゃんとした「忍者ハットリくん」と「藤娘」を切ってくれたのは実家にありますよ。本当にね、上手なの!ちょっとでも違うと子供は「違う!」ってなるじゃない?テレビで出てくるハットリくんそのまんまの完璧なハットリくん。感動ですよ。

「正楽師匠とわたし」の中で、橘家文蔵師匠は10年以上前にトリが柳家花緑師匠で、ヒザが正楽師匠、ヒザ前で自分が出番というときに、正楽師匠が来ないというハプニングがあったとコメントしている。

繋ぎきれなくて高座下りたら前座が「まだ来てません」って言うから仕方なしに「それじゃ紙とハサミよこせ」って、また高座上がったら客が驚いてたっけ。「ハサミ試しに三角定規を切ります」ってただ紙を三角に切ったのをOHPで見せたら客がひっくり返って笑ってたっけ。けどまだ来ないから、例の「職業病です」とか「袋が中々破けないからハサミで切れ」のクスグリ全部やりながら「次は分度器を切ります」って(笑)。切ってるうちに師匠が登場して分度器の続き切ってた。

後で楽屋で「ありがとう」と言われ、1万円くれたので、そのお金で師匠とモツ焼き屋で飲んだのが良い思い出だと振り返っていたのが印象的だ。

「林家楽一から見た師匠」で、楽一さんが語っている入門の経緯と、その後の師弟関係も、いかにも正楽師匠らしくて素敵である。

皆さんが想像しているような師弟関係でなくて、学生の頃から紙切りを教えてもらって、そのままぬうっと入っちゃったんです。気にはなっていたみたいで、私の浅草の高座を混んでる客席の後ろで師匠が見てたことがあるんですけど、私は眼鏡をかけているから見える。手が震えましたよ。後で会うと「今日何切ったのー」って。いや、見てたでしょ(笑)。

平成22年2月号の「今月のインタビュー」を読み返してみたら、いかにも正楽師匠らしい紙切りに対するスタンスが出ていて興味深かった。

今年最初の、東洋館での注文は「ストリッパー」でした。「ああ、このおじさんはフランス座に通った人なのかなあ」とか思いながら(笑)。実に楽しく切りましたね。(中略)客席に子どもとか女性とかいろんなお客さんがいるから、いやらしくなく、ストリッパーだって思わせなきゃいけない。そういう工夫は楽しいです。

伝統芸能としての紙切りを大事にする、その一方で流行りものも勉強しなくてはいけない。このバランスが絶妙だったのが、正楽師匠の芸ではないか。同じインタビューでこうも語っている。

ある程度の形があるものっていうのは型として師匠から全部教わってるわけですよ。踊りでもお芝居でも。それは見た目がいいんです。例えば「藤娘」や「弁慶」を知らない人でも「いい形だな」って思う。そういう形のいい注文が出るとこっちも気持ちいいの。(中略)でも最近、「藤娘」とか「弁慶」とか、あと「助六」とか、そういう注文がまた減っているのね。それはもっとこっちが見せていかなきゃいけない。

テレビ番組や有名人とかの注文が多いんだけど、あんまり切りたくないんです。でもしょうがない、時代がそうだから。切れなきゃいけないんですけどね。それらしくは切りますけど。今はお芝居なんか観に行くのは限られた人達で、それよりテレビでアニメ見ている人の方が多いから、そういう注文が出るのは自然なことなんだよね。以前は「セーラームーン」の注文が多かったけど、今は「プリキュア」。俺最初「ブリキ屋?」って聞き返しちゃったもん(笑)。

そういう時代の流れに乗りながらも、自分としての美学を貫いているのが、正楽師匠の紙切りだったように思う。2015年に出版された新倉典生著「正楽三代 寄席紙切り百年」にこんな記述がある。

客席から「矢ガモ」という声がかかった。少し顔をしかめた彼は、下座のお囃子にあわせていつものように体を揺らし、白いケント紙を切り始めた。そして、切り上がった「矢ガモ」を見せながら、「ここだけでも、矢をとってあげましょう」と言いながら、矢の部分を鋏でパチリと切り落とした。観衆から割れんばかりの拍手が鳴った。矢の抜けた「矢ガモ」を客席に見せている彼が、当代、三代目林家正楽である。

またこんな記述もあった。

東日本大震災の直後に津波のリクエストがきたときは、津波にあっても残った「奇跡の一本松」を切り、大地震と言われたときには、「祈る人」と「飛び立つ鳩」を切り、「リストラ」と言われたときは「リス」と「トラ」を切った。

「何でも切ります」。これこそが正楽師匠の美学なのだと改めて思う。東京かわら版の平成22年2月号「今月のインタビュー 林家正楽」と令和6年6月号「追悼 三代目林家正楽」、どちらもサブタイトルはこの「何でも切ります」だった。

一演芸ファンとして、感謝申し上げます。ありがとうございました、正楽師匠。