新鋭女流花便り寄席 一龍斎貞鏡「紺屋高尾」、そして喬太郎・文蔵二人会 橘家文蔵「寝床」

新鋭女流花便り寄席に行きました。

「葛飾北斎 九十三回の引越し魔」神田おりびあ/「子ほめ」立川談声/「一心太助 大久保彦左衛門との出会い」神田桜子/「木村長門守の堪忍袋」田辺凌天/漫談 なっきー/「北条政子」神田蘭/中入り/「伊東の恋の物語」天中軒すみれ・沢村道世/「厩火事」三遊亭遊かり/ものまね 江戸家まねき猫/「紺屋高尾」一龍斎貞鏡

すみれさんの「伊東の恋の物語」。新内流しをしている清吉とおみのの兄妹が酔漢に絡まれているところを救った財産家で画家の大下慎太郎。慎太郎とおみのはやがて恋に落ちるが、清吉は身分違いだと許さず、伊東の地を去ってしまう。慎太郎はおみのを忘れられず、伊豆大島まで探しにいく…。

慎太郎が東林寺和尚に託した手紙と肖像画を受け取ったおみのは、慎太郎を追って、嵐の中を小舟に乗って大島まで命懸けで出向く。このことを頼朝を慕った八重姫にオーバーラップさせ、清吉は「女の幸せをふみにじってはいけない」と思い直す。そして、おみのと慎太郎の恋は成就する…。岩をも通す女の一念が伝わってきた。

貞鏡先生の「紺屋高尾」。三浦屋の高尾太夫に恋煩いをした久蔵を立ち直らせたのは、医者の竹之内蘭石先生の「3年働いて10両稼げ。そうすれば高尾に会わせてやる」という言葉。藪医者どころか、メンタルヘルスにおいてはあながち名医かもしれない。

3年後に9両貯めた久蔵に対し、女将さんが「よく頑張った」と言うのも良い。両親を早くに亡くし、自分の息子のように育てた久蔵は「酒も女も博奕もやらない」真面目一徹の男。それゆえに亭主に「行かせてやってください」「男にさせてやってください」と頼む母性というのが働いたのだと思う。

流山のお大尽という触れ込みで晴れて高尾太夫に会うことが出来た久蔵。だが、高尾に「今度いつ来てくんなます」と訊かれ、嘘偽りを言うことができないのは真面目な性分ゆえで愛おしい。「すまねえ、嘘をつきました。あっしは紺屋の職人です。3年前に花魁道中を見たときに、こんな綺麗な人がいるのかと思いました。以来、食うものが喉を通らない。10両貯めたら会えるということを励みに働きました。今度会えるのは3年後です。だけど、花魁はもうこの里にはいないかもしれない。どうかお元気でいてください」。

この愚直なまでの正直に高尾は心を揺さぶられた。「3年も思い詰めてくれたのですか。本当ざますか?あちきは真実、嬉しゅうござんす。あちきは来年3月15日に年季が明けます。そのときにあちきを女房にしてくんなまし。必ず主の許に行きます。浮気をせずに待っていてくんなまし。これが夫婦になる証ざます」と言って、頭の簪を渡した…。傾城に誠なしとは誰が言うた、誠あるほど通いもせずに。素敵な高座だった。

夜は新宿末廣亭へ移動して、柳家喬太郎・橘家文蔵二人会に行きました。中央線で人身事故が発生したため、喬太郎師匠の楽屋入りが遅れ、文吾さんが二席目を演ってつなぐというハプニングもライブならではの魅力だ。

「道灌」柳家おい太/「唖の釣り」橘家文吾/「スナックヒヤシンス」橘家文蔵/「まさたか」橘家文吾/「やとわれ幽霊」柳家喬太郎/中入り/対談 喬太郎×文蔵/「普段の袴」柳家喬太郎/アコーディオン漫謡 遠峰あこ/「寝床」橘家文蔵

文蔵師匠の「スナックヒヤシンス」は林家きく麿作品。「まだ肚に入っていない」と積極的に自分のモノにしようとしている姿勢が素敵だ。ジュンコとアキコの「はじまるよ!はじまるよ!ヤマダの悪口はじまるよ!」の耳の裏が超臭いとか、財布がぬるっとしているとか、ポロシャツがピチッとしているとか、きく麿ワールドを文蔵師匠が演じると、また違った面白さがある。ヤマダとヒロコがデュエットする♬恋の発車オーライも愉しそうに歌っていたね。

喬太郎師匠の「やとわれ幽霊」。自分たちの母校が廃校になって壊されると聞いて、真夜中に忍びこむ3人組…、そこで出会った“学校そのものの幽霊”にノスタルジーを毎回感じる。初恋だった教育実習で来ていたサトミ先生、厳格だった体育教師のセキ先生、どの生徒にも優しく接してくれた保健室のハシモト先生…。こうした先生に抱いていた憧れを幽霊が一人芝居で崩壊していく様子が愉しくもあり、哀しくもあり。

幽霊の「この学校も廃校にならなかったら今年で100周年だった。残したい気持ちは判るが、そろそろ成仏させてやってくれ。皆の思い出の中に生きていればいい」という台詞に添えて、「過去にいつまでもしがみついていては駄目だ。あなたたちにはまだまだ未来があるじゃないか」というメッセージが心に沁みた。

文蔵師匠の「寝床」。豆腐屋のがんもどきの製造法のディテールの面白さ。ゴボウは削ぐように切って、銀杏は殻炒りして皮を剥くのが大変、しその実のない時期は塩漬けを買って来て塩抜きをするが、水を多く含んでいると火を通したときにバチバチ!と撥ねてしまう…。小池百合子と蓮舫は都知事選出馬、トランプは有罪判決だから欠席というのも可笑しい。

機嫌を損ねた旦那を説得する番頭の佐兵衛のところ。芸惜しみですか?長屋の衆が旦那の義太夫を聴きたいと集まっています。民の声が聞こえませんか?と言って、聞―かせろ!聞―かせろ!と要求が手拍子とともに沸き返り、「隣町から援軍が」と言って、太鼓を鳴らして、客席が一体となって手拍子する演出は大いに盛り上がった。私が許しても、天が許しません!

ある長屋の男は3歳の子どもに来るのを止められたそうで、「ちゃん、どこへ行くの?」「寄り合いだよ」「嘘だ!ギダタンに行くんだ!ギダタンに行ったら殺されちゃうよ!」と言われたのを後ろ髪引かれる思いで出掛けてきたとか。

新顔の男は「私、義太夫は好きですから楽しみに来た」と平気な顔をしているので、「皆も義太夫は好きだけど、旦那の義太夫は違う」と言って、「落語は好きだけど、三平や木久蔵の噺は聴けないのと同じ」と説得しているのも笑った。

96歳になる斎藤さんの婆さんは、3年前に「耳が聞こえないから」という理由で最前列で聞かせたら、聞こえないはずの義太夫が聞こえちゃった。婆さんの胸には義太夫が直撃した痣がある。この長屋で被爆者手帳を持っているのはあの人だけというのも面白い。

簾内から聞こえる旦那の義太夫に「伏せろ!」。屋根から瓦が落ちてきた音がする。芋の煮っころがしを取ろうと二百三高地のように匍匐前進して芋を取ったのは良かったが、その後に油断したところを義太夫が直撃して、その場に倒れ込む。もはやここは戦場という表現がピッタリの抱腹絶倒の高座だった。