泉岳寺講談会 宝井琴凌「梶川の屏風廻し」、そして柳家の一族 柳家喬太郎「伊勢屋の一族」
泉岳寺講談会に行きました。今回は梅湯改め四代目宝井琴凌真打昇進襲名披露興行を兼ねた会だ。
「わんぱく竹千代」神田鯉花/「亀甲縞大売出し」一龍斎貞寿/「雁風呂由来」神田松鯉/中入り/口上/「野手一郎」宝井琴梅/「梶川の屏風廻し」宝井琴凌
口上の司会は貞寿先生。自分が二ツ目のときに入門してきて、当時から体格も大きく、風格があったと。また、大らかな性格で、先輩方の着物をハンガーに吊るすのに、曲がっているのを見て「了見まで曲がっていると思われるよ」と注意したら、「姉さん、面白い。はっはっはっ!」と動じないのに驚いたそうだ。
松鯉先生。師匠の琴梅先生とは若い頃からよく飲んだけれど、「琴凌さんのことはよく知らないので、東京かわら版で調べました」と正直に告白。山形出身だと知って、上杉鷹山の言葉、「成せば成る。為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」を引用し、命懸けで一生懸命やれば必ず実ると激励した。また、「珍しい連続物を開拓したい」という琴凌さんの意気込みについて、「非常に嬉しい。連続物は講談のバックボーンですから」と微笑んだ。また一つ増えて嬉しい寄席幟。
琴梅先生。32歳のときに入門志願に来た。芸事は十代のまっさらの状態だと素直に吸収する。あまりに遅すぎるので、断ろうと思いながら、話を聞いたら、琴柳先生に惚れて5年間追っかけをしていたという。その熱意と講談をやりたいという志にほだされて、入門を許した。あれから14年、よく辛抱した。琴凌は酒のお燗をつけるのが実に上手い。丁度良い人肌。酒好きの私の伴として、よく付き合ってくれたと褒めたのも、いかにも琴梅先生らしい。
琴凌先生の「梶川の屛風廻し」。浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に及ぶのを後ろから抱きかかえて止めた梶川与惣兵衛は褒美として500石加増され、1200石取りになった。一方、浅野の小刀を奪い取った茶坊主の関久和も褒美を下されたが、「浅野様に申し訳ないことをした」と、これを辞退した。実に好対照で、梶川は評判が悪く、世間はいかに浅野贔屓だったかが良く判る。
世間の声など耳に入らず、有頂天になっていた梶川が鼻をへし折られるという読み物だ。最初、老中筆頭の秋元但馬守に挨拶に行くと、源頼朝の富士の巻狩の屏風絵を見せられ、この中で「花も実もある情けのある武士は誰だか判るか」と問われる。返答に困っている梶川を見て、曾我兄弟が工藤祐経を仇討した「曾我物語」を読み聞かせ、曽我兄弟を見逃した御所五郎丸の情けを懇々と説き、「お前のような武士の情けが判らぬものは大嫌いだ!」と梶川は出入り止めを食らってしまう。
同様に土屋相模守のところに行っても、同じ屛風絵を見せられ、「武士とはかくありたい。お前のような己だけ良ければよいなんていう男は去れ!」と言われる。稲葉丹後守のところにも、同じ屛風絵があり、何も言わずに立ち去ろうとする梶川に「挨拶もせず去るとは失礼だ!」と説教を食らう始末。梶川が訪ねそうなところに、この富士の巻狩の屏風絵を廻して嫌がらせをしようと老中たちが申し合わせをしていたのだ。
これにはさすがの梶川も参った。武士の情けを無視して、浅野殿を抱きかかえて吉良殿を守ったのは間違いだった…。そう悟った梶川は隠居してしまったという。それだけ世の中は浅野贔屓で、仇討本懐成就を願っていたかがよく伝わる外伝だった。
夜は中野に移動して、「柳家喬太郎トリビュート 柳家の一族」に行きました。小太郎さんや美馬さんが喬太郎作品を演じるという趣向だけでなく、喬太郎師匠が「犬神家の一族」を意識した創作落語をネタ卸しするというビッグプレゼントが待ち受けているとは!橘蓮二さんのプロデュースの素晴らしさを思った。
「元犬」柳亭市助/「銭湯の節」柳家小太郎/「午後の保健室」鈴々舎美馬/中入り/漫談 寒空はだか/「伊勢屋の一族」柳家喬太郎
小太郎さんの「銭湯の節」。大学で落研だったというメグちゃんが、おじさんの前で披露する「芝浜」が愉しい。「三木助で覚えた」というメグちゃんに、「三木助にも圓朝にも失礼だ!ファンシーで、海がピンクに見えるよ!」というのが可笑しい。社内でプレゼンするメグちゃんの、♬お粗末ながら~、♬お時間まで~と始めた常務への直訴の件、浪花節テイストをちょっぴり感じて、嬉しかった。
美馬さんの「午後の保健室」。校長先生実は中3のエンドウ君とヤマザキ君実は校長先生の逆転の面白さは喬太郎のマインドを踏襲していて楽しい。そして、新たに加えられた登場人物、体育の時間に膝を擦りむいたとやって来たブルマを穿いた女子生徒実はスギモト君(男子生徒)が掲げる「ブルマ復権」が最高だ。今は女子生徒は皆、ハーフパンツになってしまったのもあるけど、スギモト君が唱える“ジェンダレス”が現代の風を吹かせていて、とても良いなあ。
喬太郎師匠の「伊勢屋の一族」。「短命」の「伊勢屋の旦那がまた死んだ」真相を金田一耕助風の男が究明していく推理小説風なスタイルが素晴らしい。
伊勢屋は小僧を置かずに、口入れ屋からある程度成人した人間を奉公人として雇っていた。その奉公人は店に同居せず、大旦那が持っていた長屋に全員住まわせていた。番頭は大変に忠義な男で、その番頭だけはたまに店に残って夜遅くまで仕事をしていることがあった。お嬢様は年頃になると、両親の寝る母屋ではなく離れで寝ていた。大旦那の死因は心臓が弱かったこと。最期に番頭に「この家を頼む」と言い遺して死んだ。
ここからは推理だ。大旦那も女将さんも、性欲が強くて夜の営みが激しかった。だが、大旦那が心臓が弱いために、番頭が女将さんの相手をすることがあった。それも忠義心が強かったからこそ。そして、お嬢様も女将さん譲りで性欲が強く、番頭が相手になることもあった。相性も良かった。だから、大旦那は番頭を婿に迎えても良いと思っていた。だが、番頭は忠義心ゆえに、本家の後を継ぐことは固辞し、暖簾分けを望んだ。
そこで、番頭は廓に通い、そこで働く女郎たちから“精力が強い男”を紹介してもらう。一人目の婿、二人目の婿、三人目の婿、まるで違うタイプだが、共通しているのは「精力絶倫」ということだ。だが、お嬢様の方が性欲が強く、3人の男たちは死んでしまった。番頭はお嬢様を殺人犯にしてしまった、申し訳ないと思っている。
だが、違った。あの3人は岡場所で悪いことをしてきた男で、つながっていたのだ。ひょっとすると、お嬢様もどこかへ売られてしまった可能性だってあった。しかし、罰が当たった。
女将さんが世を儚んで、井戸に身を投げた。後を追おうと番頭が飛び込もうとするところを金田一耕助風の男が止めた。女将さんは三日で息を吹き返した。良かった。これでやり直せる。男は「この店の屋台骨を背負うのはあなたですよ」と番頭に言い残す。番頭が「あなたの名前は?」と問うが、答えずに黒いマントを羽織って去って行った。
すべてを再現できていないので、不完全なあらすじになってしまったが、兎に角、喬太郎師匠が古典落語「短命」の不可解な謎に迫る創作を聴かせてくれたことに感謝したい。