ザ・柳家さん喬「双蝶々 雪の子別れ」、そして林家きく麿「何でもいい」

大手町独演会「ザ・柳家さん喬」に行きました。「夢の酒」「おしゃべり往生」「双蝶々 雪の子別れ」の三席。開口一番は柳家小きちさんで「金明竹」だった。

「双蝶々」60分長講、素晴らしかった。湯島切通片町のあたりが大根畑と呼ばれていた頃、そこに住まう八百屋の長兵衛は気立ての良い男だった。早くに女房を亡くし、後添えにおみつという女性を貰った。先妻との間の息子である長吉は父親とは正反対の悪い性質で、継母のありもしない悪口を言って、酔った長兵衛が女房に乱暴するようなことも多かった。また、お稲荷様の賽銭箱からカブト虫を使って、賽銭を盗んだり、魚屋の干物や天婦羅屋の屋台の売り上げを泥棒したり、ととんでもない悪さであった。「このままだとろくな大人にならない」と、大家さんの口利きで黒米屋の池田屋に奉公に出す。

奉公先では「目先が利く」と重宝がられたが、番頭の権九郎は長吉の本当の顔を見抜いていた。毎晩、湯屋の帰りが遅い長吉を怪しみ、後を付けてみると、法徳寺あたりで悪い男とグルになり、追い剥ぎを働いている現場を目撃する。店に帰って長吉の柳桑折を検めると、中から高価な煙草入れや革財布、簪、それに10両包みまで出てきた。

番頭は長吉を問い詰める。長吉は最初はしらばっくれていたが、次々と証拠を出され、罪を認める。「二度とこのようなことはしない」と約束、旦那に注進することは免れた。ここからは番頭との駆け引きだ。権九郎も悪い奴だったのだ。吉原の吾妻花魁に執心しているが、どうやら店の若旦那が身請けするらしいという噂を聞いた、ついては先に身請けしたいので100両が欲しい、女将さんの寝間の洋箪笥に100両が入っているから、それを盗んできてほしいと長吉に頼むのだ。

長吉はこれを引き受け、腹痛を装って、上手に女将さんから薬の入っている洋箪笥の鍵を受け取り、100両盗むことに成功する。だが、このまま番頭に渡すのは悔しい。番頭を殺して、100両は自分のものにして逃げ出そう!そう思い付きたときに、厄介なことにその悪巧みを定吉に聞かれてしまった。

長吉は定吉に掛け守りを作ってやると騙し、寸法を測るふりをして、手拭いで定吉の首を絞めて殺してしまう。さらに、100両の受け渡し場所である六条御門に九ツを合図に権九郎と会うが、その権九郎を短刀で差して殺してしまう。都合2人を殺した長吉は100両を懐に入れて、江戸から逃げた…。

長吉の犯した罪を知り、父親の長兵衛は「何ということをしてくれたんだ」と憤慨、「奉公先を紹介してくれた大家さんと、奉公先の池田屋の主人に合わせる顔がない、申し訳がない、お詫びの言葉もない」と大根畑を夜逃げし、本所の番場に住まう。と同時に、長兵衛は重い病を患い、寝込んでしまう。

女房のおみつは長兵衛の平癒を願って観音様に願掛けに行くと偽って、おこもさんになって、物乞いをしている毎日だ。「長々亭主に患われ、難儀をしております。お恵みを…」。ある雪の降る晩、頬被りをした男が3両を恵んでくれた。筑波おろしが吹き、提灯の火が燃え移ると、顔が判る。「長吉かい?」「おふくろか!」。長吉は今は奥州石巻で魚屋を商っている、ちゃんに会いたくて江戸に出てきたと話し、「堪忍してくれ。ちゃんをお前に取られると思い、辛く当たったんだ」と過去を詫びる。

おみつはここで袖乞いをしていたことは内緒にして、「ちゃんに会っておくれ」と家に連れて行く。「お前さんが会いたいという人をお連れしたよ」「どこのどなただい?」「ちゃん!元気そうじゃないか」「年を取ると声だけでは判らない。どちら様?」「長吉だよ!」。咳き込む長兵衛。

長吉!よくもおめおめとツラを出せたな。大根畑の大家さんや池田屋の御主人に顔向けできるのか。仕事をすれば、ちゃんとした真人間になると思っていたのに。100両盗んで、人を殺して、江戸から逃げて。俺もおっかあも切ない思いをしてきた。それがわかるか。逃げるようにあちこちで暮らして、どれだけ辛い思いをしたか。情けない。この辛さがわかるか!

長吉が答える。「わからないわけじゃない。気づいたら、思いもしない方へ行っていた。堪忍してくれ。この通りだ」。そして、懐から50両を取り出し、「これで良い医者に診てもらい、良い薬を買って、身体を治してくれ」。長兵衛は拒む。「いらない、そんな金。持って帰れ。どうせ不浄な金だ」。

長吉が「俺には似ない心優しい養子を見つけてくれ。きっと大事にしてくれる」と言うと、長兵衛は「もう二度と悪いことはしません、となぜ謝らない」。長吉の「男には男の義理がある」に、長兵衛は「親の義理より、盗人の義理が大事なのか」。長吉は「下手に出れば、つけやがって!この金はここに捨てる。拾いたければ、拾え!あばよ!」。

長兵衛は「長吉、待て。わかった。この50両は貰う。その代わり、一日でも長くこの娑婆で生きていろ。男の義理もあるのだろう」。長吉は「ちゃん、すまねえ。俺は奥州で子分60人を抱えている。俺一人が足を洗うことができないんだ。堪忍してくれ」。

長兵衛は大根畑の大家さんから貰った羽織を長吉に渡し、「これで千住の橋を渡れ。一日でも長く娑婆にいろ…もう一度、顔見せろ」。長吉、「ちゃんのことは頼んだ。あばよ!」と言って、吾妻橋へ。

雪の相方が鳴り、芝居台詞が決まる。さん喬師匠の落語の美学の真骨頂だ。「親子は一世といいながら、儚いものだ」。そして、御用提灯が長吉を取り囲む…。素敵な演出の「雪の子別れ」だった。

夜は巣鴨に移動して、「きく麿のタナタナ大根ネタおろし~林家きく麿勉強会」に行きました。「あるあるデイホーム」「暴そば族」「何でもいい」の三席。開口一番は林家十八さんで「ディズニー行きたい」だった。

「あるあるデイホーム」。さくらんぼの里で茶飲み友達に取り囲まれていたタケさんが、元芸人の男に女性の人気を奪われ、淋しい思いをして悔しいところ、とてもよく表現されている。「笑いで取り戻す!」と意気込んで、“あるあるネタ”“自虐ネタ”を文化祭で披露して人気回復を図ろうとするが…。

掴みの「耳は遠いがトイレは近いタケちゃんです!」、そしてネタの間に挟まる、「ミチコさん、朝ご飯食べたかな?…食べたんだって!」と「冥途の土産に聞いておけ~」がやたら可笑しい。コンセントを差し込むのに3分かかる、水を飲むと器官に必ず入る、ペイペイという新しいパンダが来た…等々、愉しい!

「暴そば族」。甲州街道沿いの富士そばを制圧するという意気込みの暴走族ならぬ暴そば族「エンペラー」のモットーは「かき揚げを制するものは世界を制す」が面白い。エンペラーを抜けて単独で立ち食いそば屋を立ち上げようと考えたサトルとルミ、メンバー全員が認める「450円で提供できる天ぷらそば」を作ることができるのか…。立ち食いそばファンならずとも楽しめる逸品だ。

「何でもいい」、ネタ卸し。息子に「きょうの晩御飯、何がいい?」と訊いて、「何でもいいよ」と言われるのが一番困るという母親一般に共通する話題を扱っているのが、まず着眼点として素晴らしい。

息子が「じゃあ、ウニとワタリガニのクリームパスタ」と答えると発狂するし、「カレーでいいよ」と言うと「一昨日、作ったでしょ!」。自棄になって、「魚肉ソーセージを焼いたの」と言ってみると、「あなたはそれを明日、学校で言うでしょ。そして、その噂は全校中に広がって…」と被害妄想がどんどん広がるのも可笑しい。

とうとう、料理だけでなく、掃除や洗濯など家事一切を放棄してしまった母親に、夫や息子は手を焼いて、ちゃんと謝るんだけど、それでもへそを曲げている母親。ついには「おばあちゃんに説得してもらおう」ということになって…。どこの家庭でも起きそうなことをデフォルメした新作落語、代表作の一つになる可能性を感じた。