池袋演芸場 三遊亭わん丈真打披露興行「父子の胸中」、そして春風亭昇羊「質草」

池袋演芸場の三遊亭わん丈真打昇進披露興行三日目に行きました。披露興行も33日目。わん丈師匠は鈴本、末廣、浅草とネタかぶりなしできており、このまま45日間全て別演目を達成しそうな勢いだ。大初日から並べると、①寿限無の夜~星野屋②茶金③もふもふ(喪服キャバクラ)④明烏⑤県民性⑥五貫裁き⑦毛氈芝居⑧ねずみ⑨魚の狂句⑩河童鍋⑪紙入れ⑫幾代餅⑬寄合酒⑭宿屋の仇討⑮花魁の野望⑯井戸の茶碗⑰新がまの油⑱おせつ徳三郎⑲時そば⑳芝浜㉑匙加減㉒動物園㉓牛ほめ㉔お見立て㉕壺算㉖荒茶㉗茶の湯㉘母にマナーを㉙矢橋船㉚時フォー㉛生かし屋さん(自殺屋さん)㉜プロポーズ。そしてきょうは、何と前座時代に創作して以来、ほとんど掛けていない新作落語を蔵出し!どこまでもチャレンジャーであることが素晴らしい。

「松竹梅」柳家小きち/「田能久」柳家花ごめ/「壺算」林家はな平/奇術 花島世津子/「あくび指南」柳家小せん/「つる」柳家三三/漫才 風藤松原/「ツイッター泥棒」三笑亭天どん/「浮世床~将棋」柳家小さん/中入り/口上/江戸曲独楽 三増紋之助/「スライダー課長」林家つる子/「真田小僧」桃月庵白酒/「棒鱈」柳家さん喬/浮世節 立花家橘之助/「父子の胸中」三遊亭わん丈

口上の並びは下手から、三三、白酒、さん喬、わん丈、天どん、小さん。司会の三三師匠、落語協会百周年の節目に相応しい、お客様を楽しませたい、喜ばせたいというやる気に満ちた新真打の誕生と讃え、お客様の拍手が何よりの励みになる、末には大看板になれますようご贔屓くださいと願った。

白酒師匠。わん丈が前座の頃によく手伝いをして貰ったが、兎に角働き者だった。今回の抜擢は個人的にも嬉しいと。ただ、気をつけて頂きたいのは、「もうよかろう」とお客様が応援をやめてしまうこと。これから先は未知数。本人の努力は勿論だが、お客様のご贔屓が欠かせない。SNSで嘘でもいいから「わん丈が良かった」と書き込んでほしいし、「陰ながら」ではなく「表に出て」応援してほしい。わん丈という名前を見たら、入場しなくてもいいが、「出ているんですね!今度来ます!」と言って、彼の活力源になってほしいと頭を下げた。

さん喬師匠。前座の頃から、皆が異口同音に「わん丈はよく働く」と言っていた。兎に角、気が利く人です。私は円丈さんと親しくしていたが、あれだけ新作を創った人だが、古典を一生懸命勉強する人だった。その古典が礎になって、数々の名作の新作落語が生まれた。わん丈も前座の頃から古典をコツコツ勉強して、末にはそれが新作に実るだろうと見ていたが、案の定、大谷ばりの二刀流になった。また、師匠円丈の最期を世話しているわん丈の姿はまさに“親思い”、良い血を引き継いで大成してほしいと期待した。

小さん師匠。この人は“噺家らしさ”を持っている人と評価した。これが大事で、見た目は教わるものじゃない、持っているもの。そして、筋が良い。高座を聴いていて、なるほどと思う。新作・古典どちらも良い。後は決まった道を一歩一歩、円丈さんの教えを守って歩んでほしいと締めた。

天どん師匠。こうやって連日大入り満員にできるのは、全て本人が引っ張ってきたことであり、そのわん丈を育てた円丈の功績でもある。でも、これを当たり前と思わず、日々精進してほしいと。今から28年前の9月中席で私はこの池袋演芸場で初高座を務めたが、そのときのお客様は2人だった。ちなみに主任は円丈だったのだが、と話す。もらった恩は返さないといけないと激励した。

わん丈師匠の「父子の胸中」。大学時代、友人が就職活動をしている中、バンド活動を続けたいと父親を説得しようとしたとき、父親は自分も歌手か落語家になりたいという夢があったが親父が許さずに諦めたことを話し、「先に死ぬ者の気持ちを考えて、後から死ぬ自分のことを後回しに考えるのはおかしい」と言ってくれたそうだ。

そして、紆余曲折があって落語と出会い、28歳で円丈に入門した。前座時代、一カ月に1本の新作落語を作ることを自分に課していたが、そのときに作って演じた落語で、師匠円丈に呼び出されて「この新作は二度と演るな」と注意された噺を、きょう、あえてこの高座で掛けますと言って蔵出しして披露した。面白かった。池袋演芸場という空間がそうさせてくれたことに感謝したい気持ちになった。

真打に昇進したわん丈が、師匠円丈を訪ねる。もう来なくていいと言うのに、掃除にやって来る律義な弟子は、円丈にとって最も可愛い弟子だ。「披露興行は連日満員で良かったな」と言ってくれる。訪ねる度に土産は持って来なくていいと言っているのに、わん丈はベンツを持ってきた。この前はロレックスの時計。羽振りが良いのは売れている大スターだからだ。一日に東大で学校寄席、鈴本、浅草、末廣、池袋、それに上野広小路亭まで5軒の寄席を掛け持ちしている。

キリンビールでは「発泡酒売り上げナンバーわん丈!」というCMに出演している。師匠の家を出るとマスコミが取り囲んでフラッシュを浴びる。芸能レポーターが質問攻めだ。「朝ご飯のゆで卵を生卵に変えた理由は?」。子どもの名前人気ランキングは「わん丈」がトップだ。移動は専用ヘリコプター。

両親は滋賀から引っ越して、港区の100LDKの豪邸に住んでいる。わん丈は「尊敬している両親に喜んでもらい、親孝行したい」と考えた上でのことだが、実際には両親にはありがた迷惑だった…。そこで父は考えた。「親として幻滅させるようなことをして、尊敬の念をなくそう。それには犯罪を起こせばいい。簡単にできる犯罪…下着泥棒だ!」。困惑した母はわん丈に電話をするが、わん丈曰く「親父のことだ。何か考えがあるはずだ。下着泥棒を応援したい」。

わん丈は道行く巡査に相談する。巡査曰く「下着泥棒を許すわけにはいかないが、わん丈さんは別です。何か事情があるはず」。「邪魔をしないように」と警視総監に連絡が入る。わん丈は下着泥棒をしやすそうなベランダを発見した。その家を訪ね、父親の下着泥棒に協力してほしいとお願いする。すると、そこに住む女性は「わん丈さんの頼みなら喜んで」と、物干しにパンティを干してくれる。

父親は「手を伸ばしたら届きそうなところ」にパンティを見つける。だが、僅かに届かない。風が吹いてくれたら…。わん丈は国家権力をも動かせる。きっと風も吹かすことができるだろうと念じたら、神風が吹いた。そして、父親は下着泥棒に成功する。現場に駆け付ける巡査とわん丈。父親は「捕まえてください」と両手を差し出すが、巡査は「パンティが盗めて、おめでとうございます!」。

わん丈は「色々な方にお世話になって、親父の夢が叶えられた。褒めてくれるか?」と父親に問うと、「親の心子知らずだ。胸に手を当てて考えろ!」。わん丈、「下着はブラジャーだったのか」でサゲ。

確かに円丈師匠が「二度と演るな」と言う内容だ。おそらく、わん丈師匠も今回を除いて今後、高座に掛けることはないだろう。だが、「初心忘るべからず」という意味で、真打披露興行で一度だけ掛けたかったわん丈師匠の気持ちは大いに理解できる。わん丈師匠本人、そして応援するファンにとって心に残る一席となった。

夜は高田馬場に移動して、「ひつじのばば~春風亭昇羊ネタだし落語会」に行きました。「たらちね」「二階ぞめき」「質草」の三席。「質草」は井上ひさし先生の短編小説を昇羊さんが落語化したもの。なかなかの傑作であった。

日本橋大伝馬町の版元で筆耕職人として働く大吉は、滑稽な話を扱う黄表紙に興味を持ち、自分で書いてみた。「閻魔大王この世の夢」という題名で、閻魔大王が地獄で花魁と遊び、娑婆に出て真面目に働くが、追い剝ぎに遭ってしまう…だが、それは夢だったという内容だ。仕事仲間の評判は良く、それが旦那の耳にも入り、「作家先生の真似事だが、読んでみたら結構だった」と褒め、年始めの大売出しで300部を刷り、売れた。

大吉は夢野一睡という筆名で、その後4編の作品を書く。すべて夢の話だった。そして、勝負をかけて新作を千部刷ると、それも完売。旦那は喜んで、褒美を与え、大吉の姉が亭主の看病で苦労しているのを知っているから、見舞いに行けと二分を渡してくれた。姉も弟を立派だ、自慢だと喜んだ。その帰り道、粟餅屋に寄った。茶を飲み、粟餅を食べる。そして、店への土産に三十人前の粟餅を注文した。餅が出来るまで時間がかかるので、待っていてくれと言われ、代金を聞くと136文だという。懐に手をやると、財布がない。柳橋で男がぶつかってきたときに掏られたか…。

大吉が前を見ると、質屋の看板がある。煙草入れを質草にして、136文を都合しようとした。主人が値踏みする。山東京伝の落款がある。だが、50文がいいところだという。山東京伝の落款は珍しくないそうだ。鱗潟孫兵衛様と書いてある。「まさか盗品では?」と疑いをかける主人だが、大吉は店の主人の名前だと説明する。そして、自分は作家志願の奉公人で、筆名を夢野一睡というと話すと、主人は「一睡先生ですか!ご無礼しました。いつも読まして貰っています。とりわけ、閻魔大王この世の夢が大好きです」と言う。

「先生の作品は夢の話だと判っていても、引き込まれます」と褒める主人に、大吉は「私は夢の話しか書けない、才能がない」と卑下する。すると、主人は「人生は夢のようなもの。先生は人生そのものを題材にしている」と持ち上げる。そこで、大吉は考えた。“夢の趣向”を質草に出来ないか。すると、主人は質草なしで136文貸すと言う。だが、それでは済まないので、大吉は「夢の趣向を質草」に136文借りて、粟餅を買って店に帰った。

その10日後。旦那が大吉に「夢の趣向を質草にしたか?」と訊いてきた。それが質屋仲間で評判となり、お上の耳に入って、その質屋は「目に見えぬもの、手に取れぬものを質草にするご法度を犯した」罪で閉店させられたという。版元仲間へもお叱りがあり、鱗潟屋は財産の半分を没収されてしまった。そして、大吉は江戸処払いにされてしまった。

「人間の頭にあるものは質草にならないのですか!」。大吉は強く訴える…。というところで、大吉が夢から覚める。「ここはどこですか?」「粟餅屋ですよ」。懐を確かめると、財布はある。夢だったのか…。「粟は蒸し上がりました。これから搗いてお餅にします」。ああ、まだ“つき”は残っていたのか。

傑作だ。井上ひさし先生の原作の素晴らしさもあるだろうが、これを落語というスタイルに脚色した昇羊さんの手腕も見事なものである。良い落語を聴いた。