池袋演芸場 林家つる子真打披露興行「芝浜」、そして三遊亭兼好「抜け雀」
池袋演芸場の林家つる子真打昇進披露興行二日目に行きました。披露目も鈴本、末廣、浅草と連日大入り盛況で終わり、いよいよ池袋へ突入である。つる子師匠の場合、鈴本と末廣はトリの日5日間の演目とトリでない日(わん丈師匠がトリの日)5日間が全て同一演目で固定されていたが、浅草で変化が起きた。浅草は①スライダー課長②お菊の皿③JOMO④やかん⑤反対俥⑥ねずみ⑦ミス・ベター⑧片棒⑨豆腐屋ジョニー⑩中村仲蔵。鈴本と末廣でトリで掛けたネタを演じたのは「中村仲蔵」のみで、トリでない日に掛けた「お菊の皿」「JOMO」「片棒」をトリで演じた。また鈴本と末廣では掛けなかった「ねずみ」をトリで、「やかん」「ミス・ベター」「豆腐屋ジョニー」をトリでない日に掛けた。さあ、池袋はどう出るのか。ワクワクしながら出掛けたら、トリのきょうは「芝浜」であった!おかみさん目線のつる子師匠オリジナルを堪能した。
「のめる」柳亭市助/「饅頭怖い」柳亭市若/「洒落番頭」林家はな平/奇術 花島世津子/「新聞記事」柳家小せん/「三人旅」柳家三三/漫才 風藤松原/「ぞろぞろ」林家正蔵/「五月幟」柳亭市馬/中入り/口上/江戸曲独楽 三増紋之助/「プロポーズ」三遊亭わん丈/「茗荷宿」桃月庵白酒/「不精床」柳家小さん/浮世節 立花家橘之助/「芝浜」林家つる子
口上の並びは下手から、三三、白酒、小さん、つる子、正蔵、市馬。司会の三三師匠は、つる子は二ツ目になったばかりから頭角を表し、今や女性とかいう括りとは関係なく活躍している、今後の演芸界を背負って立つことを期待されての抜擢昇進、お客様の心を掴んで離さない高座は皆様ご存知の通りと讃えた。
白酒師匠。ありがちなのは、真打昇進を祝い、これでもうよかろうとするお客様。抜擢はこれまでの活躍を評価されただけのこと。寧ろ、これからが大事だ、これから先の保証はなにもない。「陰ながら応援」では困ります、つる子の看板が出ていたら足を運ぶ、出ていなかったら何で出ていないんだと文句を言う、そういう熱心なご贔屓が必要ですと願った。
小さん師匠。普通の真打は「やっと噺家として認められた」だけで、これから一人前になるようにもがく。だが、つる子の場合は出来上がっている、筋の良い噺家、師匠の導きが良いのでしょう、その出来上がっている道を一歩一歩進めばいい。落語界の宝ですと褒めた。
市馬師匠。披露興行も佳境に入り、心配された疲れもなく、連日良い高座を務め、このまま大千秋楽まで乗り切るでしょう。お客様も裏切ることなく、良い方へ良い方へと廻っている。だが、これから先、いいことばかりではない。躓くこともあるだろう。そういうときもお客様が支えてほしい。この美貌ですから、ドラマや映画からも声が掛かるでしょう。本業はきちんとこなした上で挑戦するのも良い。だが、歌だけは歌わないように。噺家が歌うようになったらお終いです、と笑わせた。
正蔵師匠。池袋には特別な思い出がある、この演芸場の上の喫茶店で、さん喬師匠につる子のことを「あなたの弟子になりたいそうだ」と紹介された。そのときの彼女はリクルートスーツでコーヒ―カップを持つ手がカタカタと震える、初々しい女性だった。それが今では、こんな暑苦しい芸人になりました!(笑)。「くさいですよ、芸が!」、芝浜、紺屋高尾、子別れ…反対俥なんか見ちゃいられない!漫画家志望で、自分の娘に「タッチ」のみなみという名前を付けたお母様が「この子には自分の夢を叶えてほしい」と託された。私はご両親の代わりに娘を嫁に出す気持ちでいます。どうか返品しないでください。小言も言ってくださいと頭を下げた。
つる子師匠のおかみさん目線の「芝浜」。勝五郎とおみつの馴れ初めから入るのが良い。「すごく美味しそうな鯵ですね」「わかるの?」「魚は目を見て選ぶんです。この鯵、綺麗な目をしている」。それが勝五郎は嬉しくて、“俺からの気持ち”と言って、「買います」と言うおみつに鯵をプレゼントする。勝五郎が帰った後、おみつは大家さんにこう言う。「あの魚屋さんの目も同じくらい綺麗で透き通っていた」。やがて大家が仲人になり、二人は夫婦になった。
勝五郎が酒浸りになったきっかけは、魚屋としてのプライドゆえだ。「朝早く起きて、江戸中で一番良い魚を仕入れる」と誇る勝五郎。岩田の隠居が「負けてくれ」と言って、「モノがわからない野郎だ!金輪際、お前さんには魚を売らない」と喧嘩して帰ってきた。それ以来、20日も河岸に行かなくなってしまった。
おみつが大家さんに相談に来たのは、勝五郎がようやく河岸に行ってくれた日のこと。芝の浜で革財布を拾い、中に2分金ばかりで50両入っていたという。勝五郎は「これで遊んで暮らせる。二度と河岸なんか行かない」と言っているという。おみつは「あの人を起こす前に戻りたい。やり直したい」、そして「いっそ、これが夢だったらいいのに」と言う。
大家は閃いた。夢にするんだ!そうすれば時間を戻せる。バカ勝なら信じる、馬鹿正直な勝五郎なら。おみつは「嘘が嫌いなあの人に嘘をつく」こと躊躇う。大家は言う。「嘘にしなけりゃいい。勝五郎が真面目に働いて、これで大丈夫となったら、本当のことを言えばいい」。
勝五郎は実際、おみつの言うことを信じ、一生懸命に商売に精を出した。酒もやめた。お客も取り戻した。そして、3年が経った大晦日。おみつはあれは夢じゃなかったと告白する。「私は一生懸命に働くあなたの姿に惚れた。お金なんか要らない。お前さんが楽しそうに、嬉しそうに商売しているだけで幸せだった。この魚、美味しいねと笑い合えているだけで良かった」。夢にしたら、時間を戻せる。これしかない。どうなっても構わない。そして、お前さんは信じてくれた。
財布を拾った1年後に落とし主は見つからず、お下げ渡しになった。でも、言えなかった。怖かった。情けないよね。もっとこの人と一緒にいたいと思った。今年の夏、岩田の隠居が「コチが美味かった。寿命が延びた気がする」と言ってくれた、魚屋になって良かった、お前のお陰だと言ってくれた。それで決心がついたの。今まで嘘をついていて、ごめんなさい。
勝五郎は怒るどころじゃない。「堪忍してくれ」と言った。「怒ったら罰が当てる」とも言った。女房であるおみつの苦悩を思えば、自分のした苦労なんて苦労じゃないと思ったのだろう。感謝、その一言だろう。女房という存在は素敵である。僕も勝五郎と同じ気持ちになった。
夜は水天宮前に移動して、「人形町噺し問屋~三遊亭兼好独演会」に行きました。「身投げ屋」と「抜け雀」の二席。前座は三遊亭げんきさんが「八九升」、三遊亭けろよんさんが「ん廻し」だった。ゲストは一龍斎貞鏡先生で「鼓ヶ滝」だった。
兼好師匠の「抜け雀」。貞鏡先生の「鼓ヶ滝」と相通じるものがあった。それは驕り、昂り、慢心を戒める心を持つ大切さだ。西行は自分を日本一の歌人と自負して、自分の作った歌に酔っていた。はるばると鼓ヶ滝に来てみれば沢辺に咲きしたんぽぽの花。これが、爺さん、婆さん、孫娘によって、グッと良い方向へ変形する。音に聞く鼓ヶ滝をうちみれば川辺に咲きしたんぽぽの花。西行が謙虚な気持ちで和歌三神の添削を受け入れたからこそ、後に本当に日本一の歌人になれたのだろう。
同様に、小田原宿の相模屋に泊まった無一文の絵描き。衝立から飛び出す勢いのある雀を描いて評判を取ったが、後からやって来た父親の見方は違う。「この絵は名人とは言えない。上手に毛が生えたくらいだ。ぬかりがある」。衝立を飛び出す勢いのある雀でも、休むところがなければ、やがて落ちて死ぬという。
父親は「まだまだ修業が足りぬ」と言って、鳥籠を描き足した。これによって、大久保加賀守は千両の値を二千両に引き上げた。後に倅が相模屋を再訪した際、その衝立に向かって「長らくの御不孝誠に申し訳ございません」と頭を垂れた。自分に絵描きとしての慢心があったことを間接的に伝えられ、それを認めたわけだ。きっとこの絵描きもその後精進して、名人への道を歩んだことだろう。
貞鏡先生の「鼓ヶ滝」と兼好師匠の「抜け雀」。二席続けて聴けたのは至福だった。