歌舞伎「於染久松色読販 土手のお六・鬼門の喜兵衛」
四月大歌舞伎夜の部に行きました。「於染久松色読販 土手のお六・鬼門の喜兵衛」「神田祭」「四季」の三演目。「四季」は春が紙雛、夏が魂まつり、秋が砧、冬が木枯。
「於染久松色読販」は柳島妙見の場~小梅莨屋の場~瓦町油屋の場。坂東玉三郎演じる土手のお六と片岡仁左衛門演じる鬼門の喜兵衛の夫婦による強請りが最大の見せ場だ。この悪党コンビがどんなからくりで油屋に対して百両を強請ろうとしたのか、筋道を追って観ていく面白さが良い。
お六と喜兵衛は莨屋を営む夫婦だが、百両の目的が違う。お六の方は、以前に仕えていた千葉家の奥女中、竹川から紛失した宝刀午王吉光とその折紙を油屋から請け出すために百両を工面してほしいと手紙が届き、恩ある竹川の頼みを何とかしたいと思案していた。
一方、喜兵衛は千葉家から宝刀と折紙を盗んだ張本人だった。だが、その二品を質入れしてしまい、借りた金も全部使いこんでしまった。盗みを命じたのは千葉家の家臣鈴木弥忠太で、その中間の権太が宝刀をよこせと催促している。お六と喜兵衛は同じ千葉家に所縁がありながら、全く違う事情で百両を工面しようとしているところが面白い。
で、その百両を油屋から強請るからくりは、「柳島妙見の場」に遡る。キーマンは嫁菜売りの久作だ。油屋の番頭の善六は実は悪い奴で、店に預けられていた宝刀午王吉光の折紙を盗み、見つかりそうになったために咄嗟に久作の商う嫁菜の中に隠した。この嫁菜をめぐって久作と諍いを起こし、油屋の手代の九助が下駄で久作の額を打った。そこへ山家屋清兵衛が仲裁に入り、古着の袷と膏薬代一分を渡して、その場を収めた。
その一部始終を偶々、久作が莨を求めたときに、スラスラとお六・喜兵衛夫婦に話してしまう。さらに貰った袷を自分の寸法に合わせて直してほしいとお六に頼み、破けた半纏とともに預けてしまう。また、非人の市が河豚に当たった男の死骸の入った早桶を預けて行った。このことを材料にして、お六と喜兵衛は油屋強請りの作戦は練った。
早桶の中の死骸の男は前髪立ちだったが、その前髪を剃刀で剃って、久作の半纏を着せ、駕籠に乗せて油屋に運んだ。そして、お六は「嫁菜売りをしていた自分の弟が昨日、柳島妙見でお宅の手代に額を打たれ死んでしまった」と駆け込んだのだ。証拠はこの死骸と、袷の着物。その詫びが膏薬代一分と古着の袷では割に合わないと喜兵衛と二人で騒ぎ出す。慌てて主人の太郎七が15両を差し出すが、「百両でないと納得できない」と凄む。お六、喜兵衛ともにいかにも悪党という迫力で強請る様子は圧巻だ。
でも、あと一歩のところで作戦は失敗に終わるところが、流石鶴屋南北だろう。本物の嫁菜売りの久作が現れ、さらに「お六の弟」という死骸の男がお灸を据えたら息を吹き返し、しかも油屋の丁稚の久太だと判明…。これでは尻尾を巻いて逃げるしかない。二枚目だったお六と喜兵衛の二人が三枚目に豹変し、空の駕籠を担いで決まり悪い様子で店を後にする可笑しさ。ペーソスに富んだ物語に拍手喝采であった。