落語一之輔春秋三夜 第三夜 春風亭一之輔「百年目」

「落語一之輔春秋三夜」2024春の第三夜に行きました。春風亭一之輔師匠は「蜘蛛駕籠」「花筏」(ネタ卸し)「百年目」の三席、開口一番は春風亭いっ休さんで「鰻屋」だった。

「蜘蛛駕籠」が弾けていて、愉快だった。「あーら、熊さん」を繰り返す酔っ払いと新米駕籠屋のやりとりの面白さ。特に日本橋横山町の左官の長兵衛の娘で、吉公の女房のおてっちゃん、大黒屋の二階で近江屋の旦那が仲人になって祝言して、頬に小豆粒ほどの黒子のある…を駕籠屋がすっかり覚えてスラスラ言ってしまい、「お前、何者だ?」と酔っ払いが驚くところ、最高に愉しい。

「百年目」。今月7日にも三鷹で聴いているが、再び感動した。オーナーである旦那がプレイイングマネージャーである番頭に対して、敬意を表しているのが本当に素晴らしい。上司と部下というのはかくありたいと本当に思う。

旦那は店のことは全て番頭さん任せにしているが、その代わりに全幅の信頼を置いている。「いつも頼りきりで申し訳ない」と思っている。だが、番頭が向島で派手な花見遊興をしているのを見て、一瞬不安がよぎった。情けない主だと前置きして、昨夜ばかりは帳面を検めさせてもらった、だが一点の穴もなかった、番頭さんは自分の稼ぎで遊んでいると判った。こんなに立派な番頭になるなんてと女房と二人で感慨も一入だったという。

番頭の治兵衛の一年先輩だった松吉とのエピソードが泣かせる。松吉と治兵衛は仲が悪かった。ある日、お遣いをして帰ってきた治兵衛、お釣りが足りなかった。治兵衛は「転んだときに落としたかもしれない」と言うと、松吉は「盗んだに違いない。泥棒だ」と罵った。治兵衛は「拾ってきます!」と店を飛び出し、夜遅くに泥だらけで帰ってきた。「近江屋の脇のドブに落ちていました。信じてください」と手をついて謝った。これを見た松吉は「ごめんね。勘弁しておくれ」と言った。すると、治兵衛は「ほれ見たか!」という顔など一切せずに、「これからは仲良くしておくれ。信じておくれ」と言った。人を許すことができる。なんて情の深い子なんだろう、店に残しておいて良かったと旦那は回顧した。

さらに旦那が番頭にする助言が素晴らしい。もう隠れて遊ぶのはよしなさい。大っぴらに遊びなさい。隠れて遊ぶと人間がせせこましくなる。大っぴらに遊べば、人間の角が取れて、丸くなる。番頭さんが頭ごなしに奉公人を叱ると、奉公人は萎縮してしまう。帳場でニコニコしながら、噛んで含めるように言ってきかせれば、店は上手くいくと思うよ。

「旦那」という言葉の由来に触れてこう言う。この頃店の南縁草が頼りない、萎れている。なんでこんなことも判らないのかと苛々することもあるだろうが、栴檀である番頭さんが露を落としてやっておくれ。お前さんがそうであったように、亀どんや定どんがいつか栴檀になるときが来るかもしれない。

最後も旦那の優しさが沁みる。「悪いのは私だ。ずっと番頭さんに店を任せきりにして、頼ってきた」。来年には必ず別家させますと約束し、「それまでのあと一年、下を育ててください。お願いします。この通りだ」。そして、素敵な提案をする。来年は向島に一緒に花見に行きましょう、揃いの襦袢を着てね、そして店の者皆で番頭さんの別家を祝いましょう。上司と部下、かくありたい。