浅草演芸ホール 林家つる子真打披露興行「お菊の皿」

浅草演芸ホール四月中席二日目昼の部に行きました。林家つる子真打昇進披露興行二日目だ。つる子師匠の演目選びに変化があった。これまでの鈴本と末広はトリの日に「紺屋高尾」「しじみ売り」「芝浜」「中村仲蔵」「子別れ」、トリでない日に「反対俥」「スライダー課長」「JOMO」「お菊の皿」「片棒」を掛けるという黄金パターンだった。そして、昨日からスタートした浅草。昨日はトリがわん丈師匠だったので、つる子師匠は「スライダー課長」。きょうはトリなのでトリネタグループから何を?と思っていたら、あに図らんや、「お菊の皿」であった。つる子師匠らしい、弾けたお菊が面白かったが、内心ガッカリした気持ちは否定できなかった。浅草、それも昼席という客席の空気がそうさせたのだと思う。

「子ほめ」三遊亭歌ん太/「寄合酒」三笑亭伊織/「犬の目」林家まめ平/「真田小僧」入船亭扇橋/漫才 おしどり/漫談 三遊亭丈二/「看板のピン」林家錦平/「壺算」春風亭一之輔/紙切り 林家八楽/「町内の若い衆」古今亭菊之丞/「どじょう買い」柳家喬太郎/奇術 花島世津子/「不精床」柳家小さん/「雑排」柳亭市馬/中入り/口上/「動物園」三遊亭わん丈/漫才 すず風にゃん子・金魚/漫談 林家正蔵/「替り目」柳家さん喬/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「お菊の皿」林家つる子

口上は下手から、喬太郎、菊之丞、さん喬、つる子、正蔵、小さん、市馬。司会の喬太郎師匠、つる子には勢いがあり、明るく、華もある、こんな芸人は「私以来ではないか」…、すみません言い過ぎました。さん喬師匠が横から睨み、爆笑に。兎に角、協会員全員が手放しで喜んでいる抜擢真打ですと太鼓判を押した。

菊之丞師匠。二ツ目の頃から、実力人気ともに折り紙付きだった。人気が出ると稽古が疎かになって、芸が落ちることがある。そういうときにお客様からお小言を頂戴したい、ホストクラブに招いて、ドンペリを開けて、車代に10万円包むという…受付は私がしますと笑わせた。

さん喬師匠。中央大学の落語研究会の顧問をしている黒田絵美子さんから「噺家になりたい女の子がいる。世話してくれないか」と頼まれた。中央亭可愛(ちゅうおうてい・かわいい)という傍若無人な名前の女の子に、「どこの弟子になりたいか」と訊いたら「正蔵師匠」と。それ以来、口を利いていないんです(笑)。私が預かったら、きっと喬太郎みたいな弟子になっていた(笑)。鶴は飛び立つ前に2、3歩助走して大きな青空に飛ぶそうです。つる子はまさにその2、3歩を歩き始めたところ。空高く舞い上がっていくためにはお客様のご支援が必要です、と頭を下げた。

小さん師匠。真打になるのが遅いくらいで、もっと早くに昇進しても良かった。正蔵師匠のお考えがあって、今になったのでしょう。真打で一人前ではなく、やっと噺家になれた、後が大変というのが通例です。だが、つる子の場合は全部出来上がっている。こういう噺家は滅多にいない。どうぞご贔屓くださいと讃えた。

市馬師匠。芸人を育てるのはお客様です。すると、恩返しをしよう、良い芸をしようと一段上に登ろうと努力する。いいときばかりじゃない。壁にぶつかることもある、そのときはどうぞ助けてやってください。正蔵師匠のところに入門して、息子が弟弟子だったり、大師匠の根岸のおかみさんがいたり、他の一門ではしなくていい苦労をいっぱいした。それが今、こうやって花開こうとしています。手に取って、ともに登らん、花の山と締めた。

正蔵師匠。ご両親の愛情いっぱいに育てられた一人っ子を“山賊の集まり”のような根岸の林家一門が預かって良いものかと思った。だけれども、お母様は「私は漫画家になるのが夢だったが、夢破れた。この娘には自分の叶わなかった夢を叶えさせたい」と言ってくれた。男女の区別なく弟子を育てたつもりです。今は嫁に出すような気持ちでいます。不束者ですが、返品はできません、どうぞご指導ご鞭撻をと願った。

つる子師匠の「お菊の皿」。冒頭、青山鉄山が可愛さ余って憎さ百倍とばかりに、お菊を責め苛め、一刀両断のもとに斬り捨て、井戸の中に沈める陰惨な場面を臨場感たっぷりに語る。噺にリアリティーが出て良かった。

江戸っ子連中が「いい女を一目でも見たい」と番町皿屋敷に行って、お菊さんが井戸の中から「うらめしゅうございます、鉄山殿」と現れるところ、鳴り物も入り、オドオドロしい描写が映える。つる子師匠の美貌を生かした演技力は流石である。

それが何日も続くうちに、見物客がどんどん増えて、常連客の差し入れを食べて、ぽっちゃりしてきた…というのもユーモアがある。お菊さんがどんどんとその気になっていく様子を丁寧に描く。

やがて興行主が目を付けて、観客数の増加とともに小屋も大きくなり、グッズ販売も始め(ここのところは真打披露記念グッズ販売と結び付けていて面白い)、腕に「お菊命」と刺青を入れる熱烈なファンも現れるという…怪談噺が次第に滑稽噺になっていく過程が面白い。

そして、何と言っても、大規模会場ゆえに「芸がくさく」なるところが、最大の見せ場。一枚、二枚、三枚…と皿を数える演技も“舞台女優”さながらで、いちいち大袈裟なのが笑いを呼ぶ。「酒を飲んでいるな!」の指摘に、「飲まなきゃ、やってられないよ」と言うお菊の台詞が、この噺のテーマだろう。

人気に慢心して芸が荒れる。そんなことはないと思うが、どうかつる子師匠にはいつまでも一生懸命に芸道に邁進する噺家であってほしいと願うばかりだ。