天中軒雲月「徳川家康 人質から成長まで」、そして白酒むふふ 桃月庵白酒「お見立て」

木馬亭の日本浪曲協会四月定席三日目に行きました。

「塩原多助 円次殺し」玉川奈みほ・広沢美舟/「鰍沢」東家恭太郎・水乃金魚/「深川裸祭り」港家小そめ・玉川祐子/「慶安太平記 牧野弥右衛門の駒攻め」玉川奈々福・沢村まみ/中入り/「崇徳院」広沢菊春・広沢美舟/「鍋島の猫騒動 佐賀の夜桜」神田紅佳/「太閤記 長短槍試合」木村勝千代・沢村まみ/「徳川家康 人質から成長まで」天中軒雲月・広沢美舟

奈々福先生。水戸と尾州で手を焼いて紀州にお鉢が回ってきた荒馬の鼓影を引き受けるか、否か。紀州公が馬廻り役の田辺正太夫に意見を訊くが消極的で、その他の家来も右に倣え。そこに名乗りを挙げたのが越後新発田から仕官したばかりの牧野弥右衛門だ。千代田城内で大観衆が見守る中、牧野が鼓影と上手にコミュニケーションを取って見事に手なずける様子を奈々福先生の巧みな擬人化で聴かせてくれた。馬を労わる気持ちがあれば心は通じる。武士の情けはこうありたい。

紅佳先生。鍋島丹後守に殺された龍造寺又七郎の無念、そして母親の恨みが愛玩していた黒猫のたまに乗り移る。霊がこもった“怪猫”を小森新左衛門は退治しようとするが、血の跡を辿っていくと、“鍋島の華”と呼ばれていたお豊の方様の部屋に行き着く。彼女は生きた鯉を鷲づかみにして食い、行燈の油をペロペロと舐めていた…。オカルトにも近い怪談を夜桜見物に寄せて読むところに一興を感じた。

勝千代先生。槍の指南番である上島主水に対し、「槍のことなど全く分からない」木下藤吉郎が知恵と頓智でギャフンと言わせるところに妙味がある。信長が提案した槍合戦に対し、準備期間を上島は100日要求したが、藤吉郎は3日あれば十分と根拠のない強気が良い。藤吉郎軍の兵士たちは槍の稽古など全くせず、御馳走にありつき、教えられたことは“稲刈り”と“麦打ち”…。それで敵の陣笠を奪えば100、槍を奪えば200、兵士を生け捕りすれば500の褒美を与えるという藤吉郎の戦略は見事にはまる。合戦前にすでに上島軍はヘトヘトなのに対し、木下軍はニコニコ。これで勝負あった!である。知恵者の藤吉郎の面目躍如たるところが面白い。

雲月先生。於大の竹千代を思う母心が胸を打つ。6歳で信長の人質となった竹千代に面会したいと信長に申し出た於大は、信長に「土産は何を持ってきたか?」と訊かれ、「母の心、それひとつです」という答えに信長も感じ入るところがあったのだろう。対面を許す。

淋しかろう、辛かろう、抱いてやりたい母心。溢れる涙、とめどなく、拭けども、拭けども流れ出す。許されるなら、このまま連れて帰りたい。それが出来ない身の上の辛く哀しい母心。こういった試練を何度も乗り越えて、竹千代は将軍徳川家康に登り詰めるのだ。

竹に節があるように、人には幾つか節がある。その節から芽を出して、成長しながら大成する。この演題の外題付けにもあるように、家康は江戸幕府を開いただけでなく、300年と続く平和な時代の礎を築いたことに思いを馳せる。

夜は中野に移動して、「白酒むふふ~桃月庵白酒独演会」に行きました。「喧嘩長屋」「四段目」「お見立て」の三席。開口一番は桃月庵ぼんぼりさんで「道灌」、ゲストは音曲師の桂小すみ師匠だった。

「お見立て」。喜瀬川の我儘と杢兵衛大尽の純朴の間に挟まった喜助のアタフタぶりが実に愉しい一席だ。喜瀬川は「虫唾が走るから、行かない」、「本当に嫌なの!」、挙句には「何で行かなきゃいけないの!!」。喜助が「それがあなたの仕事でしょう!」と突っ込むところ、実際はそうだよなあと同感する。「ゴマ塩パラリでいいんですから!」と喜助は言うが、それでも会いたくない客って一体なんだろうと思う。

喜瀬川は患ったことにして、それも図々しくも恋煩い、大尽が「見舞いに行く」と言い出すと、死んじゃったことにしろって!職場放棄も甚だしいし、杢兵衛大尽はちゃんとお金を払って通ってきた常連客なのだから、そんな扱いは酷いと思う。でも、そこは落語。本人の前では調子の良いことを言っておきながら、陰ではとんでもない悪口を言って嫌っているというのは吉原にはよくあったのだろう。

杢兵衛大尽はとても純朴な良い人だが、見た目的にはとても嫌われるような要素を持っていて、それをデフォルメして噺の中で表現している。「入院した」と聞いて「ヌーイン?」、「死んでしまった」と聞いて「おっちんだがや?」と訛りが激しい。そして喜瀬川の死を悲しみ、号泣するところ、「アウー、ホー、ホー!」とオオカミが吠えているような、フクロウが鳴いているような奇声を発する。確かに、生理的に嫌だろうなあと思う。

吉原に通う男性は、花魁は客を騙すのが商売ということは十分に承知しているけど、どこかで「自分だけは特別な存在」「他の男とは扱いが違う」、端的に言えば“本気でもてている”と勘違いしてしまう側面が多分にあったのだと思う。寧ろ、そういう幻想を楽しむために吉原というドリームランドに通っていたのかもしれない。

だから、その裏の部分を思い切りデフォルメして笑い飛ばしたのが、この「お見立て」と言えるのではないか。そう考えると、僕が冒頭で「喜瀬川は我儘だ」と怒るのは野暮というものなのだろう。落語は奥が深い。