三可子とすみれ二人会 天中軒すみれ「男一匹 天野屋利兵衛」

「三可子とすみれ二人会 年明け2年目の今」に行きました。東家三可子さんと天中軒すみれさんの二人会である。僕が注目している若手の浪曲師さん二人、それも聴いたことのない演目をネタ出ししていたので、おっとり刀で駆け付けた。

天中軒すみれ「小平誕生ものがたり 九郎兵衛、村を拓く」曲師:沢村理緒

この演目は木馬亭定席で一度だけ聴いたことがある。講談に「玉川上水の由来」というのがあるが、それのスピンオフみたいな作品だ。九郎兵衛が“逃げ水の里”と呼ばれている北多摩の難所を開拓したいという情熱を描いたものだ。当時、玉川兄弟が羽村から四谷まで江戸80万人の飲み水確保のために玉川上水の工事にあたっていた頃、その水を北多摩にも分けてほしいと願いであるが、それは“私利私欲”、まさに“我田引水”と鼻にもかけられなかった。

だが、川越藩主だった松平伊豆守も武蔵野開発に意欲を示していて、野火止用水を引きたいと考えていて、玉川兄弟に「江戸には7割の水で足りる。余りの3を分けてほしい」と熱心に説得。それに成功すると、その2年後に九郎兵衛による小川用水への分水も許可され、小川新田など七つの新田が八代将軍吉宗に認められ、小川村となる。九郎兵衛は小川の苗字帯刀を許されたという…。現在、人口19万人の小平市の原型を作った功績を讃えた面白い浪曲だ。

東家三可子「膝枕」曲師:旭ちぐさ

今井雅子原作、北角文月脚色。テレビ番組「世にも奇妙な物語」のために書かれたが、お蔵入りしていた作品を浪曲化したものだそうだ。SF世界を描いたもので、義理や人情を主たるテーマとする浪曲としてはかなりユニークな演目となっている。

主人公は一人暮らしの独身男。彼が注文した商品は枕、しかも“膝枕”。届いた段ボール箱を開けると、中からはショートパンツを履いて正座した下半身が出てくる。「嬉し恥ずかし奥ゆかし娘の感触」というのが可笑しい。その膝枕のためにデパートに行って白いレースのスカートを購入し、毎日仕事から帰ると膝枕に頭を載せて、その日の出来事を報告すると、「辛い日々も和らぎ、天にも昇るような心地良さ」を覚えるという…。

だが、そんな彼に彼女が出来た。スズキヒサコさんという職場の同僚だ。かなり積極的で彼の自宅まで押しかける。そして、商品でない本物の膝枕を体験するが、やっぱり商品の膝枕の心地良さが忘れられない。彼女のいない隙に膝枕を使っていたら、ヒサコに見つかってしまった!「何、やっているの!気持ち悪い!」。仕方なく、膝枕をゴミ集積所に棄て、「これで良かったんだ」と自分に言い聞かすが…。

なぜか、その膝枕が湿って汚れて血まみれの箱に入って戻ってくる。彼は膝枕に申し訳なく思う。手当てをしてあげ、「君はどんなときでも膝を許してくれた」。でもこのままじゃいけない。「今度は遠くに棄ててこよう」。今夜が最後の膝枕だ、明日からはヒサコの膝枕で寝るんだと心を鬼にするが…。「私たちは離れられない運命なの」と囁かれているようで、頬っぺたに膝枕がくっついてくる。このフィット感は何だ!?恐怖か?歓喜か?実に“世にも奇妙な物語”であった。

東家三可子「太刀山と清香」曲師:旭ちぐさ

亡くなった港家小柳師匠が得意としていた演目だそうだ。巡業で二千円という赤字を出してしまった太刀山は師匠の友綱親方に助けてもらう。だが、友綱も赤沢という男から借金をしていて、二千八百円を返済しなければいけないという窮地に陥った。赤沢は、「今度の場所で太刀山が常陸山に負けてくれたら、棒引きにしても良い」と条件を出してきた。だが、赤沢は相場師の吉田右衛門とこの一番でその額一万円という相撲賭博をしていることが判った。

太刀山は「国技の華で八百長は出来ない」と苦悩する。その事情を聞いた芸者の清香は「万事、私に任せなさい」と言って、後日三千五百円を都合してきてくれた。「常陸関には必ず勝ってくださいね」。清香は年季を延ばして貰い、自分の帯や着物を質に入れ、贔屓客に都合して貰うなどしてようやく拵えた金であった。そこには男と女というものを超えた“友情”があった…。太刀山は初日から5連勝、そして6日目に常陸山との取組が組まれた…さあ、勝負はどうなるか!?といういいところで「丁度時間となりました」。三可子さんの相撲ネタは良い。

天中軒すみれ「男一匹 天野屋利兵衛」曲師:沢村理緒

師匠雲月の十八番だ。稽古は厳しく、何度も何度もダメ出しをされながら、ようやく高座に掛けて良いという許しを得たそうだ。これがなかなか良かった!木馬亭定席だと持ち時間30分のために雲月先生の高座でも、利兵衛の息子の吉松を火責めにするところまでは描くが、妻すえまでお白州に出るところまでは聴くことができない。今回はそこまで演じ、フルバージョンで聴けた。

吉松の火責めを見ながらも、利兵衛は「忠義に厚き大石様。そして同士の方のあの苦労をただの一夜で水の泡にすることはできない」と歯を食いしばる。松野河内守が「血もなければ、情けもないのか」と言うが、「町人なれども、男と見込まれましてからには、決して白状いたしません。頼まれました甲斐がない。天野屋利兵衛は男でござる!」。

そこに妻すえが引き出される。利兵衛はこれに対しても「半年前に離縁しました。赤の他人でございます」。これに対するすえの答えも凄い。「利兵衛は謀反を働くような男ではございません。私の方から出した逆暇(さかいとま)でです。利兵衛は恩知らずです。殿様がお逝去すると、遊興に耽っております」。河内守は「その殿様とは?」と訊くと、「播州赤穂の浅野様でございます」。

これを聞いた河内守は初めて天野屋利兵衛が夜討ち道具を準備していたのは赤穂浪士のためだったことに気づく。そして、利兵衛に「そちこそ、誠の男だ。身体を大事にせよ」。このまま見逃して、仇討が露見したときには松野一人が腹を切れば、それで済むという何とも情け深いお裁きに拍手を送った。

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