【大相撲春場所】尊富士が新入幕で優勝、110年ぶりの快挙!

大相撲春場所千秋楽、東前頭十七枚目の尊富士が13勝2敗の成績で初優勝した。新入幕力士の優勝は大正3年夏場所の両國以来、実に110年ぶりで、初土俵から10場所での幕内優勝も両國の11場所を抜いてのスピード記録となった。

気力を振り絞っての優勝だった。初日から破竹の11連勝、昭和35年初場所の大鵬の記録に並び、ずっと優勝争いの単独トップに立ち続けていた。13日目を終わって、1敗の尊富士は大関の豊昇龍と平幕の大の里に星2つの差をつけており、14日目に勝利すればそのまま優勝が決まるはずだった。だが、大関経験者の朝乃山に寄り切られ、敗戦。そのときの土俵で右足首の靭帯を痛め、車椅子で医務室に搬送された後、救急車で病院に運ばれ、翌日の千秋楽の出場が危ぶまれた。

豊昇龍は琴ノ若に敗れたが、大の里は阿炎を引き落として勝利して3敗を守った。尊富士が千秋楽に休場し、大の里が勝つと同じ3敗で並び、優勝決定戦ができないために自動的に大の里の優勝が決まってしまう。尊富士の負傷がどの程度なのか…、出場して優勝してもらいたい、だが無理をして怪我を悪化させないでほしい…、相撲ファンは気が気ではなかった。

そして、翌日の千秋楽。尊富士は出場を決断した。右足首にテーピングが施されていたが、足を引きずるような仕草は見せず、堂々と土俵に上がった。相手は10勝を挙げて好調の豪ノ山だ。だが、尊富士は左四つに食い止めると、右上手も取って、前々へと寄っていく。そして、左から掬って、右からおっつけて、最後は相手を突き放すようにして、押し倒しで豪ノ山を破った。今場所の前へ前へ出る取り口を象徴する見事な相撲で優勝を決めた。

テレビの相撲中継で解説をしていた師匠の伊勢ケ濱親方は「立派だ。褒めてやりたい」と語った。そして、尊富士の右足の靭帯は伸びきっている状態で、親方は「(出場するのは)やめておけ」と言ったが、本人が「悔いを残したくないので出場させてください」と言ってきたので認めたと明かした。そして、「歴史的な一番、止められた方も、止めた方も後悔する。気持ちはグッときていますよ」と涙を浮かべながら語っている表情が印象的だった。

今場所は尊富士と大の里が土俵を盛り上げ、引っ張っていった。結果的に尊富士は三賞をトリプル受賞。これは平成12年九州場所の琴光喜以来、優勝と三賞トリプル受賞となると、平成11年初場所の出島以来だ。

大の里は敢闘賞と技能賞を受賞したが、先場所新入幕で11勝、そして今場所も11勝を挙げて、次の場所に三役昇進の可能性もある。ただ、大の里の場合はガムシャラに馬力で相手を土俵の外へ持って行くパワーで押し切る相撲なので、番付上位の力士に対しては土俵際の逆転を食らう場面も見受けられた。初土俵から6場所しか経っていないので、今後は得意の右を差すとか、左上手を掴むとか、自分の型を作っていく稽古を積んでいくことが求められるように思う。

それにしても今場所は番付の重みが感じられない土俵が多かった。先場所優勝の横綱の照ノ富士は4日目から3日連続して金星を配給し、休場した。腰痛が完治せずに、場所前の稽古もあまりできなかったそうで、以前から不安を抱える膝も含めて、今後の土俵人生の剣ヶ峰に立たされていることは確かだろう。このまま何場所も休場が続くと、横綱の権威が問われかねず、夏場所以降の土俵が正念場となりそうだ。

新大関の琴ノ若は10勝と二桁の勝ち星は挙げたが、さらに上を狙う期待の大器として、さらなる飛躍を望みたいところだ。どっしりとした安定感、パワーに加えて、攻め込まれたときの土俵際の粘り腰は良いものがあり、近い将来に“横綱琴櫻”が誕生するのを楽しみにしたい。

11勝を挙げ、最終盤まで平幕2人と優勝争いを演じていた豊昇龍の長所は強靭な足腰のバネだ。今場所の相撲を見ていると、相手の攻める力を利用した小手投げ、掬い投げで勝つ土俵は鮮やかだ。だが、逆に言うと受ける相撲ばかりで、自分から前へ攻める相撲がないと、琴ノ若戦のような墓穴を掘ることも多い。負けん気が強いのも強みなので、前へ出る相撲も見せると上の番付も見えてくるだろう。

この二人の大関に較べて、霧島はどうしたのだろう。5勝10敗と大きく負け越してしまった。本人の口からは弱音は出なかったが、どこか故障しているのかもしれない。来場所に期待したい。また、貴景勝は何とかカド番は脱出したものの、8勝6敗1休。以前から痛めている首に加え、大胸筋を損傷したようだ。大関の地位を守る必死の土俵が続くことは否めない。

昔から“荒れる春場所”と言われているが、下剋上の土俵がこのところずっと続いていることの顕われであり、驚くことではないと思う。それが今場所は「110年ぶりの新入幕優勝」になったに過ぎない。見方を変えれば、それだけ新興勢力がどんどん進出しているということであり、歓迎すべきことなのかもしれない。

関脇以下を見れば、若元春、阿炎、朝乃山、熱海富士あたりが更なる躍進をする可能性を秘めている。また、今場所十両に返り咲いた若隆景や伯桜鵬が期待するほどの活躍をしなかったが、怪我の回復がまだ完全ではないのだろう。来場所に期待したい。

今、一番待ち望まれるのは、照ノ富士に続く横綱に昇進できるような「安定して強い力士」の登場である。大関以下の役力士だけでなく、平幕含めて誰が飛び出してくるのか?しばらくは混沌とするであろう土俵を見守り続け、輝けるスターが誕生するのを楽しみにしたいと思う。