天中軒雲月一門会、そして通し狂言「伊勢音頭恋寝刃」

木馬亭の天中軒雲月一門会に行きました。

「若き日の小村寿太郎」天中軒かおり・沢村博喜/「関孫六伝 恒助丸の由来」天中軒すみれ・沢村理緒/「母の幸せ」天中軒月子・旭ちぐさ/「巌流島の決闘」天中軒雲月・広沢美舟/中入り/「鬼平犯科帳 男色一本うどん」天中軒景友・広沢美舟/♬父娘坂~人生宝節 天中軒月子/♬雪の南部坂~花笠音頭 天中軒雲月

かおりさん。木馬亭定席では持ち時間15分だが、きょうはたっぷり25分のフルバージョン。力強く、伸びのある発声に天賦の才を感じる。政府と喧嘩別れして貧乏を余儀なくされた小村寿太郎と彼がまたいつか世に出て活躍することを信じて仕出し弁当を提供し続けた魚平の身分を超えた友情物語を熱く伝えてくれた。この人は間違いなく伸びる逸材だと思う。

すみれさん。妹弟子の高座に触発されたのか、きょうはことのほか気合いが入った高座に感じたが、そのことを師匠の雲月先生もおっしゃっていた。関孫六に弟子入りした“恒次郎”、実は山本勘助家来の津山恒平の「主君に功を立てさせたい」という厚い忠義心が胸に響く。「刀は心で打つもの」という孫六の教えも素晴らしい。打ちあがった刀は恒平の「恒」と勘助の「助」を採って“恒助丸”と名付けた孫六の心遣いも良い。姉妹弟子がお互いに刺激を受けながら切磋琢磨する姿、美しい。

雲月先生。佐々木小次郎との決戦を前にした武蔵に対し、弟子の伊織が問う場面が印象的だ。どちらかに恨みがあるのですか?お互い恨みもないのに何故決闘をするのですか?同じ細川家に抱えられた剣を志す者として、手合わせをして雌雄を決せなければいけない。「武士道とは哀しいものですね」という伊織に対し、「何のために戦うのか…それは与えられた運命だからだ」と答える武蔵。それを聞いて泣く伊織に向かって、武蔵は「泣く奴があるか!」。剣豪、宮本武蔵の覚悟の奥底にある人間性を見たような気がした。

東銀座に移動して、三月大歌舞伎夜の部に行きました。通し狂言「伊勢音頭恋寝刃」と六歌仙容彩「喜撰」の二演目。

「伊勢音頭恋寝刃」は歌舞伎座では昭和37年以来62年ぶりとなる「太々講」を加え、松本幸四郎演じる福岡貢が妖刀青江下坂とその鑑定書の詮議に奔走、奮闘する様子を中心に、正味3時間を超える通し狂言の醍醐味を堪能した。

3人の女性に注目した。

中村雀右衛門演じる、古市油屋の遊女お紺。貢とお紺は二世を誓った仲だが、貢が多忙ゆえに、「鳥羽に住む叔母」と言い繕って束の間の逢瀬を楽しんでいた。実際の叔母であるおみねが現れても、貢と敵対する蜂須賀大学の陰謀に加担する猿田彦太夫や正直正太夫の疑いの目を逃れるために、おみねとは「年の離れた妹」と口裏を合わせ、二幕目「御師福岡孫太夫内太々講の場」では、おみねの機転によって青江下坂を手にすることに成功する。

そして、大詰の「古市油屋店先の場」で藍玉北六と徳島岩次の阿波の客が「青江下坂の折紙を所持している」という推測のもと、仲居の万野の謀に騙されているふりをして、お鹿に金を借りるくらいなら自分に頼んでほしかったとわざと貢を詰り、侍の女房になるのは嫌だと愛想尽かしをする。そして、敵である北六が自分に気があることを利用して、北六の所持する品が他の女の起請文ではないかと疑いを掛け、まんまと下坂の折紙を手にするところ、天晴れである。

次に市川高麗蔵演じる、貢の叔母おみね。貢が行方を探していた青江下坂は彼女が持っていた。そして、この刀をめぐる因縁話を語る。実は青江下坂は貢の祖父青江刑部が元の持ち主だった。だが、この刀を手に入れたために、祖父は同輩を斬って切腹。貢の父もまた貧苦に耐えて刀を守るうちに刑部の三回忌に病死。貢の祖母も急逝し、三人の命日が五月四日という巡り合わせもあって、目利きを依頼したところ、世にも稀なる妖刀であることが分かり、17年前に手放したのだという。

そして、自分のものにしようと正直正太夫が御祓箱に隠した伊勢講の100両を、貢が盗んだと言いがかりをつけたのに便乗し、「太々講を買い取る」「ついては青江下坂を質物に」という理屈を展開、さらに正太夫蜂須賀大学一味に繋がっている証拠である密書で脅して、何と100両を受け取ることに成功し、青江下坂も手中に収める。貢と叔母おみねの連携プレーが功を奏したわけである。この叔母さんの存在は大きい。

最後に中村魁春演じる、古市油屋仲居の万野。彼女は蜂須賀大学側に加担しているのだが、知恵者である。油屋に来た貢に対し、お紺は阿波の客の応対をしているから、呼ぶことは叶わないと言う。だが貢は折紙詮議のことや万次郎との対面のため、この場に残りたい。すると、替り子を呼ぶならいてもいいと言い、お鹿を宛がう。また、刀は預からないといけないと言って、青江下坂を奪おうと企むが、そこは料理人喜助(実は貢の家来筋)が現れて「刀を預かる」と申し出ることによって事無きを得たが。これも北六が立ち聞きして、刀をすり替えるが、その後に喜助がさらにすり替えをしたのだ。

また、替り子のお鹿が貢に恋文のやりとりを何遍もしたというでっち上げをしたのも万野の謀だ。文面によると、お鹿は貢に何度も金を貸したことになっている。偽筆である。それを万座の前で読み上げて、貢の振る舞いを嘲笑う。これがお紺の愛想尽かしに繋がるわけである。

青江下坂のすり替えにしても、お紺の愛想尽かしにしても、最初のうちは万野の作戦が功を奏したようにみえた。策士である。だが、その手の内を貢とお紺は見抜いていたわけで、それは狐と狸の化かし合いのようでもあり、興味深い。