渋谷らくご 吉笑三題噺三日間
配信で渋谷らくご「吉笑三題噺三日間」を観ました。去年3月の「三題噺五日間」に続く立川吉笑さんの意欲的な挑戦を楽しんだ。
3月8日(金)「デモのしまじろう」(一本うどん・デモ行進・きぐるみ)
「きぐるみ」から舞台をデパートの屋上の“しまじろうショー”に設定し、そこで巻き起こる騒動記に仕立てたのは流石である。デパート屋上では京都フェアも開かれており、そこで老舗のうどんや屋が“一本うどん”というコシが命のうどんを打っている様子を描写するが、これが最後のサゲにつながっていく。
しまじろうショーは午前の部が終わり、スタッフは一息ついていた。休憩時間中にバレーボールに興じていたスタッフが慌ててリーダーのところにやって来る。ボールがないので“しまじろうの頭”をボール代わりに遊んでいたら、屋上から下にそれが飛んでいってしまったという…。
屋上から下を覗くと、デモ行進の行列が連なっていて、「脱税反対」を叫んでいる。そして、しまじろうの頭をかぶった人が先頭を歩いていることに気づいた。だが、よく見るとそれは“しまじろう”ではなく、“タイガーマスク”だった!一体、しまじろうの頭はどこへ行ったのだ?
ショーの昼の部が間もなく始まる。主役のしまじろうの頭がなかったら、ショーは中止か?獅子舞の頭が手元にあるが代用は利かない。来週開催のドラゴンボールショーのためにフリーザのきぐるみもあるが、やはり代用は利かない。もはや中止を決断するしかないのか…。
リーダーは中止にはできないと諦めない。彼の子ども時代は娯楽が少なく、デパートで見た「ひょっこりひょうたん島ショー」が今でも忘れられない思い出になっているという。子どもたちが待っている!夢を壊してはいけない。必死で探せ!
すると、デパートの5階のベランダの植え込みに、しまじろうの頭があることを発見する。リーダーは身体をロープにつないで、5階のベランダに降りて、しまじろうの頭を拾おうとするが、わずかに届かない。これ以上、手を伸ばすと命の危険すらある。
と、そのとき。京都フェアのうどん屋の親父さんが一本うどんを差し出した。コシのあるうどんは強度が高く、ロープの代用になるのだ。これによって、無事にしまじろうの頭を救出することができ、無事にしまじろうショー昼の部を開幕できたという一席に。冒頭の「一本うどん」の仕込みがサゲに効いてくるという、見事な構成だった。
3月9日(土)「DDB」(ドラゴンボール・片手袋・クリスタル)
「片手袋」から、麻薬取引を連想し、その現場を押さえる公安警察官2人の物語にするという発想がすごい。隠語で「クリスタル」と呼ばれている麻薬を売人たちは手袋の内側に仕込んで手渡し、現金を受け取り、余った片方の手袋は取引現場に落ちているという…。
沢山の人が集まっていて麻薬取引が目立たないようにする現場として、前日に作った三題噺の延長でデモ行進を選んだというアイデアもこれまでになかった手法だ。つまり、前日の舞台がデパートの屋上、そしてこの日の舞台はデパートのある地上というわけだ。
公安警察官のヤザワとヤマモトが潜入捜査しているのは、麻薬「ドラック・ドラゴン・ボール」、通称DDBを仕切っている売人タニフジだ。「奴は必ず、ここへやって来る」。その証拠に、あちこちに手袋が落ちている。
そして、タニフジはいた。デモ行進の先頭を歩くタイガーマスクのかぶりものを被った男がタニフジだったのだ。彼は言う。「子どもの頃は自由でのびのびして、楽しかった。ピュアな心を持っていた。それがどうだ。今の社会は腐っている。政治家がいけない。俺はそのために自分を殺す生活を強いられて、このままでは壊れてしまうと、腐った大人になった…」。
そこからは麻薬「ドラック・ドラゴン・ボール」にこめたタニフジの思いを表現するように、漫画「ドラゴンボール」の“かめはめ波”などの技が展開するのだが、残念ながら僕は「ドラゴンボール」世代ではないので、そこは理解できなかった。
やがて、「一本うどん」までも登場し、タニフジ逮捕に落ち着いて大団円を迎える。画期的なのは前日の三題噺「デモのしまじろう」の続編として、この三題噺が創作されたことだろう。どんどん新たな手法を生み出す吉笑さん、すごい。
3月11日(月)「美味しんぼZ」(13年・二度寝・べっちょり)
2日間で出来た三題噺の連作というスタイルにして、これまでの要素を沢山盛り込んで創作、今後何度も掛ける作品を残すというのではなく、この日この時をお客さんに楽しんでもらうというライブ感を大切にした高座だった。
舞台はデパートの屋上での騒動から1週間後。一本うどんのうどん屋の主人のところに東西新聞の取材が来ることになっていたが、主人はきぐるみ一座のリーダーがしまじろうの頭を拾うために、一本うどんを投げたときに肘を痛めてしまい、うどんを作ることが出来なくなってしまった。
うどん屋主人に恩義のあるきぐるみ一座は、代わりにうどんを作ろうと主人秘伝のレシピを見てうどんを作ったが…。主人が味見をすると、「コシがない。シコシコした食感が命なのに、これはもっちゃりしていて駄目だ」と言う。長年の修業を積んだ主人の技術は一朝一夕では再現できないのだ。研究によれば主人は1秒間に3000回の振動をうどんのタネに与える神業を持っているのだ。
東西新聞の山岡士郎がやって来るが、これでは海原雄山に“至高のメニュー”として勝負することができないと嘆く。「うどんのタネを寝かす」ことが大切ということは判っていて、一本うどんの主人はそれを超越する腕を持つが、やはり「一定の暗がり、一定の湿度で寝かす」ことができないかと考えた。すると、きぐるみ一座のリーダーはひらめき、うどんのタネをジップロックに密封してしまじろうの頭に入れ、バレーボールをした。さらに、一週間前と同じ50万人規模のデモ行進があって、デモ隊の人々の怒りのこもった足踏みを利用して、うどんのタネを踏ませ、カチカチのタネが出来上がった。
だが、今度はこのうどんのタネを伸ばして打つ、つまり“こねあげる”技術がないことに困ってしまった。主人によれば「素人では13年かかる」という。到着した海原雄山が「まだか?」とせっかちに催促する。どうしよう。せっかちな気持ちをゆったりさせるには、あれしかない!ということで麻薬“ドラゴンボール”を吸わせ、時間の経過を緩やかに感じさせることに成功した。時間を引き延ばすことはできたが、限界がある。
そのとき、主人は「あいつさえ、いたら…」と口走る。一人息子を跡取りにしようと小さな頃からうどんの英才教育を施したため、息子は嫌気がさして「音楽がやりたい」と18歳のときに家を出てしまった。
その息子タツヤが突然、姿を現した。「父さん、俺が間違っていたよ」。タツヤはトロンボーンの奏者になっていた。今のうどん屋のピンチを教えられたタツヤは俺に任せろと言って、トロンボーンで鍛えた口の筋肉でうどんのタネを伸ばす。どんどん伸びる。それは親父に負けない本物の一本うどんだった。これを食した海原雄山は“至高のメニュー”として認め、山岡士郎との親子の確執も解消したという…。
吉笑さんが言う「白鳥メソッド」を総動員した荒唐無稽な力技の快作。日頃創作するスタイリッシュでロジカルな吉笑作品とは対照的なのが面白い。こういう挑戦をすることで芸の幅が広がるのは素晴らしいことだ。来年の真打昇進披露でも三題噺に挑戦することをやりたいと語っていた。吉笑ワールドは今後どんどん、その可能性を広げていくだろう。