歌舞伎「義経千本桜 すし屋」
猿若祭二月大歌舞伎夜の部に行きました。「猿若江戸の初櫓」「義経千本桜 すし屋」「連獅子」の三演目。
「すし屋」。平維盛とその家族を救ってあげようと、登場人物の皆が考えていたことが最終的に判るのが、この狂言の眼目だろう。
釣瓶鮨屋の主人、弥左衛門(中村歌六)は維盛の父である平重盛に大恩があり、維盛(中村時蔵)を弥助という名前で使用人として働かせ、匿っている。しかし、このことが源頼朝の重臣である梶原景時(中村又五郎)に知られ、「維盛の首を差し出せ」と迫られた。代官所から家に戻る途中で若い侍の死骸を見つけ、(実はその侍は維盛の妻の若葉の内侍(坂東新悟)と息子の六代君の供をしていて追手に討たれた主馬小金吾であることが後になって判る)その首を維盛の首として差し出そうと考えていた。
弥左衛門の惣領息子のいがみの権太(中村芝翫)は、日頃の非道な行いから勘当されていたが、息子に甘い母のお米(中村梅花)に「年貢として納める銀を盗まれた」と嘘をつき、銀を騙し取るような札付きのならず者だった。だが、その銀を隠した鮓桶と弥左衛門が“維盛の首”を隠した鮓桶を取り違えたことがきっかけで、父の思いを察して改心したというのがストーリーの肝だ。
権太は女房の小せんを若葉の内侍、倅の善太郎を六代君に仕立て、梶原景時に差し出したのだ。そして、維盛の首実検もクリアして、梶原は権太に褒美を渡して、去って行く。この様子を見た弥左衛門は本物の維盛の妻と息子を差し出したと思い、怒り心頭に達し、権太を刺す…。だが、権太が息絶え絶えになりながら語る打ち明け話を聞いて、弥左衛門、母お米、妹お里(中村梅枝)は嘆き悲しむ。なぜ、もっと早く改心してくれなかったのか…。
そして、最後のキーマンが梶原景時である。梶原が権太に褒美として渡した源頼朝着用の陣羽織。そこには一首が認められ、袈裟と数珠が縫い込まれていた。かつて維盛の父の重盛に命を救われた頼朝が、その恩に報いるため、維盛に出家を勧め、命を救うという暗示であったのだ。つまり、頼朝も梶原も維盛を救うつもりで動いていたのだ。
権太は悔やみながら息を引き取った。維盛とその家族を救うために、鮓屋の家族が犠牲になる悲劇にやるせない気持ちになった。