黒酒ひとり 桃月庵黒酒「百川」、そして桂文雀「鉄拐」

「黒酒ひとり」に行きました。桃月庵黒酒さんが「金明竹」「笠碁」「百川」の三席。開口一番は桂枝平さんで「反対俥」だった。

「笠碁」。一昨年の暮れの29日、私は200円をあなたに用立てしてあげた。年始の挨拶は午前中に私のところにあなたが来て、午後にあなたのところに私が行くのが決まりになっていた。なのに、あなたは来なかった。そして、七草になってようやく、あなたが「倅が15日まで帰って来れなくなった。200円はそこまで待ってくれないか」と言ってきた。そのとき、私は「待てない」と言ったかい?

強情vs我儘、ヘボvsザル。子どもの時分からの大切な親友なのに、碁の一手を待つ、待たないで大喧嘩してしまった。お互いに「待ってあげても良かったのに」「待ってもらわなくても良かったのに」と後悔しているという…。仲が良いからこそ、つまらないことに意地を張ってしまうのだよね。長雨に退屈して、辛抱がしきれなくなって、出掛けて行って、店先を何度も行き来して、笠を被った首をヒョコヒョコさせている“強情さん”が可愛い。それに気づいて、碁盤を持ち出し、誘うように首でおいでおいでと招く“我儘さん”がさらに可愛い。

「百川」。シェッ!「ごめんくだせいやし」「あんちゅうもんかね?」等、百兵衛さんが繰り出す田舎言葉の素っ頓狂な感じが実に面白い。“主人家の抱え人”が“四神剣の掛け合い人”と解釈してしまう河岸の若い者、初五郎も可笑しいが、「この具合を飲み込んでいただきたい」と言われ、「このくわい(のきんとん)を呑み込む」と素直に受け取り、目を白黒させながら呑み込む百兵衛さんの可笑しさったらない。

「こんだらつまらない顔だけんども、つぶさないでくだせい」と言う百兵衛さんの台詞を、初五郎は「隣町の連中も小生意気な奴をよこすんじゃなくて、一見ああいうどじごしらえな奴をわざとよこしてきた」。四神剣の年番渡しの一件を穏便に解決しようという作戦だと解釈し、「ああいう人が親分とか兄ィとか呼ばれる人の上に立つ人間なんだ」と知ったふりするのも面白い。後半の「歌女文字(かめもじ)」と「鴨池(かもじ)」の取り違え含め、言葉遊びの面白さが身上の落語を巧みに操る黒酒さんのポテンシャルの高さを感じた。

夜は上野鈴本演芸場二月下席中日夜の部に行きました。桂文雀師匠の「落語珍品堂」というネタ出し興行。きょうは「鉄拐」だった。

「湯屋番」柳家小もん/江戸曲独楽 三増紋之助/「時そば」桂扇生/「夫婦でドライブ」春風亭百栄/紙切り 林家八楽/「身投げ屋」五街道雲助/「あくび指南」入船亭扇橋/中入り/粋曲 柳家小菊/「道灌」橘家文蔵/ものまね 江戸家猫八/「鉄拐」桂文雀

文雀師匠の「鉄拐」。この噺は立川談志師匠が好んでいたネタで、僕は弟子の志らく師匠が演じるのを何度か聴いたことがある程度だ。マクラで中国で大酒飲みで有名なのは李白と陶淵明の二人という仕込みが、サゲに生きる。

北京の渡海屋甚兵衛という大商人、創立記念日の2月25日には大宴会を催し、そこで披露される余興が名物になっていた。甚兵衛は番頭の利兵衛に「金に糸目はつけないから、面白い芸人を探してくれ」と頼んでいる。利兵衛が中国各地に掛け取りに行っての帰り道、道に迷った。すると、そこは仙境だった…。

そこに住む鉄拐という仙人に出会う。仙術として「一身分体の術」が出来るという。息を吐くと、もう一人に自分が出てくる。利兵衛は「是非、我が社の創立記念日の余興でやってほしい」と頼む。鉄拐は「これは見世物ではない」と一旦は断るが「人助け」と聞いて、「一回きりなら構わない」と引き受け、一緒に北京へ。

創立記念日の宴会で、この鉄拐の「一身分体の術」が観客の前で披露されると、「こんな芸は観たことがない!」と大好評。隣町の陳来軒が「是非、うちの社の祝い事でも披露を。謝礼はいくらでも出す」と頼むと、「一回きり」と言っていた鉄拐も折れ、披露。これまた好評で、その評判は広まり、寄席の席亭の耳に届いた。

北京の(笑)鈴本、末広亭、浅草、池袋、国立の各寄席がこぞって出演依頼をして、鉄拐は寄席でトリを取るようになる。さらに放送局が特番を組み、生放送。営業の仕事がどんどん舞い込んできた。弟子入り志願も増え、何人もの弟子を抱えるようになる。

マスコミがちやほやすると、鉄拐は天狗になり、寄席を疎かにするようになる。「芸が荒れてきた」という噂も立つ。寄席の席亭たちは「別の仙人を探そう!」と仙郷へ出向く。そして、張果老という“瓢箪から馬を出す”仙術を持つ仙人をスカウト、人気は張果老に傾いた。

鉄拐は面白くない。仕返しをしたいと考え、酒を飲んで寝ている張果老の持っている瓢箪の口を開け、馬を吸い込んでしまった。敵の武器を盗んだわけだ。張果老はそれを知らず、舞台に上がって瓢箪をさするが、馬が出てこない。これでは芸にならないと寄席に呼ばれなくなった。

再び席亭たちが声を掛けたのは鉄拐だ。「鉄拐の腹の中から馬の声が聞こえる」ことに気づいたので、「馬に乗った鉄拐を口から出す」芸、すなわち“馬乗り鉄拐”という触れ込みで売り出そう!ということになった。

だが、鉄拐は自分の分身を口から出すことはできるが、馬を出す術を持っていなかった。そこで、お客様を飲み込んで、腹の中で“馬乗り鉄拐”をご披露しようという趣向に変更。これがまた大当たりした。

ある日、団体さんが腹の中に入った。だが、鉄拐の腹の中で酔っ払いが二人、大喧嘩。弱った鉄拐はこの二人を吐き出した。すると、この二人、李白と陶淵明だったという…。「あたま山」にも通じる、愉しいSF落語だった。